第10話:ラストワン賞と、魔王の大人買い
「……また売れ残ったな」
深夜1時。
タナカはレジ横に設置された**『くじ引きボックス』**の中を覗き込み、深いため息をついた。
現在発売中の商品は**『ダンジョン・ドリームくじ Vol.1』**。
1回800円。ハズレなしで豪華景品が当たるキャラクターくじだ。
• A賞: 大賢者モーガンのリアルフィギュア
• B賞: ドラゴンの特大ぬいぐるみ
• C賞: 聖女の抱き枕カバー
• ……
• F賞: モンスター名場面クリアファイル(全10種)
「A賞とかの上位賞はまだ残ってるのに、なんでみんな引かないんだ?」
タナカがボヤくと、隣で品出しをしていたリリスが答えた。
「だって店長ぉ、F賞のクリアファイル、絵柄が『ゴブリンの食事風景』とか『オークの寝顔』とか、誰得なやつばっかりなんですもん」
「メーカーの在庫処分だよな、これ……」
このままでは不良在庫になってしまう。
タナカが頭を抱えていた、その時。
チャララ・チャララ・チャラララ~♪
自動ドアが開き、黒いジャージ姿の巨漢――魔王ヴェルザードが入店してきた。
彼はいつものようにチキンを注文しようとして、ふとレジ横のサンプル棚に釘付けになった。
「……ほう」
魔王の視線の先にあるのは、このくじの目玉商品。
最後の1枚を引いた者が必ず貰える**『ラストワン賞』**だ。
【ラストワン賞:聖剣エクスカリバー(1/1スケール・発光ギミック付きレプリカ)】
「なんと……。勇者の聖剣が、プラスチック製とはいえ手に入るとは」
魔王がニヤリと口角を上げた。
「これを余の寝室に飾り、毎晩見下ろして優越感に浸るのも悪くない」
「いらっしゃいませー」
タナカは商機を逃さなかった。
「魔王さん、今ならチャンスですよ。残り枚数少ないんで、聖剣ゲットの確率は高いっす」
「フン。余の財力と運をもってすれば、造作もないことだ」
魔王は財布から金貨を取り出した。
「店員、5回だ」
「はい、4000円になりまーす」
魔王はボックスに手を突っ込み、5枚のくじを鷲掴みにした。
そして、期待を込めてペリッ……と捲る。
【F賞】
【F賞】
【F賞】
【E賞】
【F賞】
「……」
魔王の手元には、ゴブリンのクリアファイルが4枚と、ペラペラのタオルが1枚。
「ぬぐぐ……! なぜだ! なぜゴミばかり出る!?」
「確率っすね。F賞が一番数多いんで」
「ええい、次だ! 次の5回だ!」
魔王はムキになって引き続けた。
ペリッ、ペリッ、ペリッ……。
【F賞】
【F賞】
【G賞】
【F賞】
【F賞】
「貴様ァ!! レアを抜いているな!? 上位賞が入っていないではないか!」
「いや、箱見てくださいよ。A賞の紙、まだ残ってるでしょ」
タナカは冷静に箱の中を指差した。
確かに、まだA賞などの当たりは残っている。しかし、魔王の指はそれらを華麗に回避し続けているのだ。
「はぁ……はぁ……」
魔王の足元には、開封されたくじ紙と、大量のクリアファイルが散乱していた。
「お客さん、残りあと10枚ですね」
タナカが箱の中を数えて告げた。
「10枚……だと?」
魔王の脳内で、高速の計算が行われる。
(1回800円×10枚=8000円。たったそれだけで、確実に『ラストワン賞』が手に入る……!)
魔王はニヤリと笑った。これが大人の、いや魔王の戦い方だ。
「店員。財布の中身は十分にある」
魔王は万札をカウンターに叩きつけた。
「**『ここから全部』**だ。余が買い占める」
伝家の宝刀、大人買い。
コンビニくじにおける最強の禁じ手である。
「はい、毎度ありー」
タナカが承諾し、レジを打とうとした、その瞬間。
「待て!」
自動ドアが開き、一人の青年が飛び込んできた。
勇者アレンだ。
「タナカ! そのくじ、まだ残ってるか!? A賞の大賢者フィギュアが欲しいんだ!」
「遅いぞ勇者!」
魔王が勝ち誇った顔で振り返る。
「商談は成立した! 残りのくじは全て余が買い占めた! 貴様に出る幕はない!」
「なっ、なんだと!? 買い占めだと!? 卑怯だぞ魔王!」
「フハハハ! これが資本主義の力よ! 悔しくば金を積め!」
睨み合う二人。
タナカは面倒くさそうに頭をかいた。
「あー、魔王さん。まだ会計済んでないんで、商談成立前っすね。勇者さん、先に並んでたってことで、1回だけなら引いていいっすよ」
「なっ!? 貴様、魔王の爆買いを止める気か!」
「いや、独占禁止法的なアレで。勇者さん、1回だけね」
タナカは箱を勇者に差し出した。
残り10枚。その中に、A賞は1本だけ入っている。確率は1/10。
「くっ……! 1回勝負か……!」
勇者アレンはゴクリと唾を飲み込んだ。
彼は知っていた。自分のステータス**【運(LUCK):999】**の力を。
「いくぞ……! 俺のドローを見ろ!」
勇者は迷いなく箱に手を入れ、一番上にあった一枚をスッと引いた。
ペリッ。
【A賞:大賢者モーガン リアルフィギュア】
「きたぁぁぁぁぁ!! 一発ツモォォォ!!」
「ば、馬鹿な……!?」
魔王が愕然と膝をついた。
「1/10の確率を、たった一度の試行で……!? これが勇者の補正……主人公補正なのか……!」
「へへっ、悪いな魔王! お先!」
勇者はフィギュアの箱を抱え、満面の笑みで帰っていった。
店内に残されたのは、敗北感に打ちひしがれる魔王と、タナカ。
「……で、魔王さん。残りどうします? 買います?」
「……買う。聖剣は必要なのだ」
結局、魔王は残りの10枚を全て買い取った。
中身はすべてゴミだった。
「はい、これラストワン賞の聖剣です。あと、F賞のクリアファイル9枚ね」
タナカは巨大な聖剣の箱と、大量のクリアファイルの束を魔王に渡した。
魔王は念願の聖剣を手に入れた。
しかし、その背中は哀愁に満ちていた。
「……勝ったはずなのに、なぜこんなに虚しいのだ……」
魔王は脇に抱えた大量のゴブリン柄クリアファイルを見て、重いため息をついた。
「こんなもの、配る部下もいないぞ……」
「それが『くじ』の魔力っすよ。またの挑戦お待ちしてまーす」
タナカは空になったボックスを片付けながら、晴れやかな顔をした。
不良在庫が一掃された。今夜はぐっすり眠れそうだ。
ダンジョン地下99階。
くじの闇は、魔王の心さえも蝕むほどに深いのである。




