第4話:トイレに流されたスライム客と、勇者のプライド
「て、店長ぉぉぉ!! た、大変ですぅぅ!!」
深夜4時。
バックヤードで在庫整理をしていたタナカの元へ、リリスが涙目で飛び込んできた。
「どうした? またドワーフが壁を壊したか?」
「ち、違います! トイレです! お客様が……トイレでトラブルです!」
「……紙がないって? 補充しとけよ」
「違うんです! お客様が……詰まっちゃったんです!!」
「は?」
タナカは眉をひそめた。
「詰まった」の意味がわからない。個室に閉じ込められたのか?
タナカはリリスと共に、従業員兼お客様用トイレの前へと急いだ。
ドアの前からは、中から**「ポヨヨン……ポヨヨン……」**という、壁を叩くような濡れた音が聞こえてくる。
「失礼しまーす。店員ですー」
タナカがドアをノックして開ける。
そこには、衝撃的な光景が広がっていた。
便器の中から、青くて透明なプニプニした物体が、半分だけはみ出していた。
スライムだ。
しかも、便器の排水口に完全にフィットしてしまい、身動きが取れなくなっている。
『キュウゥゥ……(助けて……)』
お客様は(スライム)、水面から突き出した体の一部を震わせて、悲痛な声を上げていた。
「うわぁ……」
タナカは頭を抱えた。
「お客様ー、困ります! 流水レバーで遊んじゃダメって貼り紙しましたよね!? 自分ごと流れてどうすんですか!」
そう、このスライムは敵ではない。
先ほど「肉まん」を買ってくれた、近所に住む善良なスライムの子供だ。
どうやらトイレを使用しようとして、誤って流れてしまったらしい。
『ポヨッ……ポヨッ……(だって……暑かったから水浴びしようと……)』
「ここプールじゃないんで!」
タナカは腕まくりをして、スライムの体を掴んで引っ張り上げようとした。
「ぬんっ!」
ニュルッ。
「ダメだ、滑る! 完全に真空状態でハマってやがる!」
スライムの体は柔軟すぎて、掴んでも指の間から逃げてしまう。
しかも排水の吸引力が強く、引っ張れば引っ張るほど、逆に奥へと吸い込まれそうになる。
「ど、どうしましょう店長! このままだとお客様が下水道まで流されちゃいます!」
「業者は呼べないしなぁ……。強力な吸引力で、一気に引っ張り出すしか……」
その時。
チャララ・チャララ・チャラララ~♪
自動ドアが開き、青ざめた顔の青年が飛び込んできた。
勇者アレンだ。
「た、タナカ……! ト、トイレ……! 今すぐトイレを……!」
アレンは脂汗をかきながら、トイレへ直行しようとする。
しかし、その前にはタナカが立ち塞がっていた。
「あー、勇者さん。今は無理っす」
「な、なんだと!? 清掃中か!? 俺はもう限界なんだ!」
「いや、使用中です」
「使用中!? 嘘をつけ! 誰も入ってないじゃないか!」
「見てくださいよ」
タナカはドアを開けて指差した。
便器から半分飛び出し、プルプルと震える青いスライム。
それを見たアレンが絶句する。
「な……なんだあれは……? 便器が……スライムを食っているのか……?」
「逆です。お客様が詰まってるんです。今、救出作業中でして」
「き、救出だと……? そんなことをしている間に、俺のダムが決壊してしまう!」
アレンはその場に崩れ落ちそうになった。
しかし、タナカは悪魔の囁きをした。
「勇者さん。トイレ使いたいですよね?」
「当たり前だ!」
「なら、手伝ってください。あなたの怪力と、**『聖なる吸引具』**があれば、このお客様を助け出せるはずです」
タナカは、掃除用具入れから黒いラバーカップを取り出した。
「なっ……! 勇者である俺に、便器に詰まったスライムを抜けと!?」
「人助けですよ? 勇者の務めでしょ?」
「ぐぬぬ……! 言葉巧みな……!」
アレンは葛藤した。
プライドか、尊厳か。
答えは決まっている。
「……貸せ!」
アレンはラバーカップをひったくると、聖剣のように構えた。
「安心しろ、スライムの子供よ! 今すぐその閉塞された世界から救い出してやる!」
アレンは便器に向かって踏み込んだ。
「いくぞ! 聖剣技――『真空・吸引・抜刀』!!」
ボフッ!!
アレンがラバーカップをスライムの頭頂部に押し付け、全神経を集中させて引き抜く。
『キュウゥゥッ!!』
「ぬんっ! まだだ! 負けるな! 貴様にはまだ未来があるはずだ!」
「頑張れー! お客様ー!」
リリスも応援する。
ズポォォォォォッ!!!
小気味よい音と共に、青い塊がスポーン!と宙を舞った。
「とったどー!!」
床に着地したスライムは、しばらく目を回していたが、やがてプルプルと元気を取り戻した。
『ポヨヨ! (ありがとう! お兄ちゃん!)』
スライムはアレンの足元に擦り寄り、感謝を示すように体からキラキラした**『スライムゼリー』**を吐き出した。
「うわ、きたねっ」
タナカが言った。
「あ、でもこれ高値で売れるやつだ。代わりにもらっときますね」
アレンは額の汗を拭い、ラバーカップを置いた。
「ふぅ……。いい仕事をした……」
「勇者さん、感動してるとこ悪いんすけど」
タナカが指差す。
「限界なんじゃないんすか?」
「ッ!?」
アレンの顔色が瞬時に土色に戻った。
「そ、そうだった!! 出て行け! 全員出て行けぇぇ!!」
バタン!!
ドアが閉まる音。
数分後。
すっきりした顔のアレンが、コーヒー牛乳を飲みながらレジに出てきた。
「……助かったよ、タナカ。いろんな意味で」
「いえいえ。お客様も喜んでましたし」
タナカはレジの下で、スライムが置いていった高級ゼリーを換金用の袋に詰めていた。
そして、アレンがカウンターに置いたラバーカップを指差した。
「あ、勇者さん。それ、ちゃんと洗っといてくださいね」
「わかっている。……しかしタナカ、店員用とはいえ、よくこんな使い古した道具を持っていたな」
「ええ。便利なんすよ、それ」
タナカは悪びれもせず、さらりと言った。
「トイレも直せるし、厨房のシンクが詰まった時もそれ使ってるんで」
「ブッ!!」
アレンは噴き出したコーヒーでむせながら、自分の手を凝視した。
「き、貴様……! おでんの鍋を洗うシンクに、これを……!?」
「あ、ちゃんと洗剤で洗ってるんで大丈夫っすよ。備品買う予算ないんで、使い回しが基本っす」
「衛生観念どうなってるんだこの店ーッ!!」
ダンジョン地下99階。
お客様のトラブルは解決したが、勇者の心には消えないトラウマが刻まれたのだった。




