第20話:暴走族のケンタウロスと、駐車場の占拠
深夜2時。
静かなはずのダンジョンマートの駐車場に、けたたましい騒音が響き渡った。
「……うるせぇな」
レジカウンターで品出しリストをチェックしていたタナカが、不快そうに顔を上げた。
エンジンの爆音ではない。
大量の**「蹄の音」と、魔物が吹く「角笛の音」**だ。
「店長、何事ですか!? 敵襲ですか!?」
リリスがバックヤードから飛び出してくる。
「いや、もっとタチが悪い連中だ」
タナカは自動ドア越しに外を見た。
駐車場の白線枠内に、5~6体の巨体が綺麗にバックで駐車されている。
上半身はリーゼントヘアで特攻服のような鎧を着た人間。
下半身は立派な筋肉質の馬。
ケンタウロスの不良集団だ。
彼らは駐車スペースに収まりながら、その場で**「ダダダダッ!」と激しく足踏みを繰り返している。
いわゆる「アイドリング」**だ。
「ヒャッハァ! 今夜の俺たちは風になるぜぇ!」
「夜露死苦頼むぜぇ!」
リーダー格の男が角笛を吹き鳴らし、他のメンバーがそれに合わせて蹄を鳴らす。
砂埃が舞い上がり、自動ドアのガラスが汚れていく。
「……チッ。掃除したばっかなのに」
タナカが舌打ちをした時、彼らがドカドカと入店してきた。
カツーン! カツーン!
「ういーッス。邪魔するぜぇー」
店内に入ってきた彼らは、狭い通路を巨体で我が物顔に占領した。
長い尻尾が商品をなぎ倒しそうになる。
「おい店員! アメリカンドッグあるだけ全部だ! あとエナジードリンク!」
「俺はチキンな! 一番熱いやつだ! 冷めてたら暴れるぞオラァ!」
タナカは「いらっしゃいませー」と棒読みで応対し、ホットスナックを袋に詰めた。
「合計3500円になります」
「おう、釣りはいらねぇ。とっておきな!」
リーダーがジャラッと小銭を投げ置く。計算すると、釣りはいらないどころか10円足りなかったが、タナカは揉めるのを避けて黙認した。
彼らは商品を受け取ると、再び駐車場へと出て行った。
そして、そのまま入り口の目の前で座り込み(馬座り)、宴会を始めた。
「ギャハハハ! このポテトうめぇ!」
「おい、ゴミはそこら辺に捨てとけ!」
食い散らかした袋や串を地面に放り投げ、再び「パ・ラ・リ・ラ~♪」と角笛を吹き始める。
深夜の駐車場は、彼らのたまり場と化していた。
「……店長ぉ、どうします? 他のお客さんが怖がって入れませんよ」
リリスが心配そうに言う。
「我が行って、魂を狩ってこようか?」
今日シフトに入っていた死神グリムが、大鎌を手に立ち上がる。
「いや、死体が出ると処理が面倒だ」
タナカは制止した。
「それに、あいつら一番やっちゃいけないことをした」
「え?」
「俺が磨いたばかりの窓ガラスに、砂埃をかけやがった」
タナカの目が据わった。
彼はバックヤードへ向かい、清掃用具入れから**「あるモノ」**を取り出した。
「オラオラァ! もっと音立てろぇ! 朝まで騒ぎまくろうぜぇ!」
リーダーがアメリカンドッグを齧りながら叫ぶ。
その時。
「お客様ー」
自動ドアが開き、タナカが出てきた。
手には、長いホースと、銃のようなノズルが握られている。
水道栓に直結された、業務用**「高圧洗浄機」**だ。
「あぁん? なんだ店員、俺たちのビートに酔いしれに来たか?」
「いえ。アイドリングストップのお願いです」
タナカは無表情で言った。
「近所迷惑ですし、砂埃が商品にかかるんで。静かにして帰ってください」
「ハァ!?」
リーダーが青筋を立てる。
「ふざけんな! 俺たちは『疾風の鉄蹄団』だぞ!? 止まったら死ぬ病気なんだよ!」
「そうだそうだ! 俺たちの蹄は止められねぇ!」
彼らは威嚇するように、さらに激しく足踏みをした。
ドッドッドッドッ!!
もうもうと砂煙が上がり、タナカのエプロンを汚す。
「……そうですか。止まれないなら仕方ないですね」
タナカはノズルを構えた。
「じゃあ、**クールダウン**しましょうか」
カチッ
バシュゥゥゥゥゥッ!!!!
「!?」
ノズルの先から、カミソリのような高水圧のジェット水流が噴射された。
狙うは、彼らの下半身。
「ヒヒィィィン!? つ、冷てぇぇぇ!!」
馬は本来、急な水浴びや冷たい水を嫌う。
ましてや深夜の冷え込みの中、敏感な腹や脚に高圧水を浴びせられれば、ひとたまりもない。
「うわぁぁ! 鎧の隙間に水が入ってくるぅぅ!」
「やめろ! 俺の自慢のリーゼントが! 濡れてペシャンコになっちまう!」
タナカは容赦なくホースを振り回した。
「はい、そこ足元汚れてますよー。綺麗にしますねー」
「ひ、ひぎぃぃぃ! 水圧が痛ぇぇぇ!」
「洗浄しまーす。消毒しまーす」
タナカの正確無比な放水が、リーダーの顔面を直撃する。
セットに2時間かけた自慢のトサカが、濡れた犬のようにシュンと垂れ下がった。
「あ……俺の…… リーゼントが……」
リーダーの心が折れた。
「た、退却だぁぁ! この店員ヤベェぞ! 水属性の魔法使いだ!」
「覚えとけよオラァァ!」
ドコドコドコドコ!!
ケンタウロスたちは一目散に逃げ出した。
濡れたアスファルトに蹄を滑らせながら、彼らは闇の彼方へと消えていく。
「……ふぅ」
静寂が戻った駐車場。
タナカは洗浄機のスイッチを切った。
「あーあ。水浸しになっちまった」
地面には、彼らが散らかしていったゴミが濡れてへばりついている。
「グリム、リリス。悪いけどゴミ拾い手伝ってくれ」
「承知した。しかしタナカ殿、見事な水攻めだったな」
グリムが感心したように箒でゴミを掃く。
「馬は綺麗好きだからな。泥や水をかけられるのを一番嫌がるんだよ」
ダンジョン地下99階。
騒音問題は解決したが、タナカや翌日筋肉痛に悩まされることになる。




