法律は、殴るための武器です
魔王城(無料のホームセンター)の残骸から生まれた移動要塞「アルト・ワークス」は、荒野を滑るように疾走していた。
「社長、本当に揺れませんね!紅茶が波紋ひとつ立てません!」
助手席で、セレスがカップを掲げてはしゃいでいる。
外は瓦礫だらけの悪路だが、車内は高級ホテルのラウンジのように静かだ。
ガーゴイルから奪った「オリハルコン・サスペンション」の性能は、アルトの計算通り――いや、それ以上だった。
「当然だ。振動は疲労に直結するからな。……移動こそ快適であるべきだ」
アルトはハンドルを握りながら、満足げに頷いた。
完璧な防音、完璧な空調、完璧な乗り心地。
これこそが、彼が求めていた「QOL(生活の質)」だ。
「……見えてきたな。最初の目的地、城塞都市『バルガン』だ」
灰色の霧の向こうに、巨大な防壁が姿を現した。
高さ30メートルはあろうかという、苔むした石造りの壁。魔素と魔獣から人々を守る、人類の砦だ。
だが、近づくにつれて、その光景の「異様さ」が浮き彫りになってきた。
「……ひどい」
セレスが息を呑む。
都市の門の前には、数千人規模の難民が群がり、広大なスラムを形成していた。
誰もが飢えと渇きで衰弱し、ボロ布を纏い、力なく地面に座り込んでいる。
対照的に、門を守る兵士たちは、磨き上げられた重装備の鎧を着込み、ギラついた目で難民たちを監視していた。
『水を……どうか、一口だけでも……』
『子供が死にそうなんです!お願いします!』
外部スピーカー越しに、悲痛な叫びが聞こえてくる。
一人の母親が、ぐったりとした子供を抱いて兵士にすがりついた。
だが。
『下がれ、貧乏人!金がないなら失せろ!』
兵士は母親を乱暴に突き飛ばし、嘲笑うように手にした水筒から地面に水をこぼした。
乾いた大地が、貴重な水を瞬く間に吸い込んでいく。
『貴様らを入れるスペースはない!入場料「金貨10枚」を払えぬ者は、そこで干からびていろ!それが領主様の決定であり、この街の「法」だ!』
金貨10枚。それは、一般市民の年収に匹敵する額だ。
払えるはずがない。これは「選別」ではない。緩やかな「虐殺」だ。
「社長……助けなくていいんですか?私たちには水も食料も……」
セレスが震える声で問いかける。
要塞のタンクには、魔王城からくすねた大量の水がある。配ろうと思えば配れる。
だが、アルトの目は冷ややかだった。
彼は技術者として、そして商人として、この状況を冷徹に分析していた。
「感情で動くな。……まずは現状分析だ」
アルトはモニターを操作し、上空に待機させていた偵察ドローンからの映像を表示させる。
都市内部の衛星画像。
壁の内側には、なみなみと水を湛えた巨大な貯水池が確認できた。水不足などではない。水はあるのだ。
「……なるほどな。水源という『インフラ』を独占し、供給を極端に絞ることで価格を吊り上げているわけか」
アルトの口元が、わずかに歪んだ。
嫌悪感ではない。「下手くそな商売」を見せつけられた時の、プロとしての苛立ちだ。
「典型的な規制産業だな。独占市場にあぐらをかき、技術革新を怠っている。……効率が悪い。そして――」
彼は、ギラリと目を光らせた。
「市場が歪んでいるということは、そこに『付け入る隙』があるということだ」
アルトはアクセルを踏んだ。
巨大な漆黒の車体が、難民の群れを割って進み、門の真正面で停止する。
プシューッ……。
エアブレーキの音。その異様な存在感に、兵士たちがどよめく。
アルトがタラップを降りると、すぐさま指揮官らしき男が歩み寄ってきた。
他の兵士よりも一回り豪華な鎧を着た、鋭い目つきの騎士団長だ。
「何者だ。……商人のようだが、この都市は現在、戒厳令下にある。許可なき者の立ち入りは認めん」
騎士団長はアルトを頭のてっぺんから爪先まで油断なく観察し、背後の要塞の装甲厚を目測している。
そして、邪な視線でセレスを舐め回した。
「『アルト商会』だ。この街で商売に来た。通行許可を願いたい」
「許可だと?書類を見せろ。商業ギルドの推薦状、身分証明書、それから積荷の目録だ。一つでも欠ければ、即刻退去してもらう」
騎士団長は鼻を鳴らした。最初から通す気などないのだ。
難癖をつけて追い返すか、あるいは――
「書類がないなら、『特別な税』を払ってもらおうか。その珍しい車と、後ろの女を置いていくなら、特別に見逃してやってもいい」
賄賂の要求。それも、全財産と社員を寄越せという、実質的な強盗だ。
だが、彼らにとってそれは「法」に則った正当な徴収なのだ。
「……なるほど。法で来るか」
アルトはため息をつき、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、ただの紙切れではない。魔力を帯びて青白く発光する、古代の巻物。
「いいモン持ってるだろ?魔王城の行政区画で見つけた『強制執行スクロール』だ」
同時に、彼の網膜に一つの通知が表示される。
「……システム管理サーバーへの侵入、完了。管理者権限、奪取」
アルトは嘲るように鼻を鳴らした。
「驚いたか?この都市のシステムは、300年前の『第2世代魔導言語』で記述された遺物だ。現代の魔導師には解読不能な『死語』だろうがな……」
アルトの目が、コードの奔流を読み解く技術者のそれに変わる。
「あいにく俺にとっては『母国語』みたいなもんなんだよ。セキュリティホールが『ここから入ってください』って光って見えたぜ」
数分の会話の裏で、SDシスターズが放った電子戦ドローンが、都市の旧式すぎる魔導結界システムをハッキングし終えていたのだ。
アルトの手元には今、この街の全ての「帳簿」があった。
「なんだと……?」
「だから、少し手伝ってやったよ。……ほら、『未払いの借用書』がこんなにあるじゃないか」
アルトは、騎士団長の目の前に、ホログラムウィンドウを突きつけた。
そこに表示されていたのは、都市の財政状況。
だが、そこにはありもしない「巨額の負債データ」が、たった今ハッキングによって書き込まれていた。
【債権者:アルト商会】
【負債総額:500億ゴールド(延滞金含む)】
【担保:都市内全資産】
「ば、馬鹿な!?なんだこの借金は!?」
「忘れたのか?お前らが水を独占して暴利を貪っている間に、ウチがこれだけ貸し付けていたことになっているんだよ。……システム上はな」
データの捏造。公文書偽造。
だが、管理システムがそれを「真実」と認識した瞬間、それはこの街における絶対的な「法」となる。
「期限は昨日で切れている。……なら、こっちも『法』に従って回収させてもらうぞ」
アルトは羊皮紙――強制執行スクロールを開き、システムに認証させた。
「借金返済の遅延。および担保権の行使。……請求額は、この街の『全資産』だ。――執行!」
パチンッ。
アルトが指を鳴らした。
バシュゥゥゥン!!
スクロールが光の粒子となって霧散し、都市システムが書き換わる。
無数の魔法文字が空中に投影され、都市の貯水タンク、兵士たちの武器庫、そして領主の館へと飛び火し、赤い鎖のようなエフェクトとなって絡みつく。
空中に浮かび上がる、巨大なシステム・タグ――【FORECLOSURE(差押・競売開始)】。
「なっ……!?なんだこれは!?」
「債権回収だ。払えないなら、『強制執行』を開始する。お前たちの資産はたった今、俺のものになった」
騎士団長が反射的に剣を抜こうとする。
ガチンッ!!
だが、剣は鞘から抜けなかった。柄のコア部分が赤く点滅し、拒絶音を鳴らしている。
「な、抜けない!?なぜだ!」
「そいつは都市管理下の『支給品(魔導剣)』だろ?システム側から使用権限をロックさせてもらった。……俺の許可なく抜けると思うなよ」
「ふざけるな!詐欺だ!こんなデタラメが通るか!総員、構えろ!この詐欺師を殺せ!」
騎士団長が絶叫する。
生身の兵士たちが、システム制御外のただの鉄槍を構えて殺到してくる。
帳簿上の法が通じない、物理的な暴力。
だが、アルトは眉一つ動かさなかった。
「交渉決裂だ。……シスターズ。やれ」
彼は短く命じた。
「ただし、『資産価値』だけは残せよ。差し押さえた商品を傷モノにしたら減給だ」
その命令と共に、車内待機していた可愛いメイドロボたちの目が、冷酷な真紅に染まる。
『了解、マスター。資産保全、開始シマス』
偽造された法で殴り、物理で黙らせる。
アルト商会の、容赦なき「営業活動」が始まった。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
新展開突入!最初の街に到着しましたが、やはり一筋縄ではいきませんね。
アルト商会流「敵対的買収(物理)」、開幕です!
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