第24話:全力義理チョコと、魔王の勘違いプロポーズ
「……終わった」
2月14日、午後3時。 タナカは、レジ前にうず高く積み上げられた**『義理用チョコ・デビルサンダー』**の山を見上げ、絶望していた。
「全然売れねぇ……。発注ミスった……。これ全部廃棄ロスか?」
今日はバレンタインデー。 地上であれば、義理チョコ需要で飛ぶように売れるはずの安価なチョコ。 しかし、ここはダンジョン地下99階。 「義理」という概念がない魔物たちは、誰もこの黒い塊に見向きもしなかった。
「店長! 諦めないでください!」
隣で品出しをしていたリリスが、バン!とカウンターを叩いた。
「まだ時間はあります! バレンタインはサキュバスにとっての聖戦! 在庫の山を築いたまま負けるなんて、愛の伝道師として許せません!」
「いや、お前コンビニ店員だろ……。どうすんだよ、この大量の30円チョコ」
リリスはニヤリと笑い、エプロンの紐を締め直した。
「ふふん。素材が安物でも、私の**『愛』**を注入すれば、最高級ブランド品に化けるんです! 店長、バックヤードのキッチン借りますよ!」
「おい、変なもん入れるなよ……」
バックヤードから、甘い香りと共に、禍々しいピンク色のオーラが漏れ出していた。
「美味しくな~れ! 虜にな~れ!」 「愛を込めろ! 執念を込めろ! 在庫を減らせぇぇぇ!!」
リリスは湯煎したチョコをかき混ぜながら、恐ろしい呪文を唱えていた。 サキュバスのプライド。それは「自分が関わった男を必ず満足させる」こと。 たとえそれが30円の義理チョコであっても、彼女は手抜きを知らなかった。
「……できたっ!」
1時間後。 リリスがトレイに乗せて持ってきたのは、元の形状を留めていない物体だった。 直径20センチほどの、巨大なハート型チョコレート。 表面は艶やかだが、内側からドクン……ドクン……と脈打つように発光している。
「おいリリス。なんか生きてないかそれ」 タナカがドン引きする。
「失礼ですね! 私の魔力を限界まで練り込んだ**『特製・本命風義理チョコ』**です! これなら1個3000円でも売れます!」
「いや、義理に3000円は重いって」
その時。
ゴゴゴゴ……
自動ドアが開き、圧倒的な威圧感と共に、常連客の魔王ヴェルザードが入店してきた。
「む。なんだこの甘ったるい匂いは。……媚薬か?」 魔王が鼻をひくつかせた。
「チャンス!」 リリスが目の色を変えて飛び出した。
「いらっしゃいませ魔王様~ 今日はバレンタインですよ~!」
リリスは魔王の腕に絡みつき、上目遣いで甘えた声を出す。サキュバスの本領発揮だ。
「日頃の感謝を込めて、私の『特製手作りチョコ』はいかがですかぁ~? 今なら限定1個、特別価格でご提供中ですよ~」
「ほう……。サキュバスの手作りか」 魔王は興味深そうに、脈打つハート型チョコを見た。
「余にこれを勧めるということは、それ相応の覚悟があるのだろうな?」 「もちろんです! 覚悟は決まってます!」
「よかろう。いただこう」
魔王はチョコを受け取り、その場で豪快に一口齧った。
ガリッ。
その瞬間。
ドォォォォォン!!!
魔王の全身から、ピンク色の衝撃波が噴出した。 店内の雑誌がバラバラと舞い上がる。
「ぐぁぁぁっ!? な、なんだこの衝撃は!? 心臓が……高鳴る!? 思考が……ピンク色に染まるぅぅ!?」
魔王が胸を押さえて膝をついた。 リリスが込めた過剰な魔力が、魔王の強靭な精神防壁すらも貫通したのだ。
「ま、魔王様!?」 リリスが焦る。
魔王は荒い息を吐きながら、充血した目でリリスを見上げた。 その瞳には、ハートマークが浮かんでいる。
「はぁ……はぁ……わかったぞ、リリスよ」
魔王が立ち上がり、リリスの手をガシッと掴んだ。
「このチョコに込められた、質量を持った重い魔力……。これは単なる菓子ではない。**『契約の証』**だな?」
「え?」
「貴様……余の**妃**になりたいのだな?」
「はい??」
魔王の声が熱を帯びる。
「これほどの愛を込めるとは……。その重すぎる愛、しかと受け止めた! 種族を超えた求婚、受けて立とう! 今すぐここを式場とする!!」
魔王が指を鳴らすと、店内のBGMが『結婚行進曲』に変わった。 床からレッドカーペットが出現する。
「いやぁぁぁぁ!! 違いますぅぅぅ!!」 リリスが悲鳴を上げた。
「それ義理です! ただの在庫処分です! 結婚とか無理です私まだ遊びたいし!!」
「照れるな! 『義理』とは、命を懸けた契りのことだろう! 余は逃げんぞ!」 魔王は聞く耳を持たない。完全に魅了状態で暴走している。
タナカはカウンターの中で、遠い目をしていた。 (あーあ。媚薬の分量間違えるから……)
「て、店長ぉ! 助けてください! 私、魔界の女王とかガラじゃないんです!」 リリスが助けを求める。
「自分で撒いた種だろ。……まあ、店が式場にされると営業妨害だからな」
タナカはリリスに目配せをした。 「リリス。魔王のプライドを傷つけずに断る方法は一つだ。**『ビジネス』**にすり替えろ」
「ビジネス……!?」
リリスの脳内で、キャバクラ時代の接客マニュアルが高速検索される。 客にガチ恋された時の対処法――それは!
リリスはスッと表情を変え、プロの営業スマイルを浮かべた。
「お待ちなさい魔王様! 勘違いなさらないで!」
「む?」
「そのチョコは、『愛』ではなく……**『ファンクラブ会員への特別優待』**です!!」
「……ふぁんくらぶ?」 魔王がキョトンとする。
「そうです! 私、アイドルとして、ファンの皆様全員に愛を振りまいているんです! 魔王様はその中でも**『トップオタ……いえ、筆頭株主』**ですから、特別にサービスしただけです!」
リリスは畳み掛けた。 「だから、結婚はできません! 私はみんなのアイドルですから! その代わり、これからもお店に通って**『推し活』**してください!」
魔王はしばらく呆然としていたが、やがて瞳のハートマークが消え、冷静さを取り戻した。
「……そうか。推し、か」
魔王は少し寂しそうに、しかし納得したように頷いた。
「なるほどな。余としたことが、独占欲にかられて『解釈違い』を起こすところであった。……アイドルならば、遠くから支えるのがファンの流儀であったな」
「わかってくれますか!?」
「うむ。ならば、その活動資金に貢献するのがファンの務め」
魔王は財布を取り出し、カウンターに積み上げられた残りの「デビルサンダー」を指差した。
「ここにある在庫、全て買い取ろう。……皆に配って、貴様のファンを増やすがよい」
「魔王様ぁぁぁ!! 一生ついていきますぅぅ!!」
数分後。 在庫の山は綺麗になくなり、魔王は大量のチョコを抱えて満足げに帰っていった。
「ふぅ……。死ぬかと思った……」 リリスはその場にへたり込んだ。
「お疲れ。お前、口上手くなったな」 タナカは空になった棚を見て感心した。
「危なかったですよぉ。やっぱり、チョコに媚薬混ぜすぎはダメですね。リスクが高すぎます」
「でも完売だ。約束通り、大入り手当出してやるよ」 タナカが缶コーヒーを渡す。
「やった! 店長大好き!」 「はいはい、そのセリフには30円の価値もねぇよ」
ダンジョン地下99階。 サキュバスの愛は重いが、それを金に変える商魂はもっと重いのである。
タナカ「ありがとうございましたー」
リリス「……店長。あのお客様、レジに何か置いていきましたよ? 星の形をした……キラキラした欠片?」
タナカ「ああ、それは**『評価』**だ。この業界じゃ、現金よりも価値がある代物だよ」
リリス「へぇー! 綺麗ですねぇ……」
タナカ「リリス、お前の接客が良かったから置いていってくれたんだろ。大事にしまっておけ」
リリス「はい! ……えへへ、嬉しいな。また頑張ろうっと




