ゴミ捨て場は、未実装エリアです
ガシャン。
意識の底で、空き缶が転がる音がした。
鼻をつくのは、鉄錆と腐敗臭。そして、焦げた絶縁体の匂い。
「……っ、ぐ……」
アルトは、鈍い痛みに呻きながら目を開けた。
視界はノイズ混じりの灰色。
体を起こそうとすると、全身の骨が軋む音がした。
生きている。だが、状態は最悪だ。
装備していた強化外骨格は「削除」され、着ていた服すらボロ布同然。
体中が擦り傷と打撲だらけで、HPはレッドゾーン(瀕死)だ。
「……ここが、天国の最下層かよ」
アルトはふらつく足で立ち上がり、周囲を見渡した。
見渡す限りのゴミ山。
壊れた家電、錆びたパイプ、そして正体不明の廃棄データが、うず高く積み上げられている。
遥か頭上には、雲を透かして微かに輝く「上層(楽園)」の光が見える。
「(セレスは連れて行かれた。……まずは生き残って、足場を固めねえとな)」
アルトは腹をさすった。
胃の腑には、確かな「重み(種銭)」がある。これがある限り、まだ終わっていない。
ガサゴソ……。
その時、ゴミ山の影が動いた。
這い出してきたのは、ボロボロの布を纏った人影たちだ。
痩せこけ、肌は土気色。目は虚ろで、頭には壊れたゴーグルを装着している。
アガルタのスラム住人――「電子亡者」。
「あ……あぁ……」
「ログボ……ログインボーナス……ください……」
彼らはアルトを見ると、飢えた獣のように群がってきた。
手には錆びたナイフや、尖った鉄片が握られている。
システムから切り離され、現実の痛みを忘れるために「電子ドラッグ」や「ログボ(配給)」を求めて彷徨う成れの果て。
「……チッ。歓迎会にしては湿気てやがる」
アルトは足元に落ちていた鉄パイプを拾い上げた。
重心を確認し、軽く振る。
今の彼には、これしか武器がない。
「ギギッ!……新規ユーザーだ!装備を剥ぎ取れ!」
「ポイント……よこせぇぇ!」
亡者たちが襲いかかってくる。
アルトは冷静に踏み込み、先頭の男の顎をパイプでカチ上げた。
ガゴッ!!
「まずは服だ。……悪いが、死人の服は趣味じゃねえんでな」
アルトは気絶した男たちを跨ぎ、ゴミ山に埋もれていた「工業用ビニールシート」を引っ張り出した。
ナイフで適当に穴を開け、頭から被る。
即席のポンチョ。防寒性は皆無だが、雨と汚れ、そして漏電からは身を守れる。
「さて。……店を開くには『元手』がいる」
アルトは物陰に身を隠すと、覚悟を決めて左目に手をやった。
ゲルで固定していた「義眼」に指をかけ、強引に引き剥がす。
ズリュッ。
粘着質な音と共に、赤い宝石が眼窩から外れる。
激痛。
だが、アルトは顔色一つ変えずにゲルを拭き取った。
『きゃあああっ!?なにするの社長!?』
『目が回るよー!』
『暗い!狭い!臭い!』
義眼のスピーカーから、やかましい悲鳴が響く。
中に格納されている姉妹たちだ。
「うるせえ!生存競争だ、我慢しろ!」
アルトは怒鳴りつけながら、ゴミ山を漁った。
拾い上げたのは、家電の残骸から引きちぎった「被膜付き銅線」と、壊れたドローンの残骸。
さらに、アルミホイルの切れ端を見つけると、それをレンズの周囲に巻き付けて「反射鏡」を作った。
「準備完了だ。……メシの時間だぞ、相棒(義眼)」
アルトは壁を這う太いパイプ――都市の余剰エネルギーを運ぶ「動力伝導管」に目を付けた。
被膜が劣化し、パチパチと火花が散っている。
彼は銅線を義眼の充電ポートに繋ぎ、反対側をパイプの亀裂に突き刺した。
バチチチチッ!!!
「ぐぅッ……!?」
強烈な電流がアルトの指を焼く。
盗電。
高圧電流を、自分の体を抵抗にして義眼へと流し込む荒技。
『ビリビリするー!』
『充電開始!満タンまであと3分!』
『これ違法改造だよ社長!』
姉妹たちが騒ぐ中、義眼のインジケーターが赤から緑へと変わっていく。
充電完了。
アルトは焦げた指を振って冷まし、義眼の内部設定を書き換えた。
「赤外線通信ポート、セーフティ解除。……出力リミッターをカットしろ」
彼はドローンから外したカメラレンズをポートに固定し、さらにアルミの反射板で囲った。
「通信用ダイオードを焼き切るつもりで回せ!……『過剰駆動』だ!」
スイッチを入れると、レンズの先から、通信用とは思えない高熱の赤外線ビームが収束して照射される。
簡易レーザー溶接機の完成だ。
「よし。……商品を作るぞ」
アルトはゴミ山から、まだ使えそうなコンデンサやコイルを拾い集めた。
そして、レーザーで溶接し、繋ぎ合わせる。
ジジッ、ジジジッ……。
焦げる匂いと共に、金属が溶け合う。
数分後。彼の手には、不格好だが強力な「魔力バッテリー」が完成していた。
「おい、そこのお前ら」
アルトは、遠巻きにこちらを見ていた亡者たちに声をかけた。
彼らは武器を持ってはいるが、アルトの「魔法(溶接技術)」を見て警戒している。
「ログボが欲しいんだろ?……こいつをやるよ」
アルトはバッテリーを放り投げた。
一人の亡者がそれを受け取り、恐る恐る自分のゴーグルに接続する。
ピロン♪
チャージ音が鳴り、ゴーグルの表示が明るくなった。
「あ……あぁ!電池が!画面が見える!」
「すげえ!フル充電だ!」
亡者たちが歓喜する。
スラムでは、エネルギーこそが命だ。
「対価をもらうぞ」
アルトが手を差し出す。
亡者たちは顔を見合わせた。彼らに金はない。
「金はいらねえ。……お前らが持ってる『ゴミ』をよこせ」
「ゴミ……?」
「お前らのゴーグルに溜まってる『エラーログ』や『未解析のジャンクデータ』だ。どうせ容量を圧迫して邪魔なんだろ?全部俺に送れ」
亡者たちは喜んで応じた。
彼らにとって無価値なバグデータを渡すだけで、エネルギーが貰えるのだ。
アルトの義眼に、膨大な量のデータが転送されてくる。
『うわっ、ゴミデータばっかり!』
『汚い!重い!容量いっぱいだよぉ!』
姉妹たちが文句を言うが、アルトはニヤリと笑った。
「分別しろ。……ゴミの中には『宝』が混じってるもんだ」
アルトは義眼の演算能力を使い、集めたジャンクデータを解析・統合した。
スラムに溢れるバグやエラー。それは、都市システムの「綻び」の記録だ。
それらを繋ぎ合わせ、最適化することで――
【精製完了:都市システム修正パッチ(Ver.Unofficial)】
【希少度:Aランク】
一つの「高価値データ」が完成した。
「へっ。……錬金術だ」
アルトはスラムの路地裏にある、埃を被ったATMのような端末へと向かった。
それは都市が建設された当初に設置され、今は誰も見向きもしない「旧時代の遺物」。
正規の管理者がバグを報告し、報酬を得るための窓口だ。
「こいつが生きてるのは調査済みだ。頑丈すぎて誰も壊せなかったみたいだがな」
周囲に転がる亡者の死骸を一瞥し、彼は精製したパッチデータを端末に叩き込んだ。
ガコン、ガコン、ジャララララ……!
端末が数百年ぶりに唸りを上げ、吐き出し口から大量のクレジット(電子マネー)と、現物のトークンが溢れ出した。
その額、日本円にして数千万円相当。
ゴミから作った、最初の「種銭」。
「見たか、セレス」
アルトは、空っぽの隣を見て呟いた。
そこに彼女はいない。だが、心臓(炉心)は共にある。
「俺たちの反撃(商売)は、ここからだ」
アルトは金貨を弾き、不敵に笑った。
無一文の浮浪者が、一夜にして小金持ちへ。
だが、これはまだ「仕入れ」の段階に過ぎない。
「次は『装備』だ。……上層のカジノに、いい出物があるらしいな」
彼はポンチョを翻し、上層へと続く「廃棄ダクト」を見上げた。
逆走の始まりだ。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
最下層からのリスタート。でも無価値なゴミから価値を生み出してすぐに小金持ち化。
これがアルト流です。
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