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第2話:面接に来たサキュバスと、レジ打ちの計算問題

「いらっしゃいませー」


深夜2時。 『ダンジョンマート』地下99階店。 本来なら草木も眠る時間帯に、レジ前には長蛇の列ができていた。


「カタカタ……(牛乳、お願いします)」 「カタカタ……(俺は『煮干し』だ)」 「カタカタ……(俺はサプリメント『カルシウム・MAX』を)」


並んでいるのは、全員**骸骨スケルトン**だった。


タナカは死んだ目でレジを打ち続ける。 「はい、牛乳1リットルですねー。ポイントカードお持ちですかー。……つーか、お前ら骨だけのくせに、なんでそんな健康に気を使うんすか。飲んだところですり抜けるでしょ」


スケルトンたちは「カタカタ(骨太になりたい)」と骨を鳴らし、満足げに帰っていく。


タナカは限界だった。 昨日の魔王と勇者の来店以降、なぜか口コミで「あの店に行くと元気が出る」という噂が広まり、下級モンスターたちが押し寄せているのだ。


トイレに行く暇もない。品出しも追いつかない。 大学のレポートも終わっていない。


「……無理だ」


タナカはバックヤードに駆け込み、地上本部のエリアマネージャーに、内線電話をかけた。


「あ、店長っすか? ……はい。もう無理っす。人増やしてください。……予算がない? 知らないっすよ。今日中にバイト入れてくれないなら、店の前の結界解除して、魔物の群れを地上に放ちますよ? ……はい、じゃあ募集かけますんで」


ガチャリ。 タナカは電話を切ると、マジックペンで画用紙に殴り書きし、自動ドアに貼り出した。



【急募! 深夜スタッフ】 時給:980円(深夜割増あり) 資格:日本語が話せる方。暴れない方。種族不問。 待遇:廃棄弁当支給。制服貸与。 ※アットホームな職場です



数時間後。


チャララ・チャララ・チャラララ~♪


入店音と共に、甘ったるい香水の匂いが、店内のフライヤーの油の匂いを上書きした。


「あのぉ……。表の貼り紙を見たんですけどぉ……」


現れたのは、場違いなほどの美女だった。 紫色の長い髪、透き通るような白い肌。 そして何より目を引くのは、ボンテージのような際どい衣装と、背中から生えたコウモリの翼、頭上の小さな角。


夢魔サキュバスだ。


彼女はタナカを見つけると、艶然と微笑み、豊満な胸を強調するようにカウンターに身を乗り出した。


「店長さんかしら? 私、リリスっていうの。……ねえ、私を雇ってくれない? そしたら……イイコト、してあげるわよ?」


リリスの瞳が怪しく光る。 精神干渉魔法**『魅了チャーム』**。 並の男なら一撃で奴隷化し、財布の中身から魂まで差し出す高位魔法だ。


しかし、タナカはレジの精算レシートを見つめたまま、ピクリとも反応しなかった。


「あ、履歴書持ってます? 写真貼ってないっすね」


「……え?」


リリスの笑顔が引きつる。 「ち、ちょっと? 私の『魅了』が効いてないの? 私よ? ダンジョン・ミスコングランプリのリリスよ?」


「あー、すいません。今、36時間連続勤務中で、性欲とかそういう機能が死んでるんで」 タナカは虚ろな目で答えた。 「で、面接希望っすか? じゃあ裏へどうぞ。あ、そこ土足厳禁なんで」


狭い事務室。 パイプ椅子に座ったリリスは、足を組み直して不満げに頬を膨らませた。


「失礼な人間ね……。まあいいわ。私の強みは、この美貌よ! 私がレジに立てば、スケベな男性客の売上が倍増間違いなしよ」


「うちは客単価より回転率重視なんで、そういうのいらないっす」 タナカは即答した。 「それより実務の話しましょう。レジ打ちしてもらうんで、計算できます?」


「け、計算?」 リリスが瞬きをする。


「はい。例えば、1000円預かりで、380円の商品が売れました。お釣りはいくら?」


「えっと……」 リリスは指を折って数え始めた。 「1000ひく……380……。えっと……」


10秒経過。 20秒経過。 リリスの額に冷や汗が浮かぶ。


「……お客さんにウインクして、『お釣りはいらないわよね』って言えば……実質0円?」


「不採用で」


「待ってぇぇぇ!!」


タナカが立ち上がった瞬間、リリスはその足にしがみついた。 さっきまでの高飛車な態度は消え失せ、目には涙が溜まっている。


「お願い! 雇って! 捨てないでぇ!」 「いや、計算できないと困るんで」


「最近の冒険者たち、みんな『賢者モード』の魔法をかけてくるから、全然精気が吸えないのよぉ! もう一ヶ月もまともな食事してないの! 家賃も滞納してるし、このままだと野垂れ死んじゃう!」


「知らんがな」 「ううっ……なんでもするからぁ……! お願いします店長様ぁ……!」


タナカは頭を抱えた。 (めんどくせぇ……。でも、これ以上ワンオペを続けるのも限界だしな……)


ふと、タナカの視線が、棚の高い位置にある在庫ダンボールに向けられた。 カップ麺の補充をしたいが、脚立を持ってくるのが面倒で放置していた場所だ。


「……おい、そこのサキュバス」 「はいっ!?」


「あそこの一番上の棚にある『激辛ヌードル』の箱、取れるか?」


「え? あんなの簡単よ」 リリスは涙を拭うと、バサリと背中の翼を広げた。 ふわりと宙に浮き、天井付近のダンボールを軽々と掴んで戻ってくる。


「はい、どうぞ。……これでいいの?」


タナカは少しだけ目を見開いた。 (……使える)


脚立を出す手間。 高いところの品出し。 看板の掃除。 それら全ての「面倒くさい作業」が、この翼があれば解決する。


タナカはため息をつき、採用通知書を取り出した。


「……採用」


「えっ!?」 リリスが顔を輝かせる。 「ほ、本当!? やっぱり私の色気が通じたのね!?」


「いや、脚立きゃたつ使わなくていいの楽なんで。明日から『高所作業』兼『品出し』専属で来て」 「きゃ、脚立代わり……?」


数分後。 支給されたコンビニの制服ポロシャツに着替えたリリスが、レジ前に立っていた。


「くっ……キツイ……!」


ボンテージの上から無理やりLサイズのポロシャツを着たため、その豊かな胸が布地を極限まで引っ張っている。 さらに、背中の翼を通すために背中側をハサミで切ったため、なんとも無惨な格好になっていた。


パツンッ! 「ああっ! 第2ボタンが!」


「あーあ。制服破いたら給料から天引きっすよ」 「ひどい! ブラック企業!」 「ダンジョンの食物連鎖よりはマシでしょ。ほら、これあげるから」


タナカは保温ケースから、廃棄時間になったばかりの**『特製・肉まん』**を取り出し、リリスに投げ渡した。


「初出勤祝い。給料出るまでそれで食いつないで」


「え……」 リリスは、ほかほかと温かい白い塊を両手で包み込んだ。 魔界の冷たい風の中で、その温もりだけが優しかった。


パクッ。 一口かじると、豚肉の脂とタケノコの食感、そして小麦の甘みが口いっぱいに広がる。


「……んんっ……!」


リリスの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。


「おいしい……! 人間の精気より……ずっと温かい……!」


「そりゃどうも。じゃあ休憩終わったら、あそこの『ポーション・ドリンク』の棚、全部前出ししといてね」


「はいっ! 店長!」


こうして、ダンジョン最下層のコンビニに、計算はできないが空は飛べる、ポンコツな看板娘が誕生した。

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