第34話:死神のシフト希望と、世界を救う希望のシフト
「……で、来月のシフトなんだが」
深夜の『ダンジョンマート』のバックヤード。
タナカはカレンダーとペンを片手に、新入りバイトのグリムに向き合っていた。
グリムはパイプ椅子に窮屈そうに座り、巨大な大鎌を膝の上に乗せている。
漆黒のローブの下に制服のエプロンを着けた彼は、相変わらず陰気なオーラを放っていた。
「土日の人手が足りないんだ。グリム、出勤できるか?」
タナカが尋ねると、グリムは骨だけの指で、懐から一冊の手帳を取り出した。
黒い革表紙の、禍々しい瘴気を放つ手帳――『運命の記述書』だ。
「待たれよ店長……。本業のスケジュールを確認する……」
グリムはパラパラとページをめくる。
そのページには、赤いインクで不吉な予定がびっしりと書き込まれていた。
「……ふむ。あいにくだが、土曜は無理だ」
「なんで? 法事か?」
「いや、『西の王国』に隕石を落とす予定がある」
グリムは淡々と言った。
「その日は大規模な災害により、約10万の魂を回収せねばならぬ。書き入れ時なのだ」
「……」
タナカはペン回しを止めた。
スケールが大きすぎてツッコミが追いつかないが、彼にとって重要なのは「王国の存亡」ではない。
「隕石か。……で、何時に終わるんだ?」
「終わらぬ。朝から晩まで死体の山を築くことになる」
「じゃあダメだ。土曜は『おにぎり100円セール』なんだよ」
タナカは真顔で言った。
「隕石落としてる場合じゃない。店が回らないだろ」
「しかし店長、これは天の定め……。変えることは許されぬ絶対の運命なのだ」
「運命より店長命令だ。西の王国なんてどうでもいいから、レジに入れ」
タナカは卓上のカレンダーの「土曜」の欄に、赤ペンで『グリム 9-17』と書き込んだ。
「ぬぅ……困る。私にもノルマというものが……」
「シフト入ってくれたら、廃棄予定の『激辛デビルチキン』、全部持って帰っていいぞ」
ピクリ。
グリムの眼窩の奥の光が揺れた。
死神は、生前の未練なのか「刺激物」に目がないのだ。
「……あの、舌が焼け爛れるほど辛い、売れ残りのチキンか?」
「ああ。5個ある」
「…………」
グリムは数秒間、沈黙した。
天秤にかけているのだ。「10万人の魂の回収」と「廃棄のチキン5個」を。
「……承知した」
グリムはデスノートを取り上げると、ボールペンで『西の王国 隕石落下』の文字を二重線で消した。
「隕石はキャンセルだ。軌道をずらして海に落とすことにする」
「よし、交渉成立だな」
タナカは満足げに頷いた。
そして土曜日。
『ダンジョンマート』は大繁盛していた。
「いらっしゃいませ……おにぎりが……安いですぞ……呪われるほどに……」
グリムは陰気な声ながらも、せっせとレジ打ちと品出しをこなしていた。
その働きぶりは真面目そのものだ。
一方その頃、地上世界では――。
西の王国の空を、巨大な隕石が通過していた。
本来なら王都に直撃し、国を滅ぼすはずだった災厄の星。
しかし、その軌道はなぜか大きく逸れ、遥か彼方の無人島沖へと落下した。
ズゴォォォォン……!
遠くで水柱が上がる。
王都の人々は空を見上げ、歓喜に震えた。
「奇跡だ……! 神が我々をお救いくださったんだ!」
「予言が外れたぞ! まさか、死神の鎌を止めるほどの『高位存在』が介入したというのか!?」
神殿の神官たちは震え上がった。
運命をねじ曲げるほどの力を持つ何者かが、この世界を守護しているに違いない、と。
休憩室。
グリムはチキンを幸せそうに齧っていた。
「ふぅ……辛い……魂が浄化されるようだ……」
「おう、お疲れ。おかげで助かったよ」
タナカは売上日報を見ながらコーヒーを啜った。
まさか自分が、ただのシフト調整で世界を救ったとは露知らず。
「来週の日曜はどうだ? 勇者パーティが全滅する予定とか入ってないか?」
「確認しよう。……ふむ、日曜は『魔王城の火災』があるな」
「じゃあそれもキャンセルで。棚卸しがあるから」
「御意」
こうして、世界は今日も平和に守られた。
コンビニの人手不足解消という、極めて個人的な理由によって。
ダンジョン地下99階。ここでは、世界の運命や神の予言よりも、「土日のシフト表」の方が遥かに重く、優先されるべき絶対事項なのだ。
【あとがき:休憩室のスケジュール調整】
タナカ「……ところでグリム。来月のシフト表だが」
グリム「む? 何か問題でも?」
タナカ「この日の『邪神の復活』って予定、なんとかならんか?」
グリム「無理だ。これは千年の封印が解ける重要なイベント。世界が闇に包まれる日だ」
タナカ「困るんだよ。その日は『クリスマスケーキの予約締め切り日』だ。世界が闇に包まれたら、客がケーキの予約に来られなくなる」
グリム「……しかし、邪神の怒りは……」
タナカ「キャンセルしてくれたら、*『ブッシュドノエル(売れ残り)』をホールでやる」
グリム「……イチゴは乗っているか?」
タナカ「乗ってるし、サンタの砂糖菓子もついてる」
グリム「……邪神には、あと百年ほど寝ていてもらうことにしよう」
タナカ「助かる。平和が一番の書き入れ時だからな」




