第18話:死神の魔眼と、廃棄チェック
「……あー、目がチカチカする」
深夜2時。
『ダンジョンマート』の弁当売り場で、タナカは眉間に皺を寄せていた。
彼が行っているのは、コンビニ業務の基本にして最重要任務の一つ、**「鮮度チェック」**だ。
おにぎりや弁当、サンドイッチなどの消費期限を一つ一つ確認し、期限切れの商品を棚から撤去する作業である。
「なんで賞味期限の印字って、こんなに小さいんだ……。」
タナカは「鮭おにぎり」の裏側のラベルを睨みつける。
「店長ぉ〜、この『オークカツ丼』、期限が『2時00分』ジャストなんですけど、アウトですか?」
隣で同じ作業をしていたリリスが、カツ丼を掲げて聞いた。
「アウトだ。コンビニのレジは優秀だからな、1秒でも過ぎたら『販売不可』のエラーが出て会計できなくなる仕様だ」
「え~、もったいない! まだ温かいのに!」
「文句言うな。食中毒が出たら営業停止だぞ。……はぁ、それにしても量が多いな」
タナカは棚を見上げた。
今日は来客が少なかったのか、弁当が大量に売れ残っている。これを全てチェックするのは骨が折れる作業だ。
その時。
背後から、低い声が響いた。
『……何を難儀している、タナカ殿』
振り返ると、品出しを終えた死神グリムが立っていた。
「ああ、グリムか。今日シフト入ってたっけ? いや、今『鮮度チェック』やっててさ」
「センド・チェック……?」
「簡単に言えば、『寿命』が尽きた商品を選別して、売り場からあの世へ送る作業だよ」
その言葉を聞いた瞬間。
グリムの、奥まった眼窩の奥にある青い光が、カッと見開かれた。
『寿命……。死した魂を現世から隔離する……』
グリムは震える声で言った。
『……それは、まさしく死神の領分ではないか』
「え? まあ、そう言えなくもないけど」
『どけ、タナカ殿。その役目、我が引き受けよう』
グリムはタナカとリリスを制し、弁当棚の前に仁王立ちした。
そして、厳かにフードを上げた。
『開眼……』
ボウッ!!
グリムの双眸から、青白い霊火が立ち上る。
『我には視える……。物質に刻まれた「死の刻限」が……!』
グリムの視界――**『死を視る魔眼』**を通した世界では、棚の風景は一変していた。
まだ食べられる新鮮なおにぎりは白く輝いている。
しかし、消費期限を過ぎた「死んだおにぎり」からは、**ドス黒い瘴気**が立ち上っていたのだ。
『そこだ!』
グリムは両手に持ったトングを構えた。
シュパパパパッ!!
目にも止まらぬ速さだった。
グリムはラベルの文字など一切見ない。
ただ、「黒いオーラ」が出ている商品だけを、正確無比に抜き取っていく。
「は、速ぇ……!」
タナカが驚愕する。
「店長! 見てください! グリムさんが弾いた商品、全部期限切れです! 1分の狂いもありません!」
「マジかよ……。いちいち裏返して確認しなくていいのか……」
『フン……。死臭がするわ。貴様は既に死んでいる』
グリムは次々と「ツナマヨ」や「カルビ弁当」を廃棄カゴへと放り込んでいく。
その姿は、魂を刈り取る死神そのものだった。
『……む?』
順調に作業を進めていたグリムの手が、サンドイッチコーナーの前でピタリと止まった。
『なんだ……この異様な瘴気は……?』
グリムが棚の最奥――ドリンク用冷蔵庫との隙間の暗闇を睨みつける。
そこには、通常の「期限切れ」とは比べ物にならない、漆黒の怨念が渦巻いていた。
『タナカ殿。この奥に、**「成仏できぬ悪霊」**が潜んでいるぞ』
「は? 悪霊?」
タナカが懐中電灯で隙間を照らす。
そこには、数ヶ月前に誰かが落とし、そのまま忘れ去られ、ホコリとカビにまみれて変色した**『ミックスサンド』**が落ちていた。
いや、ただの腐ったサンドイッチではない。
ダンジョンの瘴気を吸い込み、独自進化を遂げていた。
『ヴ……ヴァ……』
「ひぃっ!? 喋った!?」
リリスが悲鳴を上げてタナカにしがみつく。
『タ……ベ……テ……。オレヲ……クッテ……クレ……』
袋の中で、ドロドロになった具材が脈動している。
それは、食われることへの執着が強すぎて怪物化した、**『アンデッド・サンド』**だった。
「うわぁ、最悪だ。完全に腐ってモンスター化してやがる」
タナカが顔をしかめる。
「さすがにこれはトングじゃ掴めないぞ。噛みつかれる」
『下がっていろ』
グリムが一歩前に出た。
その手には、大鎌――ではなく、清掃用の**「ロング・トング」**が握られている。
『哀れな魂よ……。誰にも食されず、棚の裏で朽ち果てた無念は察する』
グリムの声は慈愛に満ちていた。
『グァァァァッ!!』
ゾンビサンドが袋を食い破り、カビの胞子を撒き散らしながら飛びかかってくる。
『だが、貴様はもう「食べ物」としての理を外れた。……土に還るがいい』
ザンッ!!
グリムのトングが閃光のように走り、空中でゾンビサンドを真っ二つに両断した。
『ギャアアアア……』
真っ二つになったサンドイッチは、黒い霧となって消滅……はせず、ボトッとゴミ袋の中に落ちた。
グリムは素早く袋の口を縛り、密閉した。
『廃棄完了……』
「……お見事」
タナカが思わず拍手した。
「すごい! グリムさんカッコいい!」
リリスも目を輝かせる。
『フゥ……。手こずらせおって』
棚は完璧に整理され、新鮮な商品だけが整然と並んでいる。
「助かったよグリム。お前、今日から**『鮮度管理担当』**な」
『フレッシュ・マネージャー……。悪くない響きだ』
グリムは満足げに頷いた。
死を司る者が、まさか「新鮮さ」を守る称号を得るとは。
「よし、これで明日からの鮮度チェックも安泰だな」
タナカが安堵した、その時。
グリムがタイムカードを打刻しながら、無情な一言を放った。
『……何を言っている、タナカ殿』
「え?」
『我のシフトは**「週3日」**だ。明日は本業で忙しいので休みである』
「……あ」
『次にここに来るのは明後日だ。それまでは貴様らで頑張れ。では、さらばだ』
グリムは「お疲れ」とクールに言い残し、朝霧の中へ消えていった。
残されたのは、明日以降のシフト表を見つめるタナカとリリス。
「……店長。明日の鮮度チェック、私たちだけでやるんですか?」
「……やるしかねぇな」
翌日深夜。
「あああ目がチカチカするー!」
「グリムさーん! 早く出勤してくれー!」
ダンジョン地下99階。
有能すぎるバイトが入ると、その人がいない日の絶望感が増すという、シフト制の罠に陥ったタナカたちであった。




