第27話:戦場に向かうオークと、モーニングセット
7時00分。
ダンジョンの朝は、重苦しい空気に包まれていた。
自動ドアが開くたびに、死んだ魚のような目をしたオークやゴブリンたちが、よろよろと入店してくる。
彼らはダンジョンの各階層にある「採掘現場」や「迷宮警備会社」へ出勤するサラリーマンたちだ。
「……いらしゃいませぇ~……」
レジに立つサキュバスのリリスもまた、意識が半分飛んでいた。
昨晩、深夜アニメを一気見してしまったのだ。彼女の目は半開きで、体はゆらゆらと揺れている。
そこへ、一際疲れ切った顔のオークの客がやってきる。
よれたスーツを着て、手には栄養ドリンクを持っている。
「……会計頼む」
「……あーい……」
リリスはオートパイロットでレジを打つ。
オークはため息交じりに、追加で注文した。
「……ああ、あとレジ横の『モーニング』ひとつ」
オークが指差したのは、ホットドッグとコーヒーのお得なセットだ。
しかし、寝ぼけたリリスの脳内変換回路は、致命的なバグを起こしていた。
「……ふぁい。モーニングですねー」
リリスは気だるげにバックヤードへ手を伸ばし、ズシリと重たい物体を取り出した。
そして、カウンターの上にドスン!! と置いた。
それは、直径30センチの棘付き鉄球がついた、凶悪な鈍器。
『モーニング・スター』だった。
「……はい、モーニング」
「……えっ?」
オークの動きが止まった。
目の前には、頭蓋骨を粉砕するための鉄塊が鎮座している。
パンもコーヒーもない。あるのは暴力だけだ。
「い、いや、店員さん? 俺が頼んだのは……」
「……温めますか?」
リリスは虚ろな目で首を傾げた。
オークはゴクリと唾を飲み込んだ。
そして、ハッと気づいたように鉄球を見つめ直した。
(……そうか。これは、店員さんからのメッセージか……)
オークの脳裏に、今日のスケジュールの地獄絵図が浮かんだ。
午前中は理不尽な上司へのプレゼン。午後は納期が遅れている現場の謝罪回り。
それはまさに、食うか食われるかの『戦場』だ。
(パンなんか食ってる場合じゃねぇ……。今の俺に必要なのは、敵を粉砕する力だ……!)
オークの目に、戦士の光が戻った。
「……ああ。もらうよ。温めなくていい。敵の返り血で温まるからな……」
オークが震える手でモーニング・スターの柄を握り、レジを通そうとした。
バシッ。
横から伸びてきた手が、鉄球を押さえた。
店長のタナカだ。
「待て。それは武器だ。食えん」
タナカは真顔でモーニング・スターを没収すると、手際よく本物の『モーニングセット』とすり替えた。
「お客様、当店は武器の提供は行っておりません。あと、上司を殴ると懲戒解雇になりますのでご注意ください」
「ちっ……」
オークは舌打ちし、残念そうにホットドッグを掴んだ。
武器を奪われた彼は、再び死んだ魚のような目に戻り、とぼとぼと店を出て行った。
「……ありがとうございましたー」
リリスはまだ寝ぼけている。
「……どこの職場も大変だな」
タナカはため息をつき、モーニング・スターを棚に戻した。
その鉄球には、かすかにサラリーマンの哀愁がこびりついている気がした。
ダンジョン地下99階。ここでは、朝食よりも武器を求めるほど、労働環境は過酷である。
【あとがき:出勤ラッシュ】
タナカ「リリス、起きろ。また注文間違えてたぞ」
リリス「はっ!? ……あれ? 私、今お客様に武器を売りつけようと……」
タナカ「ああ。でも客の方は満更でもなさそうだったな」
リリス「ええー……みんな疲れてるんですねぇ……」
タナカ「そうだな。……よし、今日から『モーニング・スター』もレジ横に置くか。『※食用ではありません。上司用です』ってPOPを付けて」
リリス「店長、それ労働基準法的に大丈夫ですか?」




