第13話:三つ首の番犬と、決まらないレジ注文
「いらっしゃいませー」
深夜1時。 この時間の『ダンジョンマート』は、夜行性のモンスターたちで賑わい、珍しくレジに行列ができていた。
しかし、その列はピタリと止まっていた。 原因は、先頭にいる客だ。
「……あー、お客様。ご注文はお決まりですか?」
タナカは、カウンター越しに冷ややかな視線を送った。 目の前にいるのは、地獄の門番として名高いケルベロスだ。 体長2メートル近い巨体。そして首から上には、3つの犬の頭が生えている。
この3つの頭が、レジ横のホットスナックケースの前で、深刻な議論を交わしていた。
右の首:「俺は『激辛チキン』がいい! あのスパイシーな衣こそ至高だ!」
左の首:「バカ言え! 今日は『ジャンボフランク』の気分だ! パリッとした皮にケチャップとマスタードをたっぷりかけるんだよ!」
真ん中の首:「お前ら肉ばっかだな! 栄養バランスを考えろ! 『特製あんまん』で糖分補給させろ!」
「……」
タナカは無言でレジの『登録待ち』ボタンを連打した。 決まってないなら並ぶなよ。後ろのオークがイライラして貧乏ゆすりしてるだろ。
「お客様、後ろつかえてるんで。決まってから並び直してもらえます?」
タナカが注意すると、3つの頭が一斉にこちらを向いた。
「うるせぇ! 胃袋は一つなんだから慎重に選ばせろ!」 「そうだぞ店員! 前回、右のヤツが勝手に『激辛地獄ヌードル』なんか食ったせいで、翌日俺たちの尻が大変なことになったんだぞ!」 「だから今日は胃に優しい『あんまん』にするべきだ!」
ケルベロスたちの主張は、ある意味で切実だった。 味覚は別々だが、消化器官と排泄器官は共有している。 一人の暴走が、全員の運命を左右するのだ。
「知らんがな」 タナカはバッサリ切り捨てた。
「じゃあジャンケンでもして決めてください」 「俺たち手を使えないんだよ!」
議論は平行線をたどり、ついに物理的な争いに発展した。
「ガウッ! 痛っ、俺の耳を噛むな!」 「お前が折れないのが悪いんだ! 160円のフランクにしろ!」 「あんまんだと言っているだろうがァァ!!」
ギャワン! バウッ! レジ前で、自分の頭同士が噛みつき合うという器用な喧嘩が始まった。 毛並みが飛び散り、唸り声が響く。
そして、興奮した3つの口からは、大量のヨダレが垂れ流されていた。 ポタポタ……と、カウンターが濡れていく。
「……チッ」
タナカの堪忍袋の緒が切れた。 喧嘩はどうでもいいが、カウンターを汚されるのは許せない。清掃の手間が増えるからだ。
シュッ、シュッ、シュッ!
タナカは無言で**『アルコール消毒スプレー』**を構え、ケルベロスの3つの顔面に噴射した。
「「「グハッ!? 目が、目がァァ!!」」」 「しみるぅぅ! なにしやがる店員!!」
「消毒です。汚いんで」 タナカはダスターでカウンターを拭き上げながら、冷酷に告げた。
「これ以上揉めるなら出禁にしますよ。……ていうか、そんなに喧嘩するなら全部食えばいいじゃないですか」
「はぁ? 全部だと?」 右の首が涙目で聞き返す。
「予算がないんだよ! さっき冒険者から巻き上げた金は、たったの2000円しかねぇんだ!」 「そうか。じゃあ、これならどうだ」
タナカはバックヤードを指差した。 「ちょうど今、廃棄寸前の在庫処分……じゃなくて、お得なセットがあるんですけど」
タナカがレジのタッチパネルを操作し、客用画面に表示させたのは**『パーティーセット・松(大盛り)』**。 チキン、フランク、ポテト、ナゲットが山盛りに入った、本来は宴会用の大容量パックだ。
「これならチキンもフランクも入ってます。定価は**2980円(税込)**ですけど、今なら特別に見切り品価格……そうだな、2000円ぴったりでいいっすよ」 (※本当は廃棄予定なのでタダ同然だが、しっかり売上にする)
「「「おおっ……!!」」」 3つの頭が輝いた。
「チキンがある!」 「フランクもあるぞ!」 「……おい、あんまんはどうした?」
真ん中の首が不満を漏らす。 「これじゃ俺の糖分が……。予算2000円は使い切っちまったぞ……」
「あら、ケルベロスさん! こんばんは~!」
そこへ、絶妙なタイミングで品出しを終えたリリスがやってきた。 彼女は状況を一瞬で察し、営業スマイル全開でケルベロスに近づいた。
「すごーい! パーティーセット買うんですか!? さすが地獄の番犬! 太っ腹~! カッコイイ~!」
「ッ!?」 ケルベロスたちの尻尾が、ブンブンと激しく振られた。
「カ、カッコイイ……? 俺たちが……?」 「はい! たくさん食べる男性って素敵です! あと140円追加してあんまんも買っちゃえば、もっと素敵かも! へそくり、ありますよね?」
リリスがウインクを飛ばす。 単純な番犬たちの脳内会議は、0.1秒で可決された。
「か、買います!! パーティーセットとあんまん!!」 「俺の隠し持ってた小銭を追加するぞ!」 「お姉さんにいいとこ見せるんだ!」
数分後。
店を出たケルベロスは、店の前の荒野で座り、3つの頭で仲良く揚げ物を分け合っていた。
「うめぇ! チキン最高!」 「フランクもパリパリだ!」 「あんまんも染みるわぁ~」
平和な食事風景。 しかし、翌日彼らの胃袋がどうなるかは、神のみぞ知る。
レジの中では、タナカが満足げにレジ締めを行っていた。
「……ナイスアシストだったな、リリス」 「えへへ。サキュバスの魅了は、こういう単純な殿方には効果てきめんですから♪」
「おかげで廃棄ロスが減った。時給10円上げてやるよ」 「やったー! 店長大好きー!」
ダンジョン地下99階。 優柔不断な客は、店員とサキュバスの連携によって、カモ……もとい、上客へと変わるのである。




