魔獣は、美味しい食材です
轟音と共に、リヤカーの側面ハッチが開放された。
そこから飛び出したのは、光り輝く魔法の砲身――ではない。
無骨で、凶悪な回転音を上げる、巨大な「吸引ノズル」だった。
「さあ、開店だ!……主砲『次元集塵撃』、起動!!」
アルトが叫び、コンソールのレバーを引く。
その額には、ガスマスクの下で冷や汗が流れていた。
「(頼むぞ……!この一撃に、セレスから吸い上げた魔力の8割を突っ込んだ!外せばエネルギー枯渇(ガス欠)で即・倒産(死)だ!)」
経営者の心労を知らぬまま、ノズルの先端に物理的な「吸引フィールド」が発生する。
ズオオオオオオオオオオッ!!!
空間ごとねじ切るような吸引力が、迫りくる汚染魔獣を捉えた。
「ギ、ギャオッ……!?」
魔獣の悲鳴が裏返る。
全長5メートルの巨体が、抗う間もなく空中に浮き上がり、ノズルに向かって一直線に吸い込まれていく。
まるで、巨大な掃除機に吸われる塵のように。
「骨が硬ぇな……!『粉砕』モード、起動!」
ガリガリガリガリガリッ!!
リヤカー内部のブラックボックスから、身の毛もよだつ粉砕音が響く。
セレスは青ざめて耳を塞いだ。
今、自分の背後で、生物が「加工」されている。
「汚染部位と魔石を遠心分離!毒素抽出ライン、全開!」
ブシュゥゥゥゥゥッ!!
リヤカーの底面に設置された排出口から、ドス黒く濁った粘液が勢いよく吐き出された。
地面に落ちた瞬間、ジューッという音と共に土を溶かす猛毒の廃液。
鼻が曲がるような刺激臭が立ち込める。
「ひっ……!」
「ビビるな、ただの搾りカスだ。……よし、浄化完了。仕上げだ、摩擦熱で『瞬間加熱』!!」
アルトが手元の電卓を弾くように、次々とスイッチを切り替える。
彼の脳内では、高速で損益分岐点の計算が行われていた。
「(弾薬費ゼロ。燃料費はセレス持ち。加工コストは最小限……。よし、この歩留まりなら『黒字』だ!)」
シュゴオオオオオオオッ!
リヤカー後部の排気口から、猛烈な白い蒸気が噴き出した。
同時に漂うのは、先程までの死臭ではない。暴力的に食欲をそそる、肉の焼ける匂い。
「加熱完了。真空パック、封入」
コロン、コロン。
システム音声と共に、上部のトレイから転がり出てきたのは――数個の「銀色のブロック」と、輝く「魔石」だった。
湯気を立てる熱々の真空パック。
表面には無機質なフォントで『TYPE-B(BOAR)/1.5kg』と印字されている。
「……え?」
セレスは呆然と、それを凝視した。
さっきまで私たちを殺そうとしていた怪物が。
わずか数秒で、手のひらサイズの「商品」に変わっていた。
「ふぅ……。上出来だ、新入り」
静寂が戻った荒野で、アルトがガスマスクを外し、乱暴に汗を拭った。
そして、足元のパックを一つ拾い上げると、セレスに放り投げてよこした。
「ほらよ。初任給だ」
「こ、これは……?」
「さっきの豚だ。食え」
「へ……?」
セレスの思考が追いつかない。
魔獣を?食べる?
汚染された魔獣の肉は猛毒だ。食べれば一瞬で死に至る。それがこの世界の常識だ。
それに、なぜこんな綺麗な包装がされているのか。
「……あ、あの。これ、なんでこんな袋に……?」
「保存のためだ。当たり前だろ」
アルトは心底不思議そうに答えた。
「いいか?生物は死んだ瞬間から『腐敗』が始まり、資産価値が暴落する。俺は『損』が大っ嫌いなんだよ。だから、鮮度を永遠に固定するために、この真空パック機能を最優先で実装した」
狂気じみた合理性。
戦闘機能よりも先に、資産保全(鮮度維持)機能を組み込んだというのか。
「さあ、食え。毒素はさっきので全部抜けた」
「で、でも……魔獣ですよ……?」
セレスの手が震える。
頭では理解しても、本能が拒否している。
これを食べたら死ぬかもしれない。
グゥゥゥ……。
だが、彼女の腹は正直だった。
肉の焼ける匂いが、理性を揺さぶる。
数日間、泥水しか飲んでいない体は、限界を超えていた。
「……チッ。疑い深いな」
アルトは舌打ちし、もう一つのパックを開けた。
プシュッ!
芳醇なガーリックソースの香りが弾ける。
「見てろ」
彼は躊躇なく、分厚い肉塊にかぶりついた。
ガブッ、ムシャムシャ、ゴクリ。
喉が鳴る。
「……ん。焼き加減はレア寄りか。悪くねえ」
アルトは口元を拭い、ニヤリと笑った。
「ほら、死んでねえだろ?……俺は自分の商品を一番信用してるんでな」
その言葉と行動が、最後の壁を壊した。
セレスは震える手でパックを開けた。
立ち昇る湯気。
意を決して、小さな一口を口に運ぶ。
「(……いただきます)」
口の中に広がったのは、死の味ではなかった。
濃厚な肉の旨味と、脂の甘み。そして、生きるための熱量だった。
「……っ!」
「どうだ?俺の技術は」
「……おいしい……。すごく、おいしいです……!」
ポロポロと、大粒の涙がこぼれ落ちた。
美味しい。温かい。
誰かに食事を与えられること。それがこんなにも幸せなことだなんて、忘れていた。
自分はもう「廃棄物」ではない。
食べて、消化して、明日を生きようとする「人間」なのだ。
「……んむ。ならいい」
アルトは、涙を流して肉を頬張るセレスを見て、バツが悪そうに顔を背けた。
その耳がわずかに赤くなっていることに、セレスは気づかなかった。
「いいかセレス。貧困から脱出する鍵は『食料自給率』だ。……敵を倒すだけじゃ一文の得にもならん。だが、敵を『食料』に変えれば、食費が浮く」
アルトは空になったパックを握りつぶした。
「これが『拡大再生産』だ。……生き残りたければ、奪った命を血肉に変えろ」
荒野に、二人が食事をする音だけが響く。
それは、世界を変える「アルト商会」の、ささやかで力強い最初の宴だった。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
聖女様、祈りを捨てて「燃料」へ!そして謎のエコ・クッキング! 少しでも「面白かった!」「あのパックの中身は何!?」と思っていただけたら、 ブックマークや評価(ページ下の☆☆☆☆☆)で応援いただけると嬉しいです!




