枢機卿は、深海用の電球です
閃光手榴弾の炸裂から数分後。
白煙が晴れたネフィリム号の艦橋は、静寂に包まれていた。
床には気絶した衛兵やオペレーターたちが転がっている。
「う、うう……」
その中でただ一人、枢機卿だけが意識を取り戻し、這いずっていた。
彼は豪華な法衣を煤で汚し、震える手で玉座にしがみつく。
「ば、馬鹿な……。神の船が、薄汚い商人に……」
「よう。お目覚めか、元・艦長代理」
頭上から降ってきた声に、枢機卿が顔を上げる。
そこには、淹れたてのコーヒー(要塞から持参)を片手に、彼を見下ろすアルトがいた。
その背後には、杖を構えたセレスと、スタンロッドを起動させた無機質な目のSDシスターズが控えている。
「ひっ!?き、貴様ら!」
「状況は理解できたか?お前らの負けだ。……この船の制御権は、すでに我々が頂いた」
アルトが指を鳴らすと、艦橋のメインスクリーンに「ALTOWORKS」のロゴが表示された。
物理ハッキングと、電脳空間からの姉妹たちの侵攻により、ネフィリム号のシステムは完全に掌握されていた。
「く、殺す気か……!私は枢機卿だぞ!神殿が黙っていない!」
「殺す?バカ言え。そんな『もったいない』ことするわけねぇだろ」
アルトは呆れたように首を振った。
「お前は貴重な『高出力魔力源』だ。殺して灰にするなんざ、資源の無駄遣いだ」
「な……?」
「ついて来い。お前にぴったりの『新しい職場』を用意してある」
アルトはシスターズに命じ、枢機卿を引きずって艦橋を出た。
向かった先は、艦の最下層。薄暗い予備動力室だった。
そこには、埃を被った古めかしい装置――巨大な手回し式のクランクが付いた、魔導ジェネレーターが鎮座していた。
「こいつは『魔力変換式・非常用発電機』だ。回転運動と同時に、回す者の生命力を強制的に吸い上げて電力に変える、前時代の遺物だ」
「そ、それがどうした……」
「この船のメインエンジンは、さっきの戦闘でイカれた。……今、艦内の生命維持装置は、予備バッテリーでギリギリ動いている状態だ」
アルトは枢機卿の手首に、ジェネレーターから伸びる重厚な手錠をガチャン!と嵌めた。
「お前には、今日からここが『職場』だ。……そのクランクを回して、予備バッテリーに充電し続けろ」
「は、はあ!?余に肉体労働をしろと言うのか!?」
「ただの労働じゃねえ。『命綱』だ」
アルトは冷酷に告げた。
「お前がサボれば、電力が尽きて艦内の空気が止まる。……真っ先に窒息するのは、この密閉された最下層にいるお前だ」
「ひっ……!?」
「逆に、死ぬ気で回せば、艦内の照明も空調も維持できる。お前は文字通り、この深海における『希望の光(電球)』になるんだよ」
それは、処刑よりも過酷な判決だった。
自分の命を繋ぐために、自分の生命力を削って回し続ける永久機関。
止まれば死ぬ。回しても死ぬほど辛い。
生かさず殺さず、最後の一滴まで搾り取られる「究極のブラック労働」。
「い、嫌だ!助けてくれぇぇ!」
「嫌なら回せ。……ほら、ノルマ(数字)が落ちてるぞ?」
アルトが指差した先。動力室の壁面モニターに、残酷なグラフが表示されていた。
[CurrentOutput:120W(Low)]
[Status:OxygenSupplyCritical]
[ToNextBreath:RotateFaster!]
枢機卿の労働が数値化され、可視化されている。
回転が鈍ると数値が赤くなり、連動して部屋の酸素バルブが閉じていくシステム。
「ひぃぃっ!回す!回すから空気をくれぇぇ!」
ギコ、ギコ、ギコ……!
必死の形相でクランクを回す枢機卿。数値が『150W(OK)』になり、プシューッと新鮮な空気が供給される。
生きるために回し、回すために生きる。
完璧な「管理労働システム」の完成だった。
「いいザマだ。……せいぜい社会(俺たち)の役に立って死ね」
アルトは満足げに頷き、動力室を後にした。
・ ・ ・
再び艦橋。
アルトはメインコンソールの前に座り、ネフィリム号の深層データ(ブラックボックス)にアクセスしていた。
この船がただの潜水艦ではないことは、構造を見れば明らかだった。
「……やっぱりな。ビンゴだ」
「社長、何かわかったんですか?」
セレスが覗き込む。
モニターには、古代語で記された膨大な航海日誌と、設計図が表示されていた。
「この船は『潜水艦』じゃねえ。……遥か昔、この星の外からやってきた『恒星間移民船』の、脱出用居住ブロックだ」
「移民船……?星の外……?」
「ああ。神殿の連中は、これを『神の箱舟』として崇めているが、実態はただの『救命ボート』だ」
アルトはデータをスクロールさせる。
そこには、衝撃的な事実が記されていた。
【警告:惑星マナ枯渇率、92%を超過】
【環境維持機能、崩壊まであと数年】
【推奨:即時、惑星からの離脱】
「……なっ」
セレスが絶句する。
アルトの表情も険しい。
「海が汚れていたのは、毒のせいだけじゃねえ。……星そのものの寿命が尽きかけていて、自浄作用を失っているんだ」
「そ、そんな……。じゃあ、この世界は……」
「ああ。もうすぐ死ぬ(倒産する)」
アルトは乾いた笑いを漏らした。
魚が死に、作物が育たなくなっているのは、環境汚染ではなく「老衰」だったのだ。
これは、どれほど金を積んでも、どんな技術を使っても修理不可能な「物理的限界」だ。
「沈む泥船だ。……修理じゃ間に合わん」
アルトはコンソールを叩き、一つのデータを抽出した。
それは、ネフィリム号のナビゲーションシステムに残されていた、「帰還プログラム」の座標データ。
【目的地:天空都市アガルタ(防衛中枢)】
【ルート:大気圏突破ゲート】
「……だが、逃げ道はある」
アルトの瞳に、野心と決意の炎が灯る。
彼はセレスの手を取り、力強く宣言した。
「セレス。……『空』へ行くぞ」
「空……ですか?」
「ああ。この船は元々宇宙船だ。こいつの装甲を使えば、あの大気圏を突破できる」
このまま地上で座して死を待つか。
それとも、全財産を賭けて、未開の空へ飛び出すか。
商売人としての勘が告げていた。
最大のビジネスチャンス(生存ルート)は、雲の上にあると。
「新しい市場の開拓だ。……準備しろ、忙しくなるぞ」
深海の底で回る発電機の音を聞きながら、アルトは遥か天空を見上げた。
次なる戦場は、星の彼方だ。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
次回、いよいよ第二章最終回!
深海魚の寿司パーティと、次なる野望。
アルト商会の快進撃は止まりません。
ブックマーク・評価で応援をお願いします!




