第17話:狂安の殿堂と、業務用のポーション
『ドンドンド~ン♪ ドン・ゴ~ブリン♪ 狂安の殿堂~♪』
深夜1時。
静寂に包まれているはずのダンジョン地下99階に、耳障りなほど陽気な音楽と、毒々しいネオンの光が溢れていた。
「店長ぉぉぉ! うるさいです! 眠れません!」
リリスが耳を塞いで悲鳴を上げる。
「俺もだ……。BGMのループ再生、精神に来るな……」
タナカはレジカウンターで耳栓をしながら、恨めしそうに店の外を睨んだ。
今まで空きテナントだった店の向かい側に、突如として巨大な店舗がオープンしたのだ。
店の入り口には、天井まで届くほど商品が山積みにされ、ハチマキを巻いたゴブリンたちがハンドマイクで叫んでいる。
『狂安の殿堂 メガ・ドン・ゴブリン』
ダンジョンマートの目の前に現れた、最強の商売敵だった。
「いらっしゃいませー! 今なら『回復ポーション』が10円! 狂安価格ゴブー!」
「『ドラゴンの尻尾(食用)』が入荷したゴブ! 早い者勝ちゴブ!」
その安さと熱気に惹かれ、ダンジョンの魔物たちがこぞって吸い込まれていく。
ダンジョンマートの店内は、オープン以来初めての「客ゼロ」状態だった。
「ひどいです店長ぉ! 常連のオークさんも、スケルトンさんも、みんなあっちに行っちゃいました!」
リリスが涙目で訴える。
「そりゃそうだろ。うちはポーション1本150円だぞ? 向こうは10円だ。価格競争じゃ勝てないよ」
タナカは諦めたように雑誌のページをめくった。
「悔しくないんですか!? 私たちも値下げしましょうよ!」
「バカ言え。うちは本部が決めた定価販売だ。勝手に値下げしたら俺の給料が減る」
「でも、このままじゃお店が潰れちゃいます!」
「……まあ、見てろよ」
タナカは慌てる様子もなく、自動ドアの向こうで重たい荷物を背負って出てくる客たちを眺めた。
「ダンジョン探索において一番大事なのは、金じゃない。『インベントリ』の管理だ。……あそこの商品は、ちとデカすぎる」
数時間後。
ダンジョンの中層階では、悲劇が起きていた。
「ぐわぁぁッ! やられた!」
冒険者パーティの戦士が、トラップにかかって深手を負った。
「大丈夫か!? すぐに回復を!」
仲間が、さっき『メガ・ドン・ゴブリン』で買ったばかりの激安ポーションを取り出す。
「ほら、飲め!」
ドンッ!!
地面に置かれたのは、工事現場で使うような**『一斗缶』**のポーションだった。
「……は?」
怪我をした戦士が絶句する。
「いや、小瓶は売り切れで、これしかなかったんだよ! ほら、中身は同じポーションだから!」
「バカ野郎! 戦闘中にこんな一斗缶、ラッパ飲みできるか! 重くて持ち上がらねぇよ!」
「フタも錆びついてて開かないぞ! 缶切りどこだ!?」
グオオオオオ!!
「うわぁぁぁ! 重くて逃げられないぃぃぃ!」
一方、キャンプ地でも。
「腹減ったな……。ドン・ゴブリンで買った肉を焼くか」
オークが取り出したのは、解体前の牛一頭だった。
「……デカすぎだろ」
「いや、グラム単価が一番安かったから……」
「ナイフもまな板もねぇのに、どうやって食うんだよこれ! 解体だけで日が暮れるぞ!」
安物買いの銭失い。
いや、ここでは命を落とす。
「業務用サイズ」は、持ち運びと即効性が命のダンジョン生活において、致命的となっていたのだ。
「……いらっしゃいませー」
深夜3時。
ダンジョンマートの自動ドアが開いた。
入ってきたのは、ボロボロになった冒険者たちや、疲れ切ったオークたちだった。
「……店員。ポーションくれ。普通のサイズのやつ」
「俺はチキンだ。すぐに食えるやつをくれ……」
彼らの顔には、「もう安さなんてどうでもいい。今すぐ楽になりたい」という切実な願いが浮かんでいた。
「はいよ。ポーションはワンハンドで飲めるボトルタイプに限るよね。チキンも温めますか?」
タナカは淡々と、しかし素早く商品を袋に詰めて渡した。
「ああ……これだ……。フタをひねればすぐに飲める……。片手で食える……」
客たちは、定価のポーションとLチキを、まるで宝物のように抱きしめた。
「ありがとうございましたー」
客足が戻り、レジに行列ができる。
リリスは目を丸くして、慌てながらもレジ打ちをこなしていた。
「すごい! みんな戻ってきました! なんでですか店長!?」
客が途切れた隙に、タナカはコーヒーを啜って言った。
「それが**『コンビニ』**ってことだ」
タナカは、向かいの騒がしい店を顎でしゃくった。
「あっちは確かに安い。だが、探す手間、運ぶ労力、調理する時間……それら全てのコストを客に押し付けてるから安いんだ」
タナカはレジスターをポンと叩いた。
「対して、うちは高い。でも、その差額は『すぐに使える』『いつでも開いてる』っていう**『時間と手間』の代金**だ。命がけのダンジョンじゃ、結局そっちの方がコスパがいいのさ」
「なるほど……! 深いです店長! 私、コンビニ店員としての誇りを感じました!」
「まあ、俺はサボりたいだけだけどな」
チャララ~♪
そこへ、巨大な段ボールを抱えた魔王ヴェルザードが入店してきた。
「ハァ……ハァ……。重かった……」
「いらっしゃいませ。魔王さん、それなんすか?」
「向かいの店で『玉座』が90%OFFだったのだ。組み立て式だがな」
魔王は額の汗を拭った。
「安さに釣られて買ったはいいが、六角レンチが見当たらなくてな……。あと、説明書がゴブリン語で読めん」
「あるあるっすね」
「結局、疲労困憊だ。……店員、一番高いプリンをくれ。自分へのご褒美だ」
「はいよ。『極上なめらかプリン』ですね」
魔王は、激安店で浮いた金を、結局コンビニの高いスイーツにつぎ込んでいた。
「ふぅ……。生き返る……。やはり夜食はここが一番落ち着くな」
魔王はイートインスペースでプリンを頬張り、眉をひそめて外を見た。
「しかし……向かいのテーマソング、うるさくないか?」
「そうなんすよ。魔王さんからも苦情言っといてくれません? 『安眠妨害で国を滅ぼすぞ』って」
「うむ。余の安らぎの時間を乱す罪は重い。あとで苦情を吐いておくか」
こうして、向かいの『メガ・ドン・ゴブリン』は、魔王からの物理的な苦情によりBGMのボリュームを下げざるを得なくなった。
住み分けは完了した。
大型家具はドン・ゴブリンで。
日々の癒やしはダンジョンマートで。
ダンジョン地下99階。
今日もコンビニの灯りは、疲れた者たちのオアシスとして輝いている。




