第12話:酔っ払いドワーフと、勝手なリフォーム
深夜1時。
『ダンジョンマート』の自動ドアが、悲鳴のような異音を立てて開閉した。
「あー……。またセンサーの調子が悪いな」
レジカウンターの中で、タナカは憂鬱そうに天井を見上げた。
地下99階の湿気と瘴気のせいで、精密機械である自動ドアの寿命が限界に来ているのだ。
「店長ー、これ直らないんですか? お客様が挟まりそうになってますよ」
サキュバスのリリスが、モップ片手に心配そうに言う。
「本部に修理依頼は出してるけどさ。業者が『怖くて行けるか!』って拒否してるんだよ」
「まあ、ここに来るまでにドラゴンとか出ますもんね……」
その時。
壊れかけの自動ドアを無理やりこじ開けるようにして、騒々しい集団が入店してきた。
「ガハハハ! 飲め飲めぇ! 今日はここにある酒を全部買い占めるぞ!」
「親方! 足元にご注意くだせぇ!」
現れたのは、身長140センチほどだが、横幅はその倍ほどもありそうな筋肉の塊たち。
立派なヒゲを蓄えた、ドワーフの工兵部隊だった。
全員、すでに赤ら顔で、強烈な酒の匂いと鉄サビの匂いを漂わせている。
(うわ、一番めんどくさい客層だ……)
タナカは瞬時に「酔っ払い対応モード」に切り替えた。
ドワーフたちは『ドワーフの火酒』や『オーク殺しの激辛ジャーキー』をカゴいっぱいに詰め込み、レジにドン!と置いた。
「おい兄ちゃん! 会計だ! ヒック!」
「親方、飲みすぎですぜ~」
タナカは淡々とレジを打つ。
「はい、合計8500円になります」
ドワーフの親方は、支払いを済ませると、ふと店内を見回して眉をひそめた。
「……ん? なんだこの店は」
親方はフラフラと歩き出し、陳列棚の柱や、レジカウンターの天板を拳でコンコンと叩き始めた。
「おい兄ちゃん。なんだこの柱は。スカスカじゃねぇか」
「あー、それ軽量鉄骨なんで」
「気に入らねぇ!」
親方が叫んだ。
「この壁の薄さはなんだ! 防音性も断熱性もゼロだ! しかも、あそこの梁! 重心を支えるには角度が2度ズレてやがる! これじゃあダンジョンの揺れ一発で崩壊するぞ!」
さすがは地下建築のスペシャリスト・ドワーフ。
コンビニの簡素なプレハブ建築が許せなかったらしい。
「俺たちの仕事が終わった祝い酒だ! ついでだ、このボロ小屋も直してやる!」
親方は背負っていた巨大なミスリル製のウォーハンマーを抜き放った。
「野郎ども! リフォームの時間だぁぁ!!」
「「「オオオオオッ!!」」」
「ひぃぃっ! 店長! お客さんが壁を壊そうとしてます!」
リリスが悲鳴を上げる。
「待て待て待て」
タナカはレジから身を乗り出した。
「お客様ー、困ります! 勝手な増改築はテナント契約違反になります! あと騒音で近所からクレーム来るんで!」
「うるせぇ! 職人として、こんな手抜き工事は見過ごせねぇんだよ! まずはこの安っぽい壁をブチ抜いて、黒曜石で補強してやる!」
親方がハンマーを振り上げる。
このままでは店が物理的に閉店してしまう。
タナカは溜め息をつき、冷静にターゲットを変更させることにした。
「……はぁ。わかりました。じゃあ親方、壁はいいんで、あそこ直せます?」
タナカが指差したのは、入り口の**『壊れかけの自動ドア』**だった。
ガガガ……と異音を立てて痙攣している。
「あのドア、調子悪いんすよ。修理業者が来なくて困ってて。天下のドワーフの技術なら、一瞬で直せるかなーと思ったんですけど」
その言葉に、親方のヒゲがピクリと動いた。
「……あぁ? 自動ドア……魔導駆動式の扉か」
「無理ならいいっすよ。人間の機械なんて、ドワーフ様には複雑すぎるかもしれないし」
タナカの露骨な挑発。
しかし、単純な――いや、誇り高いドワーフには効果てきめんだった。
「バッ……馬鹿にしやがって!!」
親方の顔が真っ赤になる。
「俺たちを誰だと思ってる! 王都の跳ね橋から古代遺跡のトラップまで手がけた『鉄の槌工務店』だぞ! こんなガラス戸一枚、瞬きする間に最高傑作に変えてやらぁ!!」
「野郎ども! 設計図展開! 工具出せぇ! 人間にドワーフの科学力を見せてやるぞ!」
「「「アイアイサー!!」」」
ドワーフたちは酒瓶を置き、代わりにスパナや魔導溶接機を取り出した。
酔っ払いの千鳥足はどこへやら、目にも止まらぬ速さで自動ドアを分解し始める。
「おい、センサーの感度が甘いぞ! 魔石回路を組み込め!」
「フレームが貧弱だ! アダマンタイト合金で補強しろ!」
「セキュリティはどうする!? 顔認証魔法を入れるか!?」
ガガガガガ! ギュイイイーン!
深夜のコンビニに、凄まじい工事音が響き渡る。
タナカは耳栓をして、その様子を雑誌を読みながら眺めていた。
「……リリス。お茶出してやって。あと、おつまみサービスしていいから」
「は、はい……」
30分後。
「完成だ……!」
親方が汗を拭いながら、満足げに親指を立てた。
そこには、以前の自動ドアとは似ても似つかない代物が鎮座していた。
薄っぺらいガラス戸ではない。
重厚な黒鉄の装甲板に、複雑な魔法陣が刻まれた、**『要塞の城門』**のような扉になっていた。
「どうだ兄ちゃん! 見てみろ!」
親方が店の前に立つ。
すると、センサーが反応した。
『ゴゴゴゴゴ……』
重低音と共に、重厚な扉がスムーズに、かつ高速でスライドする。
『プシュウウウ……(蒸気排出音)』
「開閉速度0.2秒! 耐久度はドラゴンのブレスも弾き返す! さらに、不審者が近づいた場合は自動迎撃システムが作動するオプション付きだ!」
「いや迎撃はいらないっすけど」
タナカは苦笑しながらも、スムーズに動く扉に感心した。
「……まあ、静かになったし、隙間風もなくなりましたね。ありがとうございます」
「ガハハハ! 礼には及ばねぇ! これがドワーフの仕事よ!」
親方は満足げに笑い、飲みかけの酒瓶を掴んだ。
「よし、いい汗かいたな! 帰って寝るぞ野郎ども!」
「「「オウッ!!」」」
ドワーフたちは嵐のように去っていった。
代金以上の働き(リフォーム)を残して。
「……すごいですね、店長。あのドア、魔力がビンビンですよ」
リリスが恐る恐る新しいドアに触れる。
「まあな。でも……」
タナカは困った顔をした。
その時、一人のゴブリン客が店に入ろうとした。
『ゴゴゴゴゴ!!(重低音)』
『プシュウウウ!!(威圧音)』
「ひっ!?」
ゴブリンはあまりの扉の威圧感に腰を抜かし、入店せずに逃げ帰ってしまった。
「……客がビビって入れないのが難点だな」
「売上落ちますよこれ!」
ダンジョン地下99階。
セキュリティは万全になったが、敷居が高くなりすぎてしまったコンビニであった。




