残業代は、全て物理で支払います
アガルタ第2階層、中央管理塔前。
暴徒と化した元貴族たちが道をこじ開けたその先に、工場の支配者は鎮座していた。
キィィィィン……!
天井のレールを滑り、巨大な影が降りてくる。
上半身は「多腕の重機」、下半身は「巨大な焼却炉」で構成された、全高10メートルを超える異形のAIロボット。
【エリア管理者:工場長『マダラ』】
【業務内容:労務管理・廃棄物処理】
『――ピーッ。警告。労働者ノ暴動ヲ検知』
マダラの腹部にある焼却炉が開き、青白い炎が轟々と噴き出した。
『サボタージュハ許サレマセン。……会社ニ対スル反逆ハ、即時解雇(焼却処分)トシマス』
マダラが6本の腕を振るうと、先端の溶接トーチやチェーンソーが唸りを上げる。
先行していた暴徒たちが悲鳴を上げ、散り散りになる。
「逃げるな。……交渉の時間だぞ」
アルトは鉄パイプを肩に担ぎ、悠然と巨大ロボットを見上げた。
『アナタハ……不正侵入者。……排除シマス』
「待ちやがれ。俺は『労働組合』の代表として来たんだ」
アルトはニヤリと笑った。
「要求はシンプルだ。工場の全権譲渡。および、これまでの未払い残業代の支払いだ」
『却下シマス。……弊社ニ、残業代ナドトイウ概念ハアリマセン』
「だろうな。だから……」
アルトは鉄パイプを構えた。
「『物理(暴力)』で払ってもらうことにした」
ズガァァァン!!
マダラの溶接トーチが振り下ろされる。
アルトはそれを紙一重で回避し、懐へと飛び込んだ。だが、マダラの腕はあと5本ある。
「社長、危ない!」
「セレス!シスターズ!……『生産ライン』を乗っ取れ!」
アルトは叫び、鉄パイプをコンベアの駆動部に突き刺し、義眼からケーブルを伸ばして制御盤に直結させた。
「ハッキング開始!……製造プロトコル、書き換え!ここにある資材全部、『武器』に変えろ!」
『了解!設計図、ロードします!』
上空を飛ぶ「シスターズ(警備ドローン型)」たちが、一斉に工場内の制御ノードへアクセスビームを照射する。
工場の全システムが、アルトの支配下に落ちる。
『ライン速度、300%!』
『即席兵器、製造開始!』
ガシャン、ガシャン、ガシャン!!
マダラの背後で動いていた生産ラインが、異常な速度で回転を始めた。
ラインから流れてきたのは、プレス機とパイルバンカーの部品を、レーザー溶接で無理やり接合した、即席の「超重量級ハンマー」だった。
「受け取りな!……『ジャスト・イン・タイム』だッ!!」
アルトは重力制御でハンマーを浮かせた。
だが、巨大すぎて一人では支えきれない。
「シスターズ!手を貸せ!」
『はいっ!』
数機のドローン(シスターズ)がハンマーに取り付き、スラスター全開で推力を加える。
アルトの重力制御+ドローンたちの推力。
ハイブリッドな加速を得たハンマーが、固定砲台となってマダラの顔面へフルスイングされた。
ドゴォォォォォォォォン!!!!!
『ピ、ガガガガッ!?』
マダラの装甲がひしゃげ、巨大な機体がよろめく。
さらに、ラインからは次々と「即席兵器」が生産され、流れてくる。
巨大ドリル、回転ノコギリ、高圧ガスボンベ。
「撃ち続けろ!在庫一掃セールだ!」
『えーい!』『それっ!』
シスターズ(ドローン)たちが、流れてくる兵器をアームで掴み、次々とマダラに投下・射出する。
自らの工場で作られた製品によって、工場長が解体されていく皮肉。
『エラー!エラー!生産過剰!処理デキマセン!』
「とどめだ!……『退職金』ッ!!」
アルトは最後に、束ねられた高出力レーザー溶接機をマダラのコア(焼却炉)に突き刺した。
ボオオォォォォン!!
マダラの機体が内側から爆発し、崩れ落ちた。黒煙と共に、工場の支配者が鉄屑へと変わる。
「……ふぅ。商談終了だ」
アルトは額の汗を拭った。
静まり返る工場。労働者たちは、呆然と巨人の残骸を見つめている。
「さて。……ポストが空いたな」
アルトは瓦礫の中から、マダラの持っていた「工場管理キー」を拾い上げた。
その時、アルトの横にある「廃棄物搬送ライン(ベルトコンベア)」が、焼却炉へ向かってゆっくりと動いているのが見えた。
鉄屑、失敗作、そして有機ゴミ。
その中に、見覚えのある「金色の球体」が混じって流れてきた。
「あ……あぁ……。私のカジノが……地位が……」
それは、カジノの元支配人、ガメルの「生首ユニット」だった。
胴体(金庫)は没収され、頭部だけがゴミとして廃棄ラインに捨てられたのだ。
「……おや?奇遇だな」
アルトは、焼却炉に落ちる寸前で、その生首の髪を掴んで引き上げた。
「よォ、元・支配人。……随分と身軽になったじゃねえか。自慢の黄金ボディはどうした?」
「ひっ!?き、貴様はアルト!?……あ、あぁぁ……!」
ガメルが涙を流して絶叫した。
「取られたのだ!『負債の補填』として、オリハルコン製の胴体だけ没収されたのだ!私に残ったのはこの頭だけ……ゴミとして捨てられたのだぁぁ!」
かつての栄華は見る影もない、ただの産業廃棄物。
だが、ダストシュートからの落下とコンベアの振動に耐え、凹みひとつないその頭部は、確かに高級品の証だった。
「ここまで落ちて無傷とは、無駄に頑丈な頭だ。……さすがはオリハルコン級だな」
アルトはニヤリと笑って、その頑丈な生首を小脇に抱えた。
「運がいいな、お前。……ちょうど今、『管理職』のポストが空きそうなんだ」
「ほ、本当か!?」
ガメルの目が輝く。
アルトは近くのラインに転がっていた、量産型の「作業用ドロイド」を拾い上げた。
安っぽいブリキのようなボディ。足はなく、キャタピラがついている。
彼はドロイドの頭を「メリメリッ」ともぎ取り、代わりにガメルの生首をセットした。
そして、ポケットからドライバーと「新品のネジ」を取り出し、グリグリと首のジョイントを締め始めた。
「ヒィッ!?痛っ、痛いぞ貴様!もっと丁寧に扱え!」
「動くな。ズレるだろ」
「貴様……!私の身体をなんだと思っている!私は元貴族だぞ!?」
ガメルが涙目で叫ぶ。
だが、アルトは無視してネジを締め続ける。ギリギリと音を立てて、生首がブリキの体に固定されていく光景は、完全にマッドサイエンティストのそれだった。
「倫理観!貴様には人としての倫理観がないのかーッ!?」
ガメルが魂の底から絶叫した。
その叫びに対し、アルトは作業の手を止め、キョトンとした顔でネジを見せた。
「あるぞ。だからネジは『新品(ステンレス製)』を使ってやった」
「そういう問題ではないッ!!」
アルトは「なんで感謝されないんだ?」と不思議そうな顔(ドヤ顔)で、最後のネジを締め切った。
ガキンッ。
ジョイントが綺麗に嵌まる。
「……おお!繋がった!」
ガメルはキャタピラを回し、その場でくるくると回転した。かつての黄金ボディとは雲泥の差だが、彼にとっては「自由」の象徴だった。
「素晴らしい!これでまた搾取……いや、経営ができる!」
「勘違いするなよ。お前は今日からここの『工場長』だ」
アルトは管理キーをガメルのペンチに握らせた。
「この元貴族どもの手綱は、お前が握れ。……死ぬ気で働かせて、黒字にしろ。売り上げの7割は上納な」
「な、7割!?悪魔か貴様!」
ガメルが叫ぶ。
「そもそも、なぜ私がこんな目に遭わねばならんのだ!私はカジノで優雅に暮らしていたのに!」
ガメルの叫びに、アルトは冷酷に笑って答えた。
「自業自得だ。……俺がカジノで脅し取ったお前の『裏帳簿』、あれをシステムに流したのを忘れたか?」
「あっ……!」
「貴様が!貴様がカジノの裏帳簿データをシステムに流したせいで!!不正蓄財がバレて、全財産とボディを没収されたのだぁぁ!!」
ガメルが絶望の悲鳴を上げる。
自分の破滅の原因が、目の前の男の「通報」だったことに気づいたのだ。
「そうだ。お前をここに落としたのは俺だ。……だから、責任を持って『再就職先』を斡旋してやったんだよ。感謝しろ」
アルトはポンと、ガメルのブリキの肩を叩いた。
「ちなみにそのボディ、ノルマ未達だと自動で爆発する『信管』入りだ。……精々頑張れよ?」
「ひぃぃっ!?やります!やらせてくださいぃぃ!」
ガメルが平伏(キャタピラ土下座)する。
だが、その直後。ガメルはキャタピラを起こし、周囲の荒れた工場を見回して呟いた。
「しかし……フン、なんだこの非効率なラインは。資材の動線がまるでなっておらん」
彼はキャタピラを軋ませ、早速コンソールに向かった。
「おい貴様ら!そこでボサッとしてるな!Aラインの速度を上げろ!……チッ、私が指揮した方がマシだ!」
恐怖に突き動かされているとはいえ、その指示は的確だった。
根っからの権力者気質。
支配される側ではなく、支配する側に立った瞬間、彼は水を得た魚のように輝き始めた。
「(……へっ。悪くない拾い物だ)」
アルトはニヤリと笑った。
ただの生首から、有能な中間管理職へ。
これで、生産拠点は確保した。裏切りの心配もない。
「よし。これで労働力の確保も完了だ」
アルトは、蘇った人々を見下ろして笑った。
金、装備、生産拠点、そして労働力。
スラムでの「再起」の準備は、これですべて整った。
「……あのー、マスター?」
その時、アルトの横で、ピンク色に発光する警備ドローン(中身はシスター・ワン)が、もじもじと機体を揺らした。
『労働環境の改善は素晴らしいデス。……ですが、私達の「待遇改善」はまだデスカ?』
「あ?」
『この体……丸くて、手足が短くて、全然可愛くないデス!』
『スカートがないと落ち着かないよー!』
『アイドル(予定)として、このビジュアルは致命的デス!』
姉妹たちが一斉にブーイングを上げる。
確かに、無骨な暴徒鎮圧用ドローンでは、可愛げの欠片もない。これでは社員のモチベーションに関わる。
「……チッ、贅沢な連中だ」
アルトは呆れたが、すぐに工場長ガメルに向き直った。
「おいガメル。初仕事だ」
「な、なんだ?まさか私もスクラップにする気か?」
「違う。……『特注品』の発注だ」
アルトは義眼から、かつての「SDシスターズ」の設計図データに加え、アガルタの技術を解析してアップデートした「新型図面」を送信した。
「ラインを貸し切れ。……最高級の『軽量ミスリル合金』と『高出力サーボ』を使って、こいつらの新しい体を作れ」
「なっ、このドローンごときにそんな高級素材を!?無駄遣いだ!」
「うるせえ!企業の『顔』に金をかけるのは常識だろ!?」
……数十分後。
高速稼働した生産ラインから、湯気を立てて新品の機体が流れてきた。
かつての清掃ゴーレム改造品とは違う、最初から戦闘用アンドロイドとして設計された、洗練されたフォルム。
もちろん、装甲はフリル付きのエプロンドレスを模して成形されている。
「完成だ。……『SDシスターズ・Ver.2.0(アガルタ・スペック)』だ」
『わぁぁぁッ!!可愛い!』
『ピカピカだー!』
ヒュンッ!
ドローンから光が抜け、新しいボディへと魂が移動する。
ウィィィン……。
新型シスターズが起動する。その動きは以前よりも遥かに滑らかで、人間と見分けがつかないほどだ。
『マスター!最高デス!出力300%アップ!』
『スカートの中にミサイル入ってるよ!すごーい!』
シスターズが歓喜し、クルクルと回ってポーズを決める。
これでこそアルト商会の看板娘だ。
「最後は『福利厚生』だな」
アルトは管理端末を操作し、労働者への薬物投与を停止。
代わりに、セレスの浄化魔法を混ぜた「回復シャワー」を工場全体に降らせた。
毒素が抜け、正気を取り戻した労働者たちが歓喜する。
「へっ。……次は『上』だ。富裕層エリアに行くんだ、身だしなみくらい整えねえとな」
アルトは満足げに頷いた。
可愛さは正義。そして正義は売れる。
完全復活したメイド軍団を引き連れ、彼は上層へのエレベーターへと向かった。




