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第23話:リリスの空腹と、抗えない本能

「……ッ! こら、じっとしてて!」

深夜の『ダンジョンマート』。

レジカウンターから、リリスの切羽詰まった声と、バシッ! という乾いた音が響いた。


「どうした、リリス。さっきから変だぞ」

タナカが品出しの手を止めて振り返る。

リリスは涙目になりながら、自分の腰のあたりを必死に押さえていた。

「て、店長……。実は、私の尻尾が『反抗期』で……」

見ると、彼女の背中から伸びるハート型の尻尾が、まるで意思を持つ蛇のようにウネウネと暴れている。

「反抗期?」

「はい。夏に向けてダイエット中で、ここ3日ほど『絶食』してるんです。そしたら、空腹になった尻尾が言うことを聞かなくなって……」

サキュバスの尻尾は、本体の本能に直結している器官だ。

本体が理性を保っていても、空腹が限界を超えると、尻尾だけが独自の意思を持ってエサを求め始めるのだという。


「飯食えよ。仕事にならんだろ」

「嫌です! あの水着を着るまでは痩せるんです! ううっ、また暴れそう……!」

リリスはガタガタと震えながら、次の客を迎えた。

「いらっしゃいませ……ッ!」

やってきたのは、常連客のスケルトンだ。

彼は丁寧に磨き上げられた、美しい純白の頭蓋骨を持っている。

「うむ。カルシウム・ウエハースをひとつ頼む」

「はい、120円に……なり……ッ!?」

リリスがレジを打っている背後で、尻尾がスルスルと伸びる。


空腹で判断力が鈍った尻尾は、目の前にある「丸くて白くてツルツルしたもの」を、巨大なマシュマロか何かと勘違いしたらしい。


ペタッ。


尻尾の先が、スケルトンの脳天に吸い付いた。

「ん?」

「ひぃっ! す、すみません!」

リリスは慌てて引き剥がそうとするが、尻尾は「離してたまるか」とばかりに頭蓋骨を抱え込み、あろうことかキュッキュッと磨き始めた。

「お? なんだ? ヘッドスパか?」

スケルトンが顎をカタカタ鳴らす。

「 尻尾が『良い手触りだ』と申しておりまして……! 離れなさいこのバカ尻尾!」

「ふむ。悪くないぞ。そこだ、右側頭部が痒くてな」

結局、会計が終わるまでの間、リリスは客の頭を尻尾で磨き続けるハメになった。

「申し訳ありませんでしたぁぁ!!」

スケルトンはピカピカになった頭で満足げに帰っていったが、リリスの精神力は限界だった。


「……はぁ、はぁ。もうダメかも……」

リリスがカウンターに突っ伏したその時。

自動ドアが開き、カシャンカシャンと金属音が響いた。

「よし、弁当だ! 腹が減って死にそうだ!」

来店したのは、勇者パーティの4人組。

彼らはボス戦前の腹ごしらえとして、この店で一番高い**『スタミナ特盛焼肉弁当(2000円)』**を4つ、カゴに入れた。

「会計頼む。急いでるんだ」

「は、はい……」

リリスが商品をスキャンする。

弁当のフタの隙間から、甘辛い焼肉のタレと、ニンニクの強烈な香りが漂い出した。

その瞬間。


ドクンッ!!


リリスの尻尾が、かつてないほど激しく脈打った。

もはや「マシュマロ」などという代用品ではない。本物の、極上のタンパク質と脂質だ。

(まずい……! 抑えきれない……!)

リリスは両手でレジを打ちながら、必死に背中に力を入れる。

しかし、本能は理性を凌駕した。

勇者が財布から金を出そうとした、その一瞬の隙だった。


シュバババッ!!


黒い稲妻が走った。

リリスの尻尾が音速で伸び、勇者の手元にあった「焼肉弁当」をひったくったのだ。

「なっ!?」

勇者が目を見開く。

尻尾は弁当を器用に巻き取ると、そのままリリスの口元へ運ぼうとする。

「きゃああっ! ダメ! 私のじゃない!」

「き、貴様! 魔王の手先か! 俺の焼肉を返せ!」

勇者が剣に手をかける。

しかし、尻尾は戦闘モードに入っていた。


「エサを奪う敵」と認識した尻尾は、弁当を持ったまま勇者を威嚇し、あろうことか腰の「聖剣」まで奪い取ろうと絡みついた。

「うおっ!? 力が強い! 聖剣が抜かれる!」

「すみません! 尻尾が勝手に! 尻尾がぁぁ!」

リリスは泣き叫びながら、自分の尻尾と格闘する。

勇者VS尻尾VSリリス。

店内はカオスな三つ巴の戦場と化した。


背後から、低い声とともにバリバリバリバリッ!! という音が響いた。

「え?」

リリスが振り返る間もなく、タナカが背後に回り込んだ。

彼は暴れる尻尾を鷲掴みにすると、リリスの左太ももに押し付け、業務用ガムテープを一気に巻き付けた。

グルグルグルッ!

「ああっ!?」


数秒後。

リリスの尻尾は、彼女の白い太ももに完全に固定され、ピクリとも動かなくなっていた。

「ハイ、逮捕」

「ううっ……動きが止まりました……。ありがとうございます店長……」

リリスはその場に崩れ落ちた。

しかし、勇者たちは微妙な顔でそれを見ていた。

制服のスカートから伸びる太ももに、黒い尻尾がガムテで拘束されている図。

どう見ても、そういうプレイにしか見えなかったからだ。

「……その、なんだ。店員への教育は裏でやってくれ」

「違います。労働災害防止措置です」

タナカは真顔で答え、勇者に新しい弁当を渡した。

「ご迷惑をおかけしました。お詫びに『竜の唐揚げ』つけときますんで」

「お、おう。……大変だな、コンビニも」

勇者たちは、少し同情した目を向けながら去っていった。


「……ふぅ」

タナカは「廃棄」のカゴから、消費期限切れのおにぎりを取り出した。

「ほらリリス。口開けろ」

「え? でもダイエットが……」

「食わねぇと、次は客を食うぞお前の尻尾」

タナカはおにぎりの包装を剥き、リリスの口に強引に突っ込んだ。

「むぐっ! ……んぐ……」

リリスは涙目で咀嚼した。

3日ぶりの炭水化物。

コンビニ米の甘みと、ツナマヨの油分が脳髄に染み渡る。

「……おいしい……! おにぎりおいしいぃぃ……!」

リリスは泣きながらおにぎりを平らげた。

太ももの尻尾も、満足したのかスルスルと力を抜いていく。

理性が戻ると同時に、体重計の数字という新たな絶望が彼女を襲った。

「リバウンド確定だな」

「うわぁぁぁん! 店長のバカァァ!」

深夜の店内に、リリスの悲痛な叫びがこだまする。


ダンジョン地下99階。ここでは、高潔な悪魔のプライドよりも、廃棄寸前のツナマヨおにぎりの方が遥かに強い輝きを放つのだ。

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