第30話:“清掃班”の強行突入と、Eランクの末路
ガシャンッ!!
バリバリバリッ!!
自動ドアが強制的にこじ開けられ、ガラスが飛散した。
暗闇の中から雪崩れ込んできたのは、全身を漆黒の鎧で固めた『重装歩兵』の集団だった。
彼らは手に巨大なハンマーや、回転のこぎりを持っている。
『ターゲット確認。店舗コードDM-99。これより、“清掃”を開始する』
無機質な機械音声と共に、先頭のゴーレムが商品棚に向かってハンマーを振り上げた。
「や、やめろぉぉぉ!!」
タナカが叫ぶ。
だが、それより早く動いた影があった。
ガギィィィンッ!!
金属同士がぶつかり合う、耳をつんざくような音が響く。
ゴーレムのハンマーを、一本の巨大な大鎌が受け止めていた。
『……おい、鉄屑ども』
闇の中で、青白い瞳が燃え上がる。
死神グリムだ。
『……我が職場に、土足で踏み入るとは……いい度胸だ』
グリムの全身から、凄まじい「死の冷気」が噴き出した。
店内の床が一瞬で凍結する。
「グリム!?」
『店長、下がっていろ。……残業代は請求するぞ』
「私もいますよ!!」
リリスも飛び出してきた。彼女の背中には悪魔の翼が広がり、手には、なぜかレジ横で売っていたフライパンが握られている。
「このお店は渡しません! 私、ここが好きなんです!」
「二人とも……!」
タナカは胸が熱くなった。
アルバイトの二人が、命がけで店を守ろうとしている。
なら、店長である自分が逃げるわけにはいかない。
タナカは震える足で前に出た。
武器はない。あるのは「店長」という肩書きだけだ。
「お客様! 乱暴はおやめください! 警察……いや、憲兵を呼びますよ!」
タナカの叫びも虚しく、ゴーレムたちは止まらない。
数は20体以上。グリムとリリスが強くても、多勢に無勢だ。
『障害物を排除せよ。工期が遅れる』
『排除。排除』
ゴーレムたちが一斉にタナカたちへ向かってくる。
万事休すか。
タナカが死を覚悟して目を閉じた、その時だった。
「おーい!! ストップストップ!! 何やってんだお前ら!!」
自動ドアの向こうから、野太い怒鳴り声が響いた。
「え?」
ゴーレムたちの動きがピタリと止まる。
入ってきたのは、ヘルメットを被り、図面を脇に抱えた『現場監督』だった。
監督は、凍りついた店内と、鎌を構えるグリムを見て、一つ目の目を丸くする。
「……あー、なんだこれ。なんで戦闘になってんだ?」
タナカが恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……あなたは? この『清掃班』のリーダーですか?」
「パージ? 何言ってんだアンタ」
監督は図面をバサッと広げた。
「俺たちは本部施設管理課の『改装・清掃班』だ。今夜からこの店の『拡張工事』やる予定だったんだが……話通ってねぇのか?」
「……は?」
時が止まった。
グリムの鎌がカラン……と手から滑り落ちる。
「か、改装……?」
「おう。ほら、この通達書」
監督が指差したのは、タナカがさっき見たあの『黒い手紙』だった。
『調査終了。評価:E(排除対象)』
「これ……『排除対象』って書いてありますけど……」
「あ? ああ、これか」
監督はポリポリと頭をかいた。
「これは本部用語で『評価:Expansion(拡張)』の略だ。お宅の店、売上が良すぎるから、『壁を排除して』売り場を広げることになったんだよ」
「…………へ?」
「で、『清掃班』ってのは、工事の前に古い棚を解体する解体屋のことだ。……紛らわしかったか?」
沈黙。
ダンジョン最下層に、重苦しい沈黙が流れた。
タナカの脳内で、言葉がリフレインする。
Eランク。
Expansion(拡張)。
壁を排除。
「……紛らわしいにも……程があるだろぉぉぉぉぉぉ!!!」
タナカの絶叫が、地下99階に木霊した。
それから3時間後。
朝5時。
誤解が解けた後、サイクロプス監督とゴーレムたちは、驚異的なスピードで工事を完了させた。
店の壁が取り払われ、売り場面積は1.5倍に広がった。
「いやー、悪かったな店長! お詫びに内装もキレイにしといたからよ!」
「……ありがとうございます(白目)」
監督たちはガハハと笑って帰っていった。
残されたのは、ボロボロに疲れ果てた三人の店員と、無駄に広くなった店内だけ。
「……死ぬかと思った」
リリスが座り込む。
『……Eランクが拡張(Expansion)とは……魔界のビジネス用語は難解だ……』
グリムもぐったりしている。
タナカは、新しく設置された広々としたイートインスペースを見つめ、深いため息をついた。
「まあ……店が残っただけ、マシか」
こうして、ダンジョンマート最大の危機は去った。
店は広くなり、品揃えも増えるだろう。
それはつまり、「仕事量が1.5倍になる」ということを意味していたが、タナカはまだその事実に気づかないフリをしていた。
ダンジョン地下99階。ここでは、本部からの通達こそが、魔王軍よりも恐ろしい厄災となる。
【あとがき:広くなった店内で】
リリス「わぁー! 見てください店長! 売り場が広くなって、走り回れますよ!」
タナカ「走るな。掃除が大変になるだろ」
リリス「でも、これでまた新しい商品をたくさん置けますね! 何を仕入れましょうか? 魔界の最新コスメ? それとも召喚獣のおやつ?」
タナカ「……まずは、『本部のマニュアル用語辞典』を仕入れる。二度とこんな勘違いで心臓を止めたくないからな」
グリム「……賢明な判断だ。私の心臓も、これ以上は持たん」
タナカ「さあ、開店準備だ。店が広くなった分、客も増えるぞ」
三人「「『いらっしゃいませー!!』」」




