第37話:時をかける大賢者と、伸びきった「300年」の悲劇
昼12時5分。
イートインスペースの端で、一人の老人が震える手でポットのお湯を注いでいた。
長い白髭に、星柄のローブ。
時空魔法を極めた『大賢者ゼラス』である。
彼が手にしているのは、新発売の『地竜の濃厚骨髄ラーメン(待ち時間3分)』。
「……ふぅ。……ふぅ」
ゼラスは蓋を閉じ、割り箸を乗せた。
ここからが、彼にとって最も過酷な時間だ。
「……長い」
まだ10秒しか経っていない。
だが、空腹の賢者にとって、この「3分間」は悠久の時にも等しかった。
「ワシは時を操る大賢者ぞ……。過去を見通し、未来へ干渉するこのワシが、なぜ麺が戻るのをただ待たねばならんのだ……」
ゼラスの瞳に、魔力の光が宿った。
「……魔法で進めればよいではないか」
彼は周囲を見回した。店員はレジで忙しそうだ。今ならバレない。
ゼラスはカップ麺に杖を向け、小さな声で詠唱した。
「時よ……加速せよ。麺にスープが染み込むその未来まで……『時間加速』!!」
カッ!
カップ麺が微かな光に包まれた。
魔法は成功した。カップの中だけの時間が、猛烈な勢いで加速していく。
「よし! 今じゃ!」
ゼラスは意気揚々と蓋をめくった。
湯気と共に現れた、完璧なラーメンを夢見て。
パサァ……。
「……ん?」
そこにあったのは、麺ではなかった。
水分が完全に抜けきり、風化してボロボロに崩れた、「謎の塵」だった。
カップの内側には、長い年月を感じさせる苔のようなものが生し、小さな文明が築かれている気配すらある。
「な、なんじゃこれはぁぁ!?」
ゼラスは叫んだ。
空腹で魔力制御が乱れたのか。
あるいは「3分」の設定をミスして、桁を間違えたのか。
彼はうっかり、カップ麺の時間を「300年」ほど進めてしまったのだ。
「ワ、ワシのラーメンが……! 土に還っておる……!」
ゼラスは風化したカップ麺を抱え、レジへ走った。
「て、店長ぉぉ! 大変じゃ! 麺が! 麺が寿命を迎えてしもうた!」
「お客様、落ち着いてください」
タナカは冷静だった。
ボロボロになったカップの中身を一瞥し、即座に状況を理解した。
「魔法で時間進めましたね?」
「うむ……! 少しうっかりして、300年ほど……。頼む、これを『時間逆行』してくれんか!? 元の麺に戻してくれ!」
ゼラスは涙目で懇願した。
しかし、タナカは無慈悲に首を横に振った。
「無理です」
「な、なぜじゃ!?」
「当店、『過去への返品』および『時間改変による品質劣化』の保証は受け付けておりません」
タナカはレジ横の注意書きを指差した。
「それに爺さん。仮に戻せたとしても、一度300年の時を経た麺ですよ? 『ヴィンテージ価格』がつきますけど、払えます?」
「そ、そんな殺生な……!」
ゼラスは崩れ落ちた。
時を操る者は、時に時によって復讐されるのだ。
「……はぁ。仕方ないっすね」
タナカはため息をつき、バックヤードから新しいカップ麺を一つ持ってきた。
「これはサービスしますから。次はちゃんと待ってくださいよ」
「お、おお……! かたじけない……!」
ゼラスは新しい麺にお湯を注いだ。
今度は魔法を使わず、じっと時計を見つめる。
チッチッチッ……。
「……長い。やはり長いのう……」
1分後。
「ええい! 1分くらいならバレんじゃろ!」
「こら爺さん! 杖をしまえ!」
タナカの怒鳴り声が響いた。
結局、ゼラスは大賢者のプライドを捨て、タナカにキッチンタイマーで監視されながら、きっちり3分待たされることになったのだった。
ダンジョン地下99階。ここでは、どんな偉大な魔法使いも、「物理的な3分間」の呪縛からは逃れられない。
【あとがき:ランチ後の清掃】
リリス「あーあ。お爺ちゃんが捨てていった『300年後のラーメン』、すごいことになってますよ」
タナカ「触るなよ。中で新種のキノコが進攻を始めてるかもしれん」
リリス「うわぁ……。でも店長、3分待つのって実際しんどいですよね。私なら1分で食べちゃいます」
タナカ「それは『バリカタ』通り越して『粉落とし』だぞ。お腹壊すからやめとけ」
リリス「はーい。……あ、私のパスタ、お湯入れてから何分経ちましたっけ?」
タナカ「……20分経ってるな」
リリス「いやぁぁぁ! 伸びて倍に増えてるぅぅぅ!」




