第21話:スランプの吟遊詩人と、絶叫マンドラゴラ
深夜2時。
レジ内のモニターに**【コーヒーマシン:豆補給】**の赤い警告灯が点滅した。
タナカはちょうど、廃棄弁当の登録作業で手が離せない状況だった。
「リリス、悪いけど倉庫からコーヒー豆持ってきてくれ。黒い袋のやつ」
「はーい! 任せてください店長!」
リリスは元気よくバックヤードへと消えていった。
倉庫の棚には、二つの黒い袋が並んでいた。
一つは、本部から届いた『最高級キリマンジャロ・ブレンド』。
もう一つは、タナカが個人的に魔界の園芸店で買った『魔界産 キル・マンドラゴラ(種)』
リリスは迷わず、後者を手に取った。
「えーっと……『キル・マン……』なんとか! うん、名前が強そうで美味しそう!」
彼女は袋を開けた。
中には、コーヒー豆にしては少し大きく、ドクロのような形をした種がゴロゴロ入っていた。
「わぁ、形もロックですね! さすが魔界ブレンド!」
リリスは疑うことなく、マシンのホッパーに、マンドラゴラの種をザラザラと流し込んだ。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開き、一人の男が入ってきた。
派手な羽根付き帽子に、背中には大きなリュート。
魔界でそこそこ人気の吟遊詩人、ファビアンだ。
しかし、今日の彼はひどく落ち込んでいる。
「ハァ……。今夜も月が綺麗だ……俺の心は闇の中だというのに……」
彼はレジカウンターに突っ伏した。
「どうしたんすか、ファビアンさん」
「スランプだ、タナカ店長。新曲の歌詞がまったく降りてこない。『愛してる』とか『勇気』とか、手垢のついた言葉しか浮かばん……」
彼は苦悩に満ちた顔を上げた。
「店長、コーヒーをくれ。俺の眠った脳細胞を引っぱたくような、刺激的な一杯を」
「刺激的ねぇ……。はい、Rカップ」
タナカはカップを渡し、マシンの利用を促した。
ファビアンはふらつく足取りでマシンの前に立つ。
「頼む……。俺にインスピレーションを与えてくれ……」
彼は優雅な仕草で、**【ブレンド・濃いめ】**のボタンを押した。
「奏でよ、漆黒の旋律を……!」
ポチッ。
通常なら、ここで軽快なミルの音がするはずだった。
しかし、リリスが投入したのは、引っこ抜くだけで人を殺すと言われる魔界植物の種である。
ウィィィン……
その直後。
『ギャァァァァァァァァァッ!!!!!!』
「!!?」
店内に、鼓膜をつんざくような凄まじい絶叫が響き渡った。
それは機械音ではない。
明らかに生物の、それも断末魔の叫びだった。
『イタァァァイ!! 削ラレルゥゥゥ!! 俺ノ顔ガァァァァ!!』
「うわっ!? なんだこの悲鳴!?」
タナカが耳を塞いでしゃがみ込む。
「きゃあぁぁ! コーヒーマシンが悪魔召喚してるぅぅ!」
リリスが悲鳴を上げる。
マシンの中で、鋭利な刃によって粉砕されていくマンドラゴラたちの、魂の叫び。
ゴリゴリという粉砕音と、ギャアアアという悲鳴が混ざり合い、地獄のような不協和音を奏でている。
「止めろ! 電源抜け!!」
タナカが叫んだが、その時だった。
「おお……おおおおお……!!」
マシンの前で、吟遊詩人ファビアンが震えていた。
恐怖ではない。
感動で打ち震えていたのだ。
「素晴らしい……! なんというソウルフルな叫び……! 既存の音楽理論を破壊する、死の慟哭……!」
ファビアンの瞳孔が開いた。
「これだ……! 俺が求めていたのは、この『痛み』だァァァ!!」
彼は背中のリュートを構えた。
「俺も負けてはいられない! セッションだ! いこうぜ豆!!」
ジャガジャガジャーン!!
ファビアンが激しく弦をかき鳴らす。
マシンの絶叫に合わせて、即興のライブが始まった。
マシン:『ギャァァァア!!』
詩人:「イェェェェ!! 死ぬほど痛いかベイビー!!」
マシン:『ヤメテェェ! 粉々ニナルゥゥ!』
詩人:「俺のハートも粉々さァァァ!!」
「うるせぇぇぇぇ!! 近所迷惑だろ!!」
タナカの怒号も、爆音セッションの前では無力だった。
深夜のコンビニが、狂気のライブハウスと化す。
数十秒後。
抽出が終わり、マシンが静かになった。
「……ハァ、ハァ……。最高のライブだった……」
ファビアンは汗だくになりながら、満足げに微笑んだ。
カップには、ドロリとした紫色のアワ立つ液体が波打っている。
「ありがとう店長。スランプは脱したよ」
「……そりゃよかったな」
タナカは耳鳴りがする頭を振った。
「新曲が出来た。タイトルは**『挽き肉にされた魂のラプソディ』**だ」
ファビアンはそう言うと、カップの中の紫色の液体を一気にすする。
「……!」
彼の顔色が、一瞬で青から紫、そして土気色へと変わっていく。
「……刺激的……すぎる……ぜ……」
ドサッ。
ファビアンは白目を剥き、口から泡を吹いてその場に倒れる。
マンドラゴラの強力な神経毒が、ダイレクトに脳に届いたのだ。
「あーあ」
タナカは冷めた目で床に転がる詩人を見下ろした。
「リリス。救急車呼んで。あとマシンの洗浄な。徹底的に洗えよ」
「は、はーい……。ごめんなさい……」
リリスは涙目で、紫色の粘液まみれになったマシンの掃除を始めた。
後日。
病院から退院したファビアンの新曲は、魔界の音楽チャートで1位を獲得した。
その曲を聴くと、なぜかコーヒーが飲みたくなくなるという噂が広まったとか。
ダンジョン地下99階。
芸術と騒音、そして毒物は紙一重である。




