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第14話:振られた吸血鬼と、代行メイクアップ

「うぅぅ……。ひどいわ……。あんまりよぉ……」

深夜3時。

『ダンジョンマート』の店内に、この世の終わりかと思うような女性の泣き声が響いていた。

レジカウンターの中にいるタナカは、目の前の客を見て、どう反応すべきか困り果てていた。

客は、豪奢な漆黒のドレスに身を包んだ、貴族風の女性だった。


肌は陶器のように白く、口元からは鋭い犬歯が覗く。

高位の**吸血鬼ヴァンパイア**だ。

本来なら美しいはずの彼女だが、今は見る影もない。

なぜなら、メイクが壊滅的だったからだ。

真っ赤な口紅は唇を大きくはみ出して頬まで伸び、眉毛は額の真ん中にマジックで書いたように太く引かれている。アイシャドウに至っては、殴られたような紫色の痣になっていた。

まるで、福笑いの失敗作だ。


「あのー、お客さん。泣かれると他のお客様が怖がって逃げちゃうんで」

タナカが事務的に声をかけると、彼女はカウンターに突っ伏してさらに泣き出した。

「うるさいわね! 放っておいてよ! どうせ私なんて……ピカソの絵みたいな顔よ!」

「はぁ」

タナカはため息をついた。

(なんだこの客。新しいビジュアル系バンドのボーカルか?)

そこへ、バックヤードからリリスが飛んできた。

「店長ぉ! どうしたんですか、女の子を泣かせて!」

「俺じゃない。最初から泣いてたんだよ。なんか顔がすごいことになってるけど」

リリスは吸血鬼の女性の顔を見て、一瞬ギョッとしたが、すぐに「ハッ」と何かに気づいた。

彼女はカウンターから出て、女性の背中にそっと手を置いた。


「ねえ、お姉さん。もしかして……鏡、見れない人?」

その言葉に、女性――エリザは弾かれたように顔を上げた。

「……わかるの?」

「わかるわよ。そのメイク、自分で見ながら描いたんじゃないでしょ? 『勘』だけでやったんでしょ?」

エリザはボロボロと涙をこぼした。

「そうなの……! 私、吸血鬼だから鏡に姿が映らないのよ! だからいつも手探りで化粧してるんだけど……」

「今日、300年振りに付き合った彼氏に振られたの! 『お前の顔、なんかバランス悪くて不安になる』って!」

「なんて男……!」

リリスが憤慨してテーブルを叩いた。


「鏡が見れないハンデを知ってて付き合ってたんじゃないの!? 最低ね! そんな男、こっちから願い下げよ!」

「でもぉ……悔しいのよぉ……! 最後に『お前より綺麗な女を見つけた』って捨て台詞吐かれて……!」

泣き崩れるエリザ。

タナカは「めんどくせぇ……」という顔で肉まんを温めようとしたが、リリスは燃えていた。

「許せない。同じ魔界の女として、そのふざけた元カレを見返してやらなきゃ気が済まないわ!」

リリスはエリザの腕を引いて立ち上がらせた。

「店長! 私、彼女のメイク直します!」

「は? ここはコンビニだぞ? 美容室じゃないんだから」

「うるさいですね! ここで彼女を見捨てたら、サキュバスの名折れです! 売上のためだと思って協力してください!」

リリスは日用品コーナーへ走ると、ある商品をカゴに入れた。


**『お泊まり用・緊急スキンケア&メイクセット(500円)』**だ。

「エリザさん、こっちへ来て!」

リリスはイートインスペースの椅子に彼女を座らせた。

「まずは、そのめちゃくちゃな厚化粧を全部落とすわよ!」

リリスはクレンジングシートで、エリザの顔をゴシゴシと拭き取った。

ピエロのようなメイクの下から、吸血鬼特有の、透き通るような白磁の肌が現れる。


「ほら、やっぱり! 素材は最高じゃない! 肌の白さは七難隠すっていうけど、吸血鬼の肌はブランド物よ!」

「そ、そうかしら……? 最近、血色が悪いって言われるんだけど……」

「アンデッドなんだから血色悪くて当たり前よ! 無理に赤くしようとするから失敗するの!」

リリスはコンビニコスメの小さなパレットを開いた。

「いい? 今のトレンドは『抜け感』よ。あなたの白い肌には、派手な赤リップじゃなくて、この『くすみピンク』が映えるわ」

リリスの指が、エリザの顔の上を舞う。

サキュバスにとって、メイクは男を落とすための武装であり、嗜みだ。その技術はプロ級だった。

タナカはレジからその様子を眺めていた。


(へぇ……。あいつ、普段はポンコツだけど、こういう時は頼りになるな)

メイク中、二人は完全に「女子会」のノリだった。

「ひどいのよ、元カレったら! 私が日傘さして歩いてるのに、『日光浴しようぜ』とか言うのよ!」

「ありえなーい! 殺す気!?」

「でしょー!? しかもプレゼントが『ニンニク増し増しラーメン』の券なの!」

「サイテー! 別れて正解よそんな男!」

愚痴を吐き出しながら、エリザの表情が次第に明るくなっていく。


15分後。

「――はい、完成!」

リリスが満足げに声を上げた。

そこに座っていたのは、ピカソの絵ではなかった。

病的な白さを「儚さ」へと昇華させ、控えめな色使いで大人の魅力を引き出した、絶世の美女だった。

「す、すごい……」

エリザが自分の顔を触る。

「私……綺麗になった?」

彼女は習慣で、手鏡を覗き込んだ。

しかし、そこには虚空が映るだけだ。自分の姿は見えない。

不安げな顔をするエリザに、リリスは真っ直ぐ目を見て言った。

「安心して。鏡には映らないかもしれないけど、私の瞳に映ってるあなたは、今、世界で一番イイ女よ」

「リリスさん……」

エリザは頬を染め、ふわりと微笑んだ。

その笑顔は、どんなメイクよりも魅力的だった。


「ありがとう……! 私、自信がついたわ! 元カレの家の前を通って、思いっきり見せつけてから新しい男をハントしに行くわ!」

「その意気よ! 行ってらっしゃい!」

エリザは上機嫌で、使ったメイクセットだけでなく、リリスが勧めた高い美容液まで購入して帰っていった。

「ありがとうございましたー」

店に静寂が戻る。

タナカは、ドヤ顔で戻ってきたリリスに缶コーヒーを投げ渡した。


「やるじゃん。あの売れ残りのメイクセット、完売したぞ」

「ふふん! どうですか店長! 私だってやればできるんです!」

リリスは胸を張った。

「まあな。……でもお前、アイライン引く時、手が震えて右目だけちょっとハネ上がってたぞ」

「ッ!?」

リリスがギクリとする。

「し、仕方ないじゃないですか! だって相手の顔が見えてても、吸血鬼の肌って冷たくて緊張するんですもん!」

「まあ、本人は鏡見れないから気づかないだろうけどな。……悪い女だ」

「人聞きが悪い! 結果オーライですよ!」


ダンジョン地下99階。

鏡に映らなくても、誰かの目を通して自信を取り戻すことはできるのである。

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