第31話:春のキャンペーンと、オーク軍団の激闘
深夜1時。
タナカは店のガラス面に、ピンク色の華やかなポスターを貼り出していた。
『春のベーカリーフェア開催中!』
『対象商品のシールを30点集めて、白い皿をもらおう!』
コンビニチェーンが総力を挙げて行う、春のパン・キャンペーン。
それはここダンジョン地下99階でも、形を変えて開催される。
「店長、このお皿って人気なんですか?」
品出しをしていたリリスが、景品の見本皿を指で弾いた。キィン! と硬質な音が響く。
「地上じゃ主婦層に大人気だぞ。『強化ガラス製』だからな。落としても割れないし、熱にも強い。下手な鉄の盾より丈夫かもしれん」
「へぇ~。でも、パン30点分って結構キツイですよね」
その時、自動ドアが開いた。
ドス、ドス、ドス……
入ってきたのは、薄汚れた皮鎧をまとったオークの小隊長と、その部下のゴブリンたちだった。
彼らはダンジョンの中層でキャンプ生活をしている、ごく一般的なモンスターだ。
オーク隊長は、レジ横に飾られた「白いお皿」の前で足を止める。
「……む? なんだこの、白く輝く円盤は」
オーク隊長が鼻を近づける。
そして、自分の腰にぶら下げているボロボロの木製食器と見比べた。
「俺たちの木の皿は、すぐに割れるし、肉の脂が染み込んで臭くなる……。だが、この皿はどうだ。ツルツルしていて、汚れ一つない……」
タナカは事務的に声をかけた。
「それ、強化ガラス製なんで丈夫っすよ。オークさんの握力でも割れないと思います」
「なんだと……?」
オーク隊長は、試しに見本皿の端を指で強く摘まんでみた。
ミシッ……と力を込めるが、皿はビクともしない。
「おおお……! なんという強度だ! まるでミスリル合金!」
オーク隊長が雄叫びを上げた。
「野郎ども! これだ! 我が部隊に必要なのは、この**『伝説の白き円盤』**だ! これがあれば、カレーを食っても洗うのが楽になるぞ!」
「「「ウオオオオオ!!」」」
「店員! この皿をくれ! いくらだ!?」
オークが身を乗り出す。
「非売品っす。パンについてるシールを30点集めたらあげます」
タナカはパン売り場を指差した。
そこから、オーク小隊による過酷な「炭水化物摂取ミッション」が始まった。
「隊長! この『渦巻きデニッシュ*はカロリーが高いのに、シールが1点ついてます! コスパ最強です!」
「よし、それを5個確保だ!」
「隊長! こっちの**『チョコスティック(6本入り)』**は、量が多いのに0.5点しかありません! 罠です!」
「ええい、0.5点だと!? 30点集めるのに60袋も食わねばならんのか! 」
オークたちは真剣な顔でパンを選別していく。
彼らの予算は限られている。
いかに安く、効率よく点数を稼ぐか。これは兵站の戦いだった。
「よし、予算の限り買ったぞ! 野郎ども、食えぇぇぇ!!」
イートインスペースにて、オークとゴブリンによるパン合宿が始まった。
「モグモグ……! うめぇ! やっぱパンはうめぇな!」
最初は笑顔だった。
しかし、10個を超えたあたりで空気が変わった。
「……っぷ。く、苦しい……」
「口の中の水分が……全部持っていかれる……」
ゴブリンの一人が、パサパサのコッペパンを片手に白目を剥いた。
「み、水を……」
「甘えるな! 水など飲んだら腹が膨れるぞ!」
オーク隊長が叱咤する。
「皿のためだ! 30点への道のりは険しいのだ! 気合で飲み込め!」
「うぅぅ……。もうあんぱんは見たくない……」
彼らは戦っていた。
コンビニのキャンペーンという地獄のシステムと。
1時間後。
「……集まった……ぞ……」
レジカウンターに、フラフラになったオーク隊長がやってきた。
彼の手には、肉の脂とパン屑で汚れた**「シール台紙」**が握りしめられていた。
「て、店員……。確認してくれ……」
タナカは台紙を受け取った。
シールの貼り方は雑で、枠からはみ出しまくっているが、枚数は足りている。
「えーっと……。はい、30点ありますね。おめでとうございまーす」
タナカは台紙を回収し、レジ下の箱から新品の**「白いお皿」**を取り出した。
「はい、景品です」
「おおおお……!」
オーク隊長は、震える手で皿を受け取った。
その純白の輝き。
苦労して手に入れた分だけ、その重みは格別だった。
「見たか野郎ども! これが俺たちの勝利の証だ!」
「「「隊長ぉぉぉ!!」」」
ゴブリンたちが拍手する。
オーク隊長は、早速その強度を試すことにした。
彼は腰の剣を抜き、皿に向かって振り下ろした。
キィィィィン!!
澄んだ音が響き、剣が弾かれた。皿には傷一つついていない。
「すげぇ……! マジで割れねぇ!!」
「これなら俺たちが宴会で暴れても大丈夫だ!」
「家宝にするぞ!」
オークたちは大喜びで、白い皿を掲げて店を出て行った。
まるで、伝説の秘宝を手に入れた勇者パーティのように。
「……ありがとうございましたー」
タナカは彼らが去った後のイートインスペースを見た。
大量のパンの袋が散乱している。
「あーあ。掃除めんどくせ」
タナカがモップを取りに行こうとすると、リリスが感心したように言った。
「でも店長、あのキャンペーンって、魔物の団結力を高める効果があるんですね」
「まあな。……ただ、あいつら知ってるのかな」
「何をですか?」
「来週から、シールの点数が倍になる**『ポイント2倍期間』**が始まるってこと」
「……言わなかったんですか?」
「言う前に食い始めたから」
ダンジョン地下99階。
情報の格差は残酷だが、手に入れた皿の輝きに嘘はない。




