第16話:タナカの正体と、傘立ての魔剣
「ねえ、グリムさん。店長って、本当は何者なのかな?」
深夜3時。
客足が途絶えたバックヤードで、休憩中のリリスがポツリと呟いた。
「ふむ……。我も最近、それを考えていた」
死神グリムが、コンビニおにぎり(ツナマヨ)のフィルムを器用に剥がしながら頷いた。
「おかしいじゃないですか。ここ地下99階ですよ? 瘴気濃度は致死レベル。普通の人間なら3分で発狂して灰になる場所です」
「うむ。だというのに、タナカ殿は平然としておる。魔王ヴェルザード様の覇気を受けても『あくび』をしていたし、我の死の宣告も『シフト表』で無効化された」
リリスは声を潜めた。
「もしかして……『封印された太古の邪神』とか? 人間の姿を借りて、監視してるんじゃ……」
「あり得る……。我の『魂を見る目』でも、彼の魂の底が見えない。まるで虚無のような……」
二人がそんなヒソヒソ話をしていた、その時。
「あー、休憩終わり。店見てくるわ」
タナカが仮眠から起きてきて、ダルそうにあくびをしながら売り場へ出て行った。
「……観察してみよう、リリスよ。彼の正体の一端が見えるかもしれん」
「はい!」
タナカはフラフラと店内を見回っていた。
品出しの乱れを直し、雑誌コーナーの立ち読み防止シールを確認する。
そして、店の入り口にある**「傘立て」**の前で立ち止まった。
「……あ? なんだこれ。また忘れ物か」
タナカの視線の先。
プラスチック製の安っぽい傘立ての中に、明らかに異質な物体が突き刺さっていた。
それは傘ではなかった。
身の丈ほどもある巨大な両手剣。
刀身はどす黒く脈動し、柄の部分には**ギョロリと動く不気味な「目玉」**が埋め込まれている。
「ッ!?」
バックヤードから覗いていたリリスとグリムが戦慄した。
「あれは……まさか!」
「間違いない……。伝説の**『絶望の魔剣』**だ!」
触れた者の精神を蝕み、発狂させ、持ち主を殺戮マシーンに変えるという、Sランク指定の危険呪物。
持ち主が、うっかり傘と間違えて刺していったのだろうか。
「まずいぞ! あれほどの怨念、近づいただけで精神汚染を受ける!」
「店長! ダメです! 離れて!」
リリスが叫ぼうとしたが、遅かった。
タナカは「あーあ、邪魔だなこれ」と呟き、無造作に右手を伸ばす。
そして、素手で魔剣の柄をガシッと掴んだ。
『……キキキ! 愚かな人間め!』
魔剣の目玉がカッと見開かれた。
脳内に直接響く、禍々しい念話。
『我が柄を握ったな? 貴様の精神、いただいたァ! 我が身に宿る「無限の絶望」を流し込み、廃人にしてくれるわァァァ!!』
ドス黒い魔力が、タナカの腕を伝って逆流する。
リリスとグリムは顔を覆った。
「終わった……!」
その時。
タナカの精神世界――魔剣が侵入したその場所で、異変が起きていた。
魔剣は見た。
人間の心の中にあるはずの「希望」や「恐怖」を食らい尽くそうとして……凍りついた。
そこには、何もなかった。
いや、**「漆黒の闇」**だけが広がっていた。
『な……なんだここは……?』
魔剣が見たものは、タナカの日常の絶望だった。
• 終わることのないシフト表。
• 深夜のワンオペ30連勤。
• 理不尽なクレーム処理の無限ループ。
• 「明日も仕事か」という、朝起きる瞬間の鉛のような重圧。
それらが積み重なり、巨大なブラックホールを形成していた。
魔剣が持つ「ファンタジーな絶望」など、タナカが抱える「現代社会の絶望」の前では、子供の遊びに過ぎなかった。
『ぎゃああああ!? な、なんだこの闇の深さはァァァ!?』
魔剣が悲鳴を上げた。
流し込んだはずの呪いが、逆にタナカの虚無に飲み込まれていく。
『重い! 暗い! 辛い! 帰りたい! 働きたくないィィィ!!』
魔剣の精神が、タナカの社畜メンタルに汚染され、逆に発狂し始めた。
『やめろ! 俺を見つめるな! 有給をくれぇぇぇ!!』
「……? なんかこの剣、振動してんな」
タナカは魔剣を揺すってみた。
手の中で、最強の魔剣が小刻みにガタガタと震えている。
「バイブ機能付きか? ……まあいいや」
タナカは魔剣を傘立てから引き抜くと、そのままレジカウンターへ持っていった。
そして、引き出しから**「荷札」**とマジックペンを取り出した。
『ヒィッ……! 何をする気だ……! 封印か!? 溶鉱炉か!?』
魔剣が怯える。
タナカはペンでサラサラと書き込んだ。
【拾得物:傘(?)】
【保管期限:3ヶ月】
タナカはそのタグを、魔剣の柄に輪ゴムでパチンと止めた。
「よし。とりあえずバックヤードで保管な。3ヶ月経っても持ち主来なかったら、廃棄処分で」
タナカは魔剣を、ビニール傘の束と一緒にロッカーの隅へ放り込んだ。
『あ、ありがとうございます……! 大人しくしてます……! シフトには入れないでください……!』
魔剣は完全に心が折れ、ただの鉄塊のように沈黙した。
「「…………」」
その一部始終を見ていたリリスとグリムは、言葉を失っていた。
「見ましたか、グリムさん……。あの魔剣が、恐怖で震えていましたよ……」
「ああ……。タナカ殿は、魔剣の精神攻撃を無効化したどころか、逆に『何か』を流し込んで屈服させた……」
グリムは冷や汗を流しながら、確信した。
「やはり、只者ではない。あの『虚無』のオーラ……。彼はもしや、太古に世界を無に帰した**『虚空の王』**の化身なのでは……?」
「間違いありません! そうじゃなきゃ、あんな平然とコンビニバイトなんて続けられませんよ!」
二人のタナカを見る目が、畏怖と尊敬の色に染まった。
「おーい、お前ら。休憩終わりだろ。品出し手伝え」
タナカがダルそうに声をかけた。
「「ハ、ハイッ!! タナカ店長閣下!!」」
二人は直立不動で敬礼した。
タナカは首を傾げた。
「……なんだこいつら。変なモンでも食ったか?」
タナカの正体。
それはただの、**「精神が擦り切れたアルバイト」**である。
しかし、その真実を知る者は、地下99階には誰もいない。




