第19話:純真なオークと、地獄のレジ打ち
深夜3時。
草木も眠る丑三つ時だが、ダンジョン地下99階は欲望が蠢く時間帯だ。
『ダンジョンマート』の自動ドアが開き、一人の巨漢が入店してきた。
豚のような鼻に、逞しい筋肉。オークだ。
しかし、今日の彼はいつもの野蛮な戦士の顔ではない。
その瞳は泳ぎ、挙動は明らかに不審だった。
(……よし。客は少ないな)
オークは店内をキョロキョロと見回すと、おにぎりコーナーを無意味に一周した。
そして、誰も見ていないことを確認し、素早く**「雑誌コーナー」**の最奥へと向かった。
そこには、ピンク色ののれんで仕切られた**【成人向けコーナー】**がある。
彼は呼吸を整え、震える手で一冊の雑誌を抜き取った。
『月刊・桃色エルフ 10月号』。
今月の特集は「禁断のハイレグアーマー」だ。
(確保した……! だが、勝負はここから……!)
彼は雑誌を小脇に抱えると、スナック菓子売り場へ移動した。
そして、雑誌の上に**「ポテトチップス」と、500mlの「緑茶」**を重ねて持った。
いわゆる**「サンドイッチ作戦」**。
雑誌を表紙が見えないように挟み込み、あたかも「夜食を買いに来ただけです」という顔でカモフラージュする、古来より伝わる男たちの隠蔽術だ。
オークは深呼吸をし、決死の覚悟でレジへ向かった。
(頼む……! 店員はあの無愛想な男であってくれ……! あいつなら事務的に処理してくれるはずだ……!)
しかし。
レジカウンターに立っていたのは、男ではなかった。
「いらっしゃいませー」
背中の翼をパタパタさせ、艶めかしい笑顔を浮かべる美女。
サキュバスのリリスだった。
(げぇぇぇっ!! サキュバス!?)
オークは心の中で絶叫した。
よりによって、性のスペシャリストがレジ担当とは!
一番見られたくない相手だ。
だが、もう引き返せない。
オークは顔を真っ赤にしながら、震える手で「ポテチ・お茶・雑誌」のセットをカウンターに置いた。
「……こ、これ頼む」
「はーい! ポテトとお茶ですねー!」
リリスは元気よくバーコードを読み取っていく。
ピッ。
ピッ。
そして、一番下の雑誌が露わになった。
表紙には、扇情的なポーズをとるエルフの美女が描かれている。
それを見たリリスが、店中に響き渡る声で言った。
「あら? ……あー! エッチな本ですね!」
「ブハッ!!」
オークが吹き出した。
「ば、バカッ……! 声がデカい! 」
オークは必死に人差し指を立てた。
「え? なんで隠すんですか? 健全な欲望じゃないですかぁ」
「うるせぇ! 俺はピュアなオークなんだ! こっそり処理してくれ!」
「もう、可愛いんだからぁ」
リリスはクスクス笑いながら、雑誌を手に取った。
「年齢確認ボタン押してくださいねー。……あ、成人向けマークついてる」
リリスはスキャナーを通しながら、まじまじと表紙を眺め始めた。
「へぇー。今月の『桃色エルフ』って、こういうのが特集なんですか?」
「……ッ! 見るな! 早く袋に入れろ!」
しかし、ここからが地獄の始まりだった。
リリスの目が、店員の目から**「プロの目」**に変わったのだ。
「うーん……。このエルフの子、頑張ってるけど……甘いわね」
「……あ?」
リリスは雑誌をパラパラとめくり始めた。
「見てくださいよ、このグラビア。背中の反り方が全然足りないわ。これじゃお尻のラインが綺麗に出ないし、男心を掴む『隙』が演出できてないですよ」
「なっ……!?」
オークは絶句した。
「それに、この流し目もわざとらしいわねぇ。もっとこう、恥じらいと大胆さを7:3の比率で混ぜないと。……私なら、もっと上手くやれますけどね」
リリスはカウンターに肘をつき、艶然と微笑んだ。
「ほら、こういう角度で……少し舌を出して……」
リリスが実演を始めようとする。
「やめろぉぉぉ!! ここでおっ始めようとするな!!」
オークの顔から蒸気が出た。
「俺はただ! 静かに本を買って! 家で一人で楽しみたいだけなんだぁぁ!」
「あら、ごめんなさい。つい職業病で」
リリスは悪びれもせず言った。
「でもお客さん、こんな三流のモデルで満足できるんですか? 本物のプロがここにいるのに?」
「ぐああああ! やめてくれ! 俺の精神力はもうゼロだ!」
オークが羞恥心で爆発四散しそうになった、その時。
「……リリス。客をいじめるな」
バックヤードのカーテンが開き、休憩中だったタナカが出てきた。
「店長ぉ! いじめてないですよ?、専門家としてアドバイスを……」
「それが余計なお世話なんだよ。あと売り物を読むな」
タナカはリリスから雑誌を取り上げると、カウンターの下から**「茶色い紙袋」**を取り出した。
中身が一切透けない、厚手の無地袋だ。
タナカは無言で雑誌をその中に入れ、口を二重に折り、ホチキスで『バチン!』と厳重に封をした。
「……はい、お買い上げ。二重にしときましたんで」
その手際の良さ。
何も聞かず、何も見ず、ただプライバシーを守る鉄壁の配慮。
「……て、店員……!」
オークの目に涙が浮かんだ。
これぞプロの仕事だ。
「……かたじけない……!」
オークはひったくるように紙袋を受け取ると、脱兎のごとく店を飛び出した。
「二度と来るかぁぁぁ!!(明日も来ます)」
自動ドアが閉まり、静寂が戻る。
タナカは「はぁ」とため息をついた。
「ったく……。あいつらはガラスのハートなんだから、優しく扱ってやれよ」
「ちぇー。つまんないの」
リリスは頬を膨らませた。
「でも店長。あの雑誌の袋とじ、見ました?」
「見るわけないだろ」
「あのモデルのエルフ……あれ、私ですよ?」
「……は?」
タナカの手が止まった。
「先月、バイト代が足りなくて『変装魔法』でエルフに化けてバイトしたんです。」
「……お前だったのかよ」
タナカは頭を抱えた。
あの純情なオークは、レジにいる本人をオカズにするために買っていったことになる。
真実を知ったら、彼はショック死するかもしれない。
「……リリス」
「はい?」
「その雑誌、一冊もらうわ」
「えっ、店長も好きですね~」
「違う。廃棄処分だ。こんな劇物が店にあったら、第二第三の犠牲者が出る」
ダンジョン地下99階。
男たちの秘めごとは、今日も店長の慈悲によって守られている。




