移動要塞は、快適な我が家です
夜が明けた。
鉛色の空から、毒々しい薄日が差し込む頃。
かつて世界を恐怖に陥れた魔王城ガルガンチュアは、その歴史上、最も情けない姿を晒していた。
堅牢だったはずの城門は消滅し、外壁の黒曜石は虫食いのように剥ぎ取られている。
広場には、無数の「建設用ゴーレム」たちが倒れ伏し、動かなくなっていた。彼らは昨夜、アルトによってシステムをハッキングされ、文字通り限界まで酷使された「臨時派遣社員」たちだ。
「……できた。完璧だ」
アルトが、油と煤で真っ黒になった顔で呟き、制御端末を放り投げた。
その目は充血しているが、表情には狂気じみた満足感がある。
前世でデスマーチを乗り越えた時と同じ、達成感と疲労の入り混じった顔だ。
「おい、新入り。起きろ。……『新社屋』の完成だ」
アルトに呼ばれ、資材の陰で仮眠を取っていたセレスが目を覚ます。
そして、目の前に鎮座する「それ」を見て、絶句した。
「え……?こ、これが……一夜で?」
そこに在ったのは、もはやリヤカーなどではなかった。
全長8メートル。魔王城から剥ぎ取った漆黒の装甲板(高純度黒曜石)が、幾重にも重なり合い、鋭角的な多面体フォルムを形成している。
足回りは、ガーゴイルから奪った「オリハルコン・サスペンション」を組み込んだ、頑丈な6輪駆動。
それは、荒野を走る戦車であり、同時に移動する城塞だった。
「信じられない……。社長一人でこれを?」
「馬鹿言え。俺一人でやれるわけねぇだろ」
アルトは倒れ伏すゴーレムたちを指差した。
「城のメインシステムをハッキングして、城内の『建設用ゴーレム』と『修復アーム』を総動員させたんだよ。数百体の人海戦術だ。……使い潰して壊れちまったがな」
「で、でも、魔王城のシステムなんてどうやって……?」
「セキュリティが数百年更新されてない『穴』だらけのレガシーシステムだったからな。おまけに、倒したガーゴイルから引っこ抜いたバネ……あれに『管理者タグ』が埋め込まれててな。それを偽装して、俺が『現場監督』になりすましたんだよ」
敵を倒した際に、パーツだけでなく「鍵」まで奪っていたのだ。
魔王の城を直すためのシステムを、魔王の城を解体してリヤカーに移植するために悪用する。
それは、廃業した会社の資産を骨までしゃぶり尽くす、企業再生屋の手口そのものだった。
「名付けて『移動要塞アルト・ワークス』。……見た目はどうでもいい。重要なのは中身(福利厚生)だ。入れ」
アルトは鼻を鳴らし、側面の重厚なドアを開放した。
プシューッ、と心地よいエアパージ音が響き、自動でタラップが展開される。
セレスがおそるおそる中へと足を踏み入れる。
その瞬間、彼女は息を呑んだ。
「なんということでしょう……!」
中は、別世界だった。
外の殺伐とした景色が嘘のように、そこには静寂と温もりが満ちていた。
壁には断熱・防音効果のある魔法木材が張られ、柔らかな間接照明が室内を照らしている。
空調は完璧に制御され、荒野特有の粉っぽさも、死臭も一切ない。
「ここがリビング兼オフィスだ。壁をぶち抜いたら『宝物庫』に行き当たってな。そこにあった『竜の皮』をソファに使ってみた。座り心地はどうだ?」
促されるまま、セレスはリビングエリアに置かれた深紅のソファに腰を下ろした。
体が沈み込むような感覚。
「ふ、ふかふかです……!王宮の椅子より気持ちいいかも……」
セレスは夢見心地で頬を緩める。
だが、アルトは彼女の汚れた服を見て眉をひそめた。
「だが、その汚い格好で寛ぐな。居住空間(オフィス環境)が汚染される」
「あ、すみません……」
「まずは清潔にしろ。ついてこい」
アルトが案内したのは、部屋の奥にある小さな個室だった。
ドアを開けると、そこはピカピカに磨かれたユニットバスだった。
「バスルームだ。エンジンの廃熱を利用した『魔力循環式・温水シャワー』を完備した」
「お風呂……!?でも、お水はどこから?」
「城の『地下貯水タンク』を見つけたんでな。そこからポンプで吸い上げて、空間圧縮タンクに限界まで詰め込んだ。当分は使い放題だ」
「す、すごいです……!」
セレスは目を丸くした。この世界で、毎日温かいシャワーを浴びられる人間など、王族か大貴族くらいだ。
ましてや、こんな廃棄場のど真ん中で。
「さっさと入れ。……ああ、服はそこのボックスに入れとけ。洗濯機(これも城からパクった)で洗っとく」
「は、はい!ありがとうございます!」
セレスはアルトを押し出すようにしてドアを閉めた。
数分後。シャワーの音と共に、彼女の感嘆の声が漏れ聞こえてくる。
「はぁぁ……あったかい……」
温かいお湯。石鹸の香り。
身体にこびりついた汚れと共に、心に張り付いていた「惨めさ」が洗い流されていく。
ここは戦場でも、廃棄場でもない。守られた「家」なのだ。
その間、アルトはリビングで端末を操作していた。
彼はコーヒーメーカー(自作)で淹れた熱いコーヒーを啜りながら、独りごちた。
「社員に不潔な格好をさせるのは、経営者の恥だからな」
前世での記憶が蘇る。
風呂に入る時間もなく、会社に泊まり込み、汗臭いスーツで客先へ謝りに行かされた日々。
人としての尊厳を削り取られるような、あの感覚。
「(二度と御免だ。……俺の会社じゃ、絶対に「人間らしい生活」を保証する)」
それは、彼の強欲さの裏にある、譲れない美学だった。
その時、バスルームのドアが開いた。
「――さっぱりしました!」
湯気を立てながら出てきたセレスは、まるで別人のようだった。
泥が落ち、本来の透き通るような白い肌と、艶やかな銀髪が露わになっている。
アルトが用意した、少し大きめの作業用シャツ(新品)をワンピースのように纏った姿は、生命力に満ちていた。
「……っ」
アルトの手が止まった。
拾った時は泥だらけのボロ雑巾だと思っていたが、磨けばこれほどまでに輝く「宝石」だったとは。
資産価値を見誤っていたかもしれない。
「どうですか、社長?変じゃないですか?」
「……あ、ああ。悪くない」
アルトは慌てて視線を逸らし、コーヒーカップに口をつけた。
熱いコーヒーで、顔の熱をごまかす。
「(……投資の価値はあったな)」
彼は心の中で呟いた。
この笑顔と清潔な空間を守るためなら、魔王城の一つや二つ、解体した甲斐があるというものだ。
「さて、拠点がデカくなった分、管理の手が足りん。……おい、起動しろ」
ウィーン……。
部屋の隅の充電ステーションから、3体の小さな影が現れた。
身長50センチほど。無骨な金属ボディに、不釣り合いなほど可愛らしいメイド服風のエプロンをつけ、頭には猫耳のようなセンサーがついている。
『起動シマシタ、マスター。御命令ヲ』
『オ掃除、オ掃除!汚レハ、敵デス!』
「名付けて『SDシスターズ』だ」
アルトは満足げに頷き、その小さなボディをポンと叩いた。
「城の倉庫に転がってた『自律清掃ゴーレム』を拾ってきて、OSを書き換えた。……こいつら、魔王城の危険廃棄物処理用だけあって、駆動系の出力が戦車並みにイカれてるんだよ。フレームも無駄に頑丈だ」
「えっ?せ、戦車……ですか?こんなに小さいのに?」
「ああ。ハードウェア(肉体)の性能は一級品だ。……だが、肝心の制御チップ(脳みそ)がポンコツでな。今のままじゃ、その馬鹿力で床を磨くことくらいしかできん」
アルトは肩をすくめた。
「宝の持ち腐れだが、まあ掃除係としては優秀だ。……外装がボロかったから、宝物庫のレースカーテンで服を作ってやったが……悪くないな」
ゼロから作ったのではない。あるものを再利用して最適化する。
それが彼の流儀だ。
「よし」
アルトは運転席へと移動し、複雑な計器が並ぶコックピットに座った。
巨大なハンドルを握る。
「家もできた。風呂もある。労働環境はホワイトだ。次は――」
エンジンキーを回す。
重厚で力強いエンジン音が響き渡った。だが、その音は驚くほど遠くに聞こえる。防音性能も完璧だ。
アルトはコンソールに表示された収支計算書を見て、眉をひそめた。画面は依然として、真っ赤な数字(大赤字)を表示している。
「商売だ」
「商売、ですか?」
「ああ。これだけの設備投資で、手持ちの予備パーツはすっからかんだ。……せっかくの『商品(技術)』だ。この世界に高く売りつけて、回収してやる」
移動要塞「アルト・ワークス」が、ゆっくりと動き出す。
「……揺れない!?」
セレスは驚愕した。外は瓦礫だらけの荒野のはずだが、振動が全くない。まるで氷の上を滑るようだ。車内のコーヒーカップの水面すら、微動だにしない。
「当然だ。オリハルコン・サスペンションの性能を舐めるな。……これなら、スープもこぼれん」
アルトは一人、満足げに頷いた。
数時間後。
灰色の霧の向こうに、巨大な防壁が見えてきた。
「……見えてきたな。最初の目的地、城塞都市『バルガン』だ」
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
劇的ビフォーアフター!移動要塞、完成です!
セレスも綺麗になって、可愛い新メンバー(備品)も登場!
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次回、いざ、最初の街へ!




