第11話:迎えに来た死神と、埋まらない深夜シフト
「……詰んだ」
深夜2時。
『ダンジョンマート』の狭いバックヤードで、タナカは真っ白な紙を見つめて絶望していた。
それは来月の**『シフト表』**だった。
「店長~、ごめんなさいね~。来月はサキュバス族の『魔界女子会』で旅行なので、2週間お休みいただきまーす」
リリスはそう言って、有給申請書を叩きつけて帰っていった。
結果、シフト表の深夜枠には、広大な空白が生まれている。
「このままだと……30連勤……。いや、昼の休憩も回らないから、実質24時間×30日勤務……?」
タナカの目の下に、どす黒いクマが浮かぶ。
意識が遠のく。心臓が早鐘を打っている。
(あ、これ死ぬな。過労死だ)
タナカが天井を仰いだ、その時。
バックヤードの気温が急激に下がった。
『……その通りだ、タナカよ』
底冷えするような声と共に、タナカの背後に黒い影が立った。
ボロボロの漆黒のローブ。手には天井に届くほど巨大な大鎌。
フードの奥には、青白く光る骸骨の顔。
**死神**だ。
『働きすぎだ、哀れな若者よ。貴様の魂の灯火は、もう風前の灯火……。楽になろう。我と共に「永遠の安息」へ……』
死神が冷たい骨の手を、タナカの肩に伸ばす。
通常なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。
しかし、極限状態のタナカの脳回路は、恐怖よりも別の感情を優先させた。
ガシッ。
「あ、ちょっと待って」
『えっ?』
タナカは死神の手を振り払うどころか、逆に強く握りしめた。
その目は血走り、死神よりも恐ろしい形相をしていた。
「お前……今、暇か?」
『は? ……いや、我は貴様の魂を回収しに……』
「夜行性だよな? 昼間は寝てるんだよな? じゃあ夜は動けるよな?」
『い、いや、夜こそが魂狩りの稼ぎ時で……』
タナカはシフト表を死神の目の前に突きつけた。
「見ろこれを! 真っ白だ! 俺が今死んだら、明日のシフト誰が入るんだ!? 店長とも連絡つかないし、店が開けられなくなるだろ!」
『し、知ったことではない……。死んだら仕事など……』
「関係あるんだよ!!」
タナカが怒鳴った。
「いいか、よく聞け。この店が閉まったらどうなる? 常連の魔王ヴェルザード様や、勇者アレンが路頭に迷うんだぞ? 彼らが空腹で暴れたらどうなる? 世界中でお前が処理しきれないほどの大量の死者が出るぞ! それでもいいのか!?」
『……ッ!』
死神が動揺した。
『た、確かに……一度に大量死されると、冥界の事務処理がパンクする……』
「だろ!? なら、俺を生かしたほうが効率がいい。俺が過労死しないためにはどうすればいい?」
タナカはマジックペンを取り出し、シフト表の空白部分を指差した。
「ここを埋めるしかないんだよ」
『……ま、まさか』
「お前が入れ。**副業**だ」
タナカの提案に、死神の顎がガクッと外れそうになった。
『ふ、副業だと!? 我は誇り高き死の執行者ぞ!? レジ打ちなどできるか!』
「時給1100円出す。深夜割増込みだ。あと、廃棄弁当も食っていい」
『……!』
死神の動きが止まった。
『せ、1100円……? 冥界の通貨レートに換算すると……悪くない……』
死神はモジモジし始めた。
『じ、実は最近、愛用の大鎌のローン返済がキツくてな……。本業の魂狩りも、最近はノルマ達成が厳しくて……』
「決まりだな」
タナカは即座に、死神に制服を押し付けた。
「着替えろ。研修始めるぞ」
30分後。
『いらっしゃいませ……』
レジカウンターには、コンビニの制服をローブの上から無理やり着た骸骨が立っていた。
その威圧感は凄まじい。
客のオークが入店するなり、「ヒィッ!? 命取られる!?」と悲鳴を上げて逃げ出そうとする。
しかし、死神は淡々とスキャナーを構えた。
『逃げるな。会計がまだだ』
「は、はいぃぃ! ポイントいりません! 命だけはお助けを!」
会計速度は爆速だった。
客が恐怖で無駄話をせず、即座に金を置いて去っていくからだ。
さらに、品出し業務においても才能を発揮した。
『……開封』
シュッ。
愛用の大鎌を一閃させるだけで、段ボールのガムテープが綺麗に切断される。
カッター要らずだ。
『ふむ……。単調な作業だが、魂を刈り取る時の無心さに通じるものがあるな……』
死神は意外と楽しそうに、ポテトチップスを棚に並べている。
(こいつ……使えるぞ)
バックヤードで休憩を取りながら、タナカは確信した。
アンデッドだから眠くならない。
客への威圧効果でトラブルも減る。
そして何より、真面目だ。
朝6時。
空が白み始め、死神のシフトが終わった。
『……ふぅ。意外と骨が折れる仕事だったな』
死神はタイムカードを打刻した。
「助かったよ。これ、初日の給料と、約束の廃棄弁当だ」
タナカは封筒と弁当を渡した。
『うむ……。現金収入、ありがたい』
死神は封筒を大事そうに懐にしまった。
『これで鎌の砥石が買える……』
「で、どうする? 来週のシフト」
タナカはシフト表とペンを差し出した。
死神は少し考え込んだが、やがてペンを取り、サラサラと記入し始めた。
『……本業の「魂狩り」が忙しい満月の夜は無理だが、それ以外なら入れる』
『週3日。深夜2時から6時まで。これでどうだ』
「採用」
タナカはガッチリと骨の手を握った。
『勘違いするなよ。あくまで副業だ』
死神はフードを深く被り直した。
『貴様の魂は、シフトが埋まっている間は預けておく。だが、もしバックレたりしたら……その時は、タイムカードではなく貴様の人生に打刻を打ちに来るからな』
「わかってるよ。お疲れさん、グリム」
『……フン』
死神――改め、深夜バイトのグリムは、自動ドアをすり抜けて朝霧の中へと消えていった。
その背中は、来た時よりも少し軽やかに見えた。
タナカは埋まったシフト表を見て、安堵のため息をついた。
「よし……これで死なずに済む」
ダンジョン地下99階。
死神さえも副業せざるを得ない世知辛い世の中で、最強の深夜シフト体制が完成したのだった。




