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第32話:メドゥーサの「諦め」と、燃える商売魂

夜21時。

仕事終わりの魔物たちが、晩酌のアテを求めて来店する時間帯。

「いらっしゃいませー」

タナカの声に迎えられ、常連のメドゥーサが入ってきた。

髪の毛が無数の「生きた蛇」になっており、目には分厚いサングラス。

彼女は買い物カゴに、晩酌用の『シャキシャキ大根サラダ』や『ふんわりクリームパン』、そして『缶チューハイ』などを慎重に入れていた。

「よし……今日は誰とも目を合わせてない。完璧よ」

彼女はレジに向かおうとした。

その時、髪の毛の蛇の一匹が、彼女の鼻先をくすぐった。

「っ……、ヘブシュッ!!」

盛大なクシャミが出た。

その衝撃で、かけていたサングラスがズルリとズレてしまった。


「あ」

無防備な魔眼が、手元の買い物カゴを直視する。

カッ!!

赤い閃光が走った。

ガゴォォォン……!

一瞬にして、カゴの中身が灰色に変色し、重々しい音を立てて固まった。

パンも、サラダも、缶チューハイも、すべてが精巧な「石の彫刻」と化してしまった。

「…………」

メドゥーサは、石になった自分の夕飯を見つめ、ガックリと膝をついた。

「うぅ……うわぁぁぁぁん!! またやっちゃったぁぁ!!」

店内に彼女の泣き声が響く。

レジにいたリリスが慌てて駆け寄った。

「お、お客様!? 泣かないでください! あの、『解除』すればいいんじゃないですか? 前にオークさんたちを元に戻してあげたみたいに!」


「で、できないのよぉ……!」

メドゥーサは石のパンを抱きしめて首を振った。

「生き物なら『生体魔力』が守ってくれるから戻せるけど……死んでる食材はダメなの! 解除した瞬間に細胞が壊れて、ただのドロドロのヘドロになっちゃうのよぉ! 常識でしょぉ!?」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」

「だからこれ、もうゴミなの! 食べられないの! 私の夕飯がぁぁ!」

彼女は自分の能力の厄介さを誰よりも熟知していた。だからこそ、失敗した瞬間に「詰み」であることを悟り、絶望していたのだ。

「せっかくの『ふんわりクリームパン』が……これじゃただの『カチカチの石』よ……」

メドゥーサが石化したパンをゴミ箱へ捨てようとした、その時。


「あ、お客様。捨てないでください」

カウンターから出てきたタナカが、彼女の手を止めた。

「その『ただの石』に、需要があるんです」

「え……?」

ウィィィン……。

タイミングよく自動ドアが開き、全身が岩石でできた巨漢、『ロック・ゴーレム』が入店してきた。

彼は入ってくるなり、ボソボソと不満を漏らした。

「……店長。最近のパンは、どれもこれも『柔らかすぎる』んだよ……。俺様の歯ごたえを満たす、ガリッガリに硬いパンはねぇのか……」

タナカはニヤリと笑い、メドゥーサの手にある『石化クリームパン』を指差した。

「ございますよ。こちら、『メドゥーサ風・石窯焼きパン』です。中まで完全に石化しており、硬度10を保証します」

ゴーレムが目を輝かせた。

「おおっ! まさにこれだ! このカチカチの質感! パンの形をした岩石! 最高じゃねぇか!」

「えっ……?」

メドゥーサが呆気にとられる中、ゴーレムはその場で石化パンにかじりついた。


ガリボリッ!! ギギィン!!

店内に凄まじい咀嚼音が響く。

「うめぇ! 普通の道端の石より香ばしい気がする! 全部もらうぜ!」

ゴーレムは上機嫌で、石化したパンや缶チューハイをレジへ持っていく。

タナカは手際よく会計を済ませると、メドゥーサに向き直った。

「……というわけです。ゴーレムさんが買い取ってくれたので、その代金で新しいサラダとパンをお買い求めください」

「す、すごいです店長さん……!」

メドゥーサの目に、尊敬の涙が浮かぶ。

「ゴミになるはずだった私の失敗が……誰かの役に立つなんて……!」

「ええ。適材適所、地産地消です」

メドゥーサは新しい商品を買い直し、何度も頭を下げて帰っていった。

ゴーレムも「また入荷しといてくれよ!」と満足げに去っていった。

「やりますね店長! 転んでもタダでは起きないとはこのことですね!」

リリスが感心したように言う。

「商売の基本だ。……ただし」

タナカは、メドゥーサが去った後の床を見つめた。

そこには、彼女のクシャミの余波で、石化してしまった『床のタイル』が一枚あった。


「……あの床は、解除してもらえばよかったな」

床なら細胞破壊など関係ない。単に元に戻るだけだ。

タナカは詰めが甘かった自分にため息をつき、静かに『足元注意』のコーンを置いた。


ダンジョン地下99階。ここでは、呪いさえも需要と供給が合致すれば、立派な商品となる。

【あとがき:深夜の在庫管理】

リリス「店長、ゴーレムさんが買った『石化缶チューハイ』って、どうやって飲むんでしょう?」


タナカ「ああ、あれか。『舐めて楽しむ』らしいぞ。味が染み出すキャンディみたいなもんだな」


リリス「へぇー! 新しい楽しみ方ですね!」


タナカ「よし、リリス。明日の発注だが、『賞味期限切れ間近のパン』を多めに用意しておけ」


リリス「えっ? 廃棄になっちゃいますよ?」


タナカ「いいや。明日メドゥーサさんが来たら、全部石にしてもらって『ゴーレム用クッキー』として売り出す。……SDGsだ」


リリス「店長……それ、ただの産業廃棄物処理じゃ……」

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