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第3話:透明化する暗殺者と、オレンジ色の防犯カラーボール

「ピッ。……在庫1、発注0。……ピッ。……在庫3、発注2」


深夜3時。 客足が途絶えた『ダンジョンマート』の店内に、無機質な電子音が響いていた。 タナカはハンディ端末を片手に、在庫確認作業に追われていた。


「あー、マジでめんどくせぇ。なんで棚の奥のジュースの数まで数えなきゃいけないんだよ」


タナカは欠伸を噛み殺しながら、栄養ドリンクの棚を確認する。 そして、眉をひそめた。


「……あ? 合わない」


棚にあるはずの高級ドリンク『魔力回復ハイパーZ(タウリン3000mg配合)』が、データより2本足りない。 伝票ミスか? いや、昨日の納品時は合っていた。


「……万引きか?」


タナカの声が、少しだけドス黒くなる。 正義感からではない。 万引きが発生すると、店長への報告書作成と、ダンジョン警備隊への被害届提出で、残業が確定するからだ。


「店長ー? どうしたのー?」


サキュバスのリリスが、パタパタと翼を羽ばたかせて飛んできた。 制服のポロシャツは相変わらずパツパツだ。


「在庫が合わない。リリス、怪しい客いなかったか?」 「えー? 私の『悪魔の目』はずっと店内を見てたけど、誰も盗んでないわよ? 今日来たのは、腰の低いオークのおじさんと、自分の骨を探してるスケルトンくらいだし」


「だよな……」 タナカは舌打ちをした。 このダンジョンには、厄介な客がいる。



その時。 店内の空気の中に、『彼』は溶け込んでいた。


(ククク……。愚かな店員と悪魔め)


彼の名は、『シャドウブレイド』。 王国の指名手配リストの筆頭に載る、伝説の暗殺者だ。 彼の固有スキル**【完全透明化インビジブル・マスター】**は、視覚だけでなく、音、匂い、魔力反応すら完全に遮断する。


魔王ですら感知できないこの最強のステルス状態で、彼は今、堂々とレジの横を通り抜けていた。


(この店の品揃えは素晴らしい。特にあの『おにぎり』という携帯食料は、王宮の料理より美味い)


彼は音もなく陳列棚に近づくと、**『いくら醤油漬けおにぎり』と、『週刊少年マカイ』**を手に取り、懐に入れた。 リリスはすぐ横でモップがけをしているが、全く気づかない。


(チョロいもんだ。代金? 俺のような強者が払う必要はない)


暗殺者は嘲笑いながら、出口へと向かう。 自動ドアが開けば、あとは闇に紛れて消えるだけだ。


「……あ」


レジカウンターの中にいたタナカが、ふと顔を上げた。 彼は手元の**「レジ用モニター」**をぼんやりと眺めていた。


そこには、店内を映す防犯カメラの映像が表示されている。 ただし、このダンジョンマートのカメラは、地上本部から支給された最新鋭のサーモグラフィー機能付きだった。


タナカの視界にあるモニターの中。 青い画面の中で、真っ赤な人の形をした熱源が、出口に向かって移動していた。


(……いや、丸見えなんだよな)


タナカは心の中で溜め息をついた。 魔法による透明化など、科学のセンサーには関係ない。 おまけに、自動ドアの赤外線センサーもしっかり反応して、ドアが開こうとしている。


「リリス、確保準備」 「えっ? 誰もいないわよ?」 「いいから、出口塞げ」


タナカはレジカウンターの下に手を突っ込んだ。 掴んだのは、ソフトボール大のオレンジ色の球体。


日本のコンビニ店員に代々伝わる、対凶悪犯用決戦兵器。 **『防犯カラーボール』**だ。


暗殺者が、開いたドアから一歩踏み出そうとした、その瞬間。


「お客様ーーッ!! ご精算お済みでないですよねーーッ!!(棒読み)」


タナカのプロ野球のピッチャーのようなフォームから、剛速球が放たれた。


ドガァッ!!


「なっ!?」


何もない虚空で、ボールが破裂した。 バシャリ、という音と共に、鮮やかな蛍光オレンジ色の特殊塗料が飛び散る。


「ぐわぁぁっ!? な、なんだこれは!?」


空間に、毒々しいオレンジ色に染まった「人のシルエット」が浮かび上がった。 特殊塗料の強烈な悪臭が広がる。


「ええっ!? 本当にいた!?」 リリスが驚愕する。


「貴様……! なぜ俺が見えた!? 俺の隠密スキルは完璧なはず……!」 オレンジ色の男が、信じられないという顔(顔もオレンジ色だが)でタナカを睨んだ。


タナカは気だるげに、2球目のボールを放り投げながら答えた。 「あー、魔法とか知らないっすけど。あんた体温高すぎなんすよ。あと、自動ドアのセンサーに引っかかってんの、ダサいっすよ」


「ね、熱……だと……? 科学……恐るべし……!」


「リリス、捕まえろ。そいつの塗料、洗濯しても落ちないし、独特の臭いで追跡できるから」 「了解! 覚悟しなさい、万引き犯!」


リリスが翼を広げてタックルをかます。 「ぐっ……! 放せ! 俺は伝説の暗殺者だぞ……!」 「うるさい! 私の楽しみにしていた『いくらおにぎり』を返して!」


数十分後。 店には、通報を受けた**ダンジョン警備隊スケルトンポリス**が到着していた。


全身が蛍光オレンジに染まり、独特の臭いを発する伝説の暗殺者が、手錠をかけられてパトカー(馬車)に乗せられていく。


「……あのオレンジ色、皮膚の角質が落ちるまで消えないらしいぞ」 「これからは『影の刃』じゃなくて『オレンジの刃』だな」


警備隊員たちのヒソヒソ話を聞きながら、暗殺者は絶望の表情で連行されていった。 二度とこのコンビニには近づくまい、と心に誓って。


店内に残されたのは、オレンジ色の塗料が飛び散った床と、残業確定のタナカだった。


「はぁ……。最悪だ」


タナカはモップを手に取り、深いため息をついた。


「おいリリス。おにぎり守ったんだから、床掃除手伝えよ」 「えー! やだー! あの塗料、服についたら落ちないんでしょ?」 「じゃあ廃棄弁当なしな」 「やります! 喜んで!」


ダンジョン地下99階。 今日もコンビニの平和は、ハイテク機器とブラックバイトによって守られたのだった。

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