魔法は、便利な調理器具です
巨大な魔獣が「商品」へと変わった後の廃棄場には、再び死のような静寂が戻っていた。
リヤカーの荷台には、数個の真空パックと、精製された魔石が転がっている。
「……はあっ、はあっ……」
セレスは座席に拘束されたまま、荒い息を繰り返していた。
先程の一撃で、体内の魔力を根こそぎ持っていかれたのだ。身体の奥底が空っぽになったような喪失感。
「悪くない出力だ。……だが、燃費が悪すぎるな」
アルトがガスマスクを外し、コンソールの数値を睨む。
その顔は意外にも整っていたが、目の下には濃い隈があった。徹夜続きの技術屋の顔だ。
「お前の魔力回路、ザルだな。垂れ流しだ。これじゃあ幾らエネルギーがあっても足りん。……ランニングコストが嵩むのは経営を圧迫するぞ」
「す、すみません……」
「謝るな。欠陥があるなら、直せばいいだけだ。まずは燃料補給だ」
アルトは、先ほど食べたばかりの真空パックの残りを手に取った。
だが、そのまま食べるのではない。
彼はリヤカーの側面にあるパネルを開き、そこから複雑な「魔導コイル」が巻かれた鉄板を引き出した。
「見てろ。これが俺の『本職』だ」
カチッ。スイッチが入ると、鉄板が瞬時に赤熱する。
「えっ?……魔力はもう空っぽのはずじゃ……」
「安心しろ。これはさっきの戦闘で発生した駆動熱を、『熱交換バイパス』経由でサーマル・バッテリーに溜めといた分だ。……エネルギーをドブに捨てるのは三流の仕事だからな」
アルトは事もなげに言い、パックを開封した。
中身は、中心まで熱が通ったミディアム・レアの状態。
「さっきの加工はあくまで『保存』用だ。食えなくはないが、味気ない。……食うなら一番美味い状態で食うべきだろ?」
ジュウウウウッ!!
アルトが肉を鉄板に乗せた瞬間、暴力的な音が響いた。
脂が跳ね、香ばしい煙が立ち上る。
メイラード反応。肉の表面を高温で焼くことで、旨味と香りを爆発させる仕上げの工程。
彼は懐から小瓶を取り出し、魔法の粉を振りかけると、手際よく肉をひっくり返した。
「魔法はな、何も敵を殺すためだけにあるもんじゃねえ。……肉を一番美味い状態で焼くためにこそ、精密な温度管理が必要なんだよ」
その目は真剣そのものだった。魔獣を解体していた時よりも、遥かに高い集中力。
彼は表面がカリッと焼けた肉をナイフで切り分け、さらに備蓄していた固いパンを添えて、セレスに差し出した。
「食え。……今度は『料理』だ」
セレスは、渡された皿を受け取った。
完璧な焼き目のついたステーキ。リヤカーの廃熱で温められたパン。
そこからは「湯気」が立っていた。廃棄場に充満する死臭をかき消すほどの、圧倒的な「生」の香り。
「いいかセレス。よく聞け」
アルトは、鉄板に残った肉汁でソースを作りながら、低い声で言った。
「燃料の質は出力に直結する。粗悪なガソリンじゃ、最高のスーパースポーツカーも廃車になるからな」
彼はセレスの方を向き、フォークを突きつけた。
「お前はもう俺の『所有物』だ。……傷一つつけさせんぞ。修理費が浮くからな。俺のために、常に最高のコンディション(肉体)を維持しろ」
所有物。傷つけさせない。俺のために。
アルトにとっては「資産管理」の話だった。
だが、温かい料理と「あなたが必要だ」という言葉に飢えていたセレスの脳内では、その言葉は劇的な化学反応(超解釈)を起こしていた。
「(「所有物」……私の体は、もう彼だけのもの……?)」
「(「傷一つつけさせない」……なんて深い独占欲。なんて激しい愛……!)」
セレスの頬が、ステーキのように赤く染まる。
部品として扱われることが、これほど心地よいなんて。
彼女は震える手でフォークを持とうとしたが、魔力枯渇で力が入らない。
「あ……」
「ん?どうした。食わんのか?」
「て、手が震えて……。あの……社長」
セレスは、潤んだ瞳でアルトを見上げた。
甘えるように、口を小さく開ける。
「……あーん、して下さい……///」
「あ?」
アルトの手が止まる。
彼は眉をひそめ、フォークに刺さった肉と、セレスの顔を交互に見た。
「(……なんだ?自分で食えないのか?……ああ、そうか。「毒味」か)」
アルトは瞬時に納得した。
元聖女とはいえ、昨日まで捨てられていた身だ。他人の出した飯を警戒するのは生物として正しい。
安全確認(毒味)を要求しているのだ。
「……チッ。疑り深いな」
アルトは自分の分を一口食べ、咀嚼して飲み込んだ。
「ほら、死んでねえだろ?……俺は自分の品質管理を一番信用してるんでな」
そして、肉を一切れ突き刺し、セレスの口元へ無造作に突き出した。
「ほらよ。さっさと食え」
「は、はいっ……!(食べさせてくれた……!)」
パクッ。
セレスが肉を頬張る。
カリッと焼かれた表面。溢れ出す肉汁。そして何より、彼の手から直接与えられたという事実。
「んんっ……!……おいしい……!」
「(これが、愛の味……!)」
ポロポロと、また大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……ああ。口に合ったのならよかった」
「(泣くほど腹が減ってたのか。……前の職場(国)じゃ、ロクな給料(飯)も出てなかったんだな。ブラック企業め)」
彼は自分もコーヒーを啜りながら、遠くの灰色の空を見上げた。
日は傾きかけ、風の色が変わり始めている。
「俺はな、ひもじいのが大嫌いなんだ」
独り言のように、彼が呟く。
「寒いのも、不潔なのも、腹が減るのも我慢ならん。……前世、嫌というほど味わったからな」
その横顔に、一瞬だけ暗い影が差した。
前世の記憶。デスマーチの末、冷え切ったコンビニ弁当をデスクで啜り、終電を逃して会社に泊まり込んだ日々。
人としての尊厳が削り取られていく、あの感覚。
「だから俺は、自分のテリトリー(会社)だけは完璧にする。……ウチの社員に、冷たい飯は食わせねぇよ」
それは、強欲な経営者の信念であり、同時に人間としての叫びだった。
だが、セレスには当然、そんな前世の事情など伝わらない。
「(社員に、冷たい思いはさせない……。一生、温めてくれるってこと……?)」
セレスの中で、アルトの株価がストップ高を更新し続けていた。
強引で、口は悪いけれど、実は誰よりも私を見てくれている。
勘違いとすれ違いが、二人の絆(?)を強固にしていく。
「……ごちそうさまでした。社長……大好きです(小声)」
「おう。完食だな(給油完了か)」
アルトは空になった皿を受け取ると同時に、懐のガイガーカウンターがけたたましい警告音を上げた。
ジジジ、ジジジ……!
「……チッ。来たか」
アルトが空を見上げる。
夕闇と共に、地面からどす黒い「霧」が湧き出し始めていた。
廃棄場特有の現象。夜になると地下の汚泥が気化し、地表を覆う『腐食性の猛毒霧』だ。
「腹が満ちたら移動だ。……ここにいたら、骨まで溶かされるぞ」
「えっ?で、でも、私……ここ数日、ずっとここにいましたけど……?」
セレスが不思議そうに首を傾げる。
「お前、気づいてなかったのか?」
アルトは計器を指差した。
「お前からは微弱だが『聖なる結界』の波長が出ていた。意識を失っていても、防衛本能で無意識に自分を守っていたんだよ。……さすがは元聖女様だ」
「あ……」
「だが、もう無理だ。さっきの戦闘と契約で、お前の魔力はスッカラカンだ。……今夜の霧を浴びれば、結界なしの生身じゃ1分で溶けるぞ」
生存の理由と、現在の危機。
その事実に気づいた瞬間、セレスの顔から血の気が引いた。
「リヤカーの簡易フィルターじゃ、あの濃度の酸は防ぎきれん。……移動するぞ」
アルトはテキパキと片付けを済ませると、リヤカーの荷台から分厚い銀色のシートを取り出した。
「これを頭から被ってろ。『対魔断熱シート』だ。走行風と多少の酸なら防げる」
「しゃ、社長はどうするんですか!?」
「俺のツナギは特注の対汚染仕様だ。ガスマスクもある。……だが、長居は無用だ」
アルトはセレスをシートでぐるぐる巻きにして助手席に固定すると、遠く霞む地平線にそびえ立つ、禍々しいシルエットを指差した。
「次の目的地は『魔王城』だ」
「えっ!?あそこは魔物の巣窟じゃ……!」
「ああ。だが、あそこの外壁は『高純度黒曜石』だ。断熱性と対毒性能は最強の建材だ」
アルトはリヤカーのエンジンを再始動させた。
ヘッドライトが、迫りくる毒の霧を照らし出す。
「今夜中にあそこへ乗り込んで、資材を奪い、ついでにこのボロ車を『完璧な家』にリフォームする。……俺たちのQOLを守るためにな!」
生存のためではない。生活水準のため。
そのブレない強欲さに、セレスはもはや恐怖ではなく、頼もしささえ感じていた。
「わかりました……!どこまでもついていきます、社長!」
「おうよ!舌噛むなよ!」
アルト・ワークスが咆哮を上げる。
迫りくる死の霧から逃れるため、そして快適な「マイホーム」を手に入れるため、二人は魔王の住処へとアクセルを踏み込んだ。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
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