有線接続は、最強のハッキングです
アルト・ワークスは、深海を切り裂く魚雷と化していた。
重力結界で水圧を弾き、MHD推進で加速する要塞は、逃走する神殿船ネフィリムとの距離を一瞬で詰める。
『後方より熱源接近!速い!振り切れません!』
『迎撃しろ!魚雷発射!』
ネフィリム号の後部発射管から、魔法魚雷が放たれる。
だが、アルトは眉一つ動かさない。
「遅い」
彼は操縦桿を僅かに倒した。
要塞の周囲に展開された重力結界が偏向し、迫りくる魚雷を「斥力」で弾き飛ばす。軌道を逸らされた魚雷は、何もない深海で虚しく爆発した。
「射程圏内!……取り付くぞ!」
ドォォォン!!
要塞がネフィリム号の側面に激突した。
いや、激突する寸前で「重力ブレーキ」をかけ、相対速度をゼロに合わせてソフトランディング――というには乱暴すぎる勢いで、船体に接触した。
「重力アンカー、全門射出!逃がすな!」
ガシュン、ガシュン、ガシュンッ!!
要塞の底面から、鋭利なスパイクを備えた複数のアンカーが射出される。
それらはネフィリム号の装甲に深々と突き刺さり、二つの巨体を物理的に結合させた。
『なっ、張り付かれた!?』
『振りほどけ!』
ネフィリム号が暴れるが、重力制御で質量を増大させた要塞は、巨大な寄生虫のように離れない。
「捕まえたぜ。……だが、この深度でただ穴を開けりゃ、水圧で艦内が水浸しだ」
アルトは冷静に、重力制御の出力を調整した。
「重力結界、指向性展開!接地面の海水を排除して『ドライドック』を作れ!」
ブォォォン!
要塞を包んでいた真空の泡が変形し、ネフィリム号の装甲に吸盤のように密着する。
接合部の海水が弾き出され、ドリルを打ち込むための「無水空間」が確保された。
「よし、防水完了。……ここからは『開錠作業』だ」
アルトはコンソールの右側にある、厳重なカバーで覆われたスイッチを弾いた。
要塞の側面ハッチが開き、そこから異様な輝きを放つ「巨大なドリル」がせり出してくる。
その刃は、かつて魔王城の門に使われていた神話級金属――アダマンタイトを、錬金術で鋳造し直した特注品だ。
「相手は古代の遺産だ。生半可なドリルじゃ刃が立たん。……だが、同じ硬度の金属なら話は別だ」
アルトは左目の眼帯を外し、「ベリアルの義眼」を接続したインターフェースを起動した。
赤く光る義眼が、ネフィリム号の装甲をスキャンする。
『解析開始。……装甲材質、未確認合金。固有振動数、特定完了』
システム音声(姉妹の声)が響く。
「硬いなら、砕けばいい。……『超音波振動』、同調開始!」
キィィィィィィン……!
アダマンタイト・ドリルが、耳をつんざくような高周波で振動を始める。
敵の装甲の「固有振動数」に合わせて振動させることで、分子結合を強制的に解く「共振破壊」。
「貫けェッ!!」
ギャリリリリリリリッ!!!
振動するドリルが、ネフィリム号の側面に押し当てられた。
通常なら弾かれるはずの超硬装甲が、まるで砂の城のように崩れ、ドリルに飲み込まれていく。
火花ではなく、装甲が霧状に分解される光景。
『そ、装甲融解!第三隔壁、突破されました!』
『バカな!オリハルコン合金だぞ!?なぜ穴が開く!』
枢機卿の悲鳴を他所に、ドリルは正確に狙った一点――装甲の下に隠されていた「メンテナンス用接続ポート」へと到達した。
「貫通確認!……ドリル収納、マニピュレーター展開!」
穴の開いた装甲から、ドリルが引き抜かれる。
結界による防水空間のおかげで、浸水はない。
代わりに伸びたのは、一本の太いケーブルを掴んだ作業用アームだ。
「今の時代、無線(Wi-Fi)なんてジャミングされれば終わりだ。セキュリティも堅い。……だがな」
アルトはニヤリと笑った。
「物理的に『LANケーブル』を直挿しされちゃ、ファイアウォールもクソもねえんだよ!」
ガシュッ!!
アームがコネクタをねじ込んだ瞬間――
バチチチチチチッ!!!!
接続部から、青白いプラズマの火花が爆発的に噴き出した。
あまりのデータ量に、要塞をつなぐ極太ケーブルが蛇のようにのたうち回り、赤熱して発光する。
艦内でもコンソールから煙が上がり、火花が散る。
「ぐっ!?すげえ『情報の逆流』だ……!セキュリティが物理的に殴り返してきやがる!」
アルトの顔に火花が振りかかる。
「だが、繋がっちまえばこっちのモンだ!ねじ伏せろ!!」
物理接続、完了。
「よし、パス開通!……おい、ニートども!仕事の時間だぞ!」
アルトが義眼サーバーに向かって怒鳴る。
瞬間、要塞内の空気が変わった。
『はーい!出勤しまーす!』
『お菓子分は働くよ!』
『敵艦システムへ、侵攻開始!』
電脳リゾートでくつろいでいた数百人の「量産型聖女(の魂)」たちが、一斉にケーブルを通じてネフィリム号のネットワークへと雪崩れ込んだ。
彼女たちはただの少女ではない。神殿によって作られた、並列演算処理に特化した生体CPUの集合体だ。
・ ・ ・
ネフィリム号の艦橋。
突然、全てのモニターが真っ赤に染まった。
『警告!システム侵入!制御権限が奪われています!』
『ファイアウォール、突破!早すぎる、なんだこの演算速度は!?』
オペレーターたちが絶叫する。
画面には、無数のウィンドウがポップアップし、システム領域を食い荒らしていく。
それはウイルスプログラムではない。
数百人の「意思」が、手作業で高速かつ的確に、艦の制御を書き換えているのだ。
「止めるんだ!回線を切れ!物理的に切断しろ!」
枢機卿が叫ぶが、もう遅い。
艦内の照明が明滅し、重力制御が狂い始める。
『動力炉、停止!』
『隔壁閉鎖!艦内空調、制御不能!』
『ダメです、こちらの操作を受け付けません!』
アルト・ワークスのコックピットで、アルトはコーヒーを飲みながら、制圧されていく敵艦のステータス画面を眺めていた。
「物理で穴を開けて、有線で流し込む。……これぞ最強のハッキングだ」
野蛮で、原始的で、それゆえに防ぎようがない。
神殿の誇る古代船は、たった一本のケーブルから注ぎ込まれた「悪意(と姉妹たちの労働力)」によって、機能不全に陥った。
「メインシステム掌握完了。……さて、次は艦内の『害虫駆除』だ」
アルトはセレスを見た。
彼女は杖を握りしめ、緊張した面持ちで立っている。
「セレス、準備はいいか?艦内にはまだ武装した兵士がウジャウジャいる。……お前の『妹たち』を使って、制圧してこい」
「……はい!彼女たちを、もう誰にも利用させません!」
セレスの瞳に、決意の炎が宿る。
彼女はもはや、守られるだけの聖女ではない。数百の魂を背負う、戦場の指揮官だ。
「SDシスターズ、および戦闘用ドローン、全機起動!……突入!」
接続されたケーブルの横、エアロックが開放される。
そこから、可愛らしくも凶悪な機械の軍勢が、敵艦内部へと飛び込んでいった。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
無線がダメなら有線で刺す。魔法の世界でも、物理レイヤーは最強です。
物語は決着へと向かいます。
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