冷めたスープは、許されざる大罪です
「――舌噛むぞ!耐衝撃姿勢!」
ガタガタガタガタッ!!
月明かりもない漆黒の荒野を、リヤカーが悲鳴を上げながら疾走していた。
背後からは、どす黒い「死の壁」が迫ってくる。
腐食性猛毒霧。あらゆる有機物を溶かし、鉄さえも錆びつかせる廃棄場の夜の支配者。
「け、結界の出力、低下してます!もう持ちません!」
助手席で「対魔断熱シート」にぐるぐる巻きにされたセレスが、悲鳴交じりに叫ぶ。
リヤカーが展開する簡易結界は、濃度を増す酸の霧に侵食され、ガラスのようにヒビが入っていた。
「チッ、安物のジェネレーターじゃ限界か……!だが、計算通りだ!」
アルトはガスマスクの中で悪態をつきつつ、冷静に計器を確認する。
昼間は上空を「ガーゴイル」などの魔物が徘徊しており、移動は自殺行為だ。だからこそ、魔物たちも霧を嫌って巣に籠もる「夜」を選んで強行突破している。
だが、その代償はリヤカーの寿命だった。
バキィッ!!……ガガガガッ!
車軸の方から、何かが砕ける乾いた音がした。
右車輪のシャフトが、金属疲労と腐食でねじ切れたのだ。
ガクンッ!と車体が傾き、砂煙を上げて停止する。
「うわっ!?」
「くっ……!ここでかよ!」
静寂。
いや、背後から迫る「シュー……」という霧の侵食音だけが、死神の足音のように近づいてくる。
距離、残り50メートル。塗装が溶ける刺激臭が、ガスマスク越しにも微かに漂ってくる。
「ケホッ、ケホッ……!しゃ、社長!霧が!」
「息を止めろ!パージするぞ!」
アルトは運転席から飛び降りると、小型の作業灯を口にくわえ、工具を掴んで車軸へ潜り込んだ。
直している時間はない。
だが、ペンライトの光が、運転席のドリンクホルダーに置いてあった「マグカップ」を照らし出した。
先ほどの食事の余りで作った、食後のスープ。
リヤカーの廃熱で保温していたはずの、最後の一杯。
彼は作業の手を止めず、カップに手を伸ばし――その側面に触れ、中身を覗き込んだ瞬間――アルトの動きが凍りついた。
「…………膜が、張ってやがる」
スープの表面に、冷え固まった脂が薄い「膜」を作っている。
箸でつつくとシワが寄る、あの不快な皮膜。
それを見た瞬間、アルトの脳裏に前世の光景がフラッシュバックした。深夜2時、蛍光灯が点滅するオフィスで食べた、油の固まったコンビニ弁当の記憶。
「…………ぬるい。膜が張るほど、ぬるくなってやがる」
アルトの手が震え、カップを持つ指にギリギリと力が込められた。
「許せねえ……!」
アルトは、空になったカップをポケットに乱暴にねじ込んだ。
叩きつけたりはしない。資産は守る。だが、その内側で、どす黒い怒りの炎が燃え上がった。
「せっかく最高の肉を食ったのに、締めの一杯がこのザマだ!環境(このクソ世界)ごときに、俺の食事の質(QOL)が奪われるだと!?」
彼にとって、それは単なるスープの話ではない。
技術者としての敗北であり、許容しがたい「生活水準の低下」だった。
前世の社畜時代、冷え切った弁当を啜った惨めな記憶が蘇り、プライドを逆撫でする。
「二度と御免だ。……こんな『欠陥住宅(ボロ車)』で我慢するのは、今夜で終わりにする!」
アルトは怒鳴りながら、壊れた車輪を固定しているボルトに爆薬をセットしていく。
「最初から、あそこへ行くつもりだったんだよ!」
「あそこって……まさか!?」
セレスが酸の臭気に涙目で、遠くに霞む巨影を見る。
魔王城ガルガンチュア。
「あそこの外壁は『高純度黒曜石』だ!断熱性は最強!城門の『アダマンタイト』があれば耐久性も解決する!」
「ひぃぃ……!し、死ぬかもしれないのに、そんな理由でぇぇ!?」
セレスが恐怖と呆れで絶叫する。
だがアルトは止まらない。
ドォン!!
ボルトが吹き飛び、右車輪が外れ、車体がガコンと地面に落ちる。
「重量過多だ!装甲パージ!予備ブースター接続!」
リヤカーの側面装甲を引き剥がし、代わりに荷台の下に隠していた「緊急加速用魔石ロケット」の信管を抜く。
車輪がダメなら、滑って行くしかない。
霧はもう、数メートル後ろでリヤカーの後部を溶かし始めている。
「行くぞセレス!魔王城を解体して、このボロ車を『最強のキャンピングカー』にリフォームする!」
「もうなんでもいいです!早く出してくださいぃぃ!」
「おうよ!『快適さ』より重要な生存理由があるか!?」
アルトがコックピットに飛び乗り、点火スイッチをカバーごと叩き割った。
「総員、歯を食いしばれ!……点火!!」
ボッ、ゴオオオオオオオオオッ!!!!!
魔石が爆発的な推進力を生む。
車輪を失ったリヤカーは、車体底部のスキッド(ソリ)で地面を削りながら、暴力的に再加速した。
ガガガガガガガガガッ!!!!!
「きゃあああああああっ!?」
「ヒャッハァァァ!!ざまぁみろクソ霧が!!」
滑るのではない。削っている。
凄まじい摩擦音と振動が、二人の骨を揺らす。
飛び散る火花が闇を切り裂き、半壊したリヤカーは死の霧を振り切って、魔王城へと突っ込んでいく。
俺のスープを不味くした罪は重い。
魔王だろうが環境だろうが、すべて『資材』に変えて、完璧な家を作ってやる。
その強欲な執念だけが、アルトを突き動かしていた。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
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