遭難信号は、美味しいルアーです
神殿船ネフィリムから数キロ離れた海域。
海流に乗って静かに潜航する移動要塞の中で、アルトは作戦会議を開いていた。
「いいか。正面からあのデカブツ(ネフィリム)と撃ち合うのはコストの無駄だ」
アルトはモニターに映る300メートル級の巨艦を指差した。
腐っても神殿の旗艦だ。強力な結界と迎撃兵装を備えている。まともにやり合えば、こちらの弾薬費(経費)が嵩むし、せっかくの「商品(船体)」が傷つく。
「商売の基本は『競合の自滅』を待つことだ。……だが、待ってるだけじゃ日が暮れる。だから背中を押してやる」
アルトは不敵に笑い、セレスを見た。
「セレス、出番だ。お前のその『無駄に美味そうな魔力』を撒き餌にする」
「えっ?美味そう……ですか?」
「ああ。魔物にとって、高純度の魔力は極上の御馳走だ。特にお前のはS級の輝きを放ってる。……こいつを増幅して垂れ流せば、腹を空かせた『海の掃除屋』が釣れるはずだ」
魔物誘引作戦。
自分たちで手を下さず、野生の脅威を誘導して敵を削らせる、効率的かつ悪辣な戦術。
「でも社長、そんな強力な信号を出したら、私たちも襲われませんか?」
「そこは『新入り』たちの仕事だ。……おい、聞こえるか?」
アルトが義眼サーバーに呼びかけると、コンソールのスピーカーから、賑やかな声が返ってきた。
『はーい!準備できてるよー!』
『座標計算、完了!誤差修正よし!』
『お姉ちゃんの魔力、増幅器に接続!』
電子の精霊となった量産型聖女たちだ。
彼女たちは電脳リゾートの快適なデスク(お菓子の家)から、要塞の電子制御系を掌握し、完璧なオペレーションを行っていた。
「彼女たちに、お前の魔力波形を指向性の『極超短波』に変換させる。……つまり、全方位にばら撒くんじゃなく、特定の『獲物』に向けてピンポイントで『ご飯だよー』と囁くわけだ」
そうすれば、要塞の位置を悟られずに、特定の魔物だけをネフィリムへ誘導できる。
「狙う獲物は、この海域のヌシ……『深海大王イカ(クラーケン)』だ」
アルトがターゲットを指定した。
全長100メートルを超える、深海の悪夢。ネフィリム号にとっても脅威となる化け物だ。
「よし、作戦開始!……餌を撒け!」
「はいっ!いきます……!」
セレスが杖を構え、魔力を放出する。
本来なら周囲に拡散するはずの光が、システムに介入した姉妹たちの演算によって、一本の目に見えない「糸」へと収束していく。
『リンク確立!出力1200%!』
『美味しい匂い、届けー!』
ビシュゥゥゥン!!
要塞のアンテナから、圧縮された魔力信号が深海に向けて射出された。
それは人間には知覚できないが、魔物にとっては抗いがたい「食欲の爆弾」だった。
数分後。
ソナー担当の姉妹から、緊迫した(しかし楽しげな)報告が入った。
『反応あり!深度5000から急浮上中!……すっごく大きいよ!』
『進路、計算通り!ネフィリム号に向かってる!』
「来たか。……全艦、隠蔽率最大!高みの見物といこうぜ」
アルトは照明を落とし、エンジンの出力を絞った。
そして、モニターに映るネフィリム号の様子を注視する。
ズズズズズ……!
突如、ネフィリム号の直下の海面が、山のように隆起した。
轟音と共に、海が割れる。
「ギョオオオオオオオオオッ!!」
現れたのは、船体をも絡め取るほど巨大な触手と、憎悪に燃える巨大な目玉。
クラーケンだ。
セレスの魔力(匂い)に釣られて浮上したが、その匂いの発生源(要塞)はステルスで隠れている。
結果、目の前にいた「魔素を垂れ流す巨大な船」を、餌の正体だと誤認したのだ。
『敵襲!敵襲ゥゥッ!』
『バカな、なぜこんな浅瀬にクラーケンが!?』
『結界が持たん!迎撃しろ!』
ネフィリム号は大混乱に陥った。
巨大な触手が船体に巻き付き、締め上げる。バリバリと結界が悲鳴を上げ、装甲がひしゃげる音が海中に響き渡る。
「うわぁ……。すごい締め付けです……」
「いいぞ、その調子だ。もっと締めろ、もっと暴れろ」
セレスが顔をしかめる横で、アルトはポップコーン(帝国で仕入れた乾燥コーンの試作品)を頬張りながら、悪魔のように笑っていた。
「装甲が歪み、弾薬を浪費し、乗員が疲弊する。……俺が何もしなくても、敵の資産価値(HP)がどんどん削れていく。最高のショーだ」
数十分後。
ネフィリム号は必死の抵抗でクラーケンを追い払いつつあったが、その代償は大きかった。
船体はあちこち破損し、メインエンジンからは黒煙が上がっている。結界の出力も虫の息だ。
「……さて。頃合いだな」
アルトはポップコーンのカスを払い、襟を正した。
敵が弱りきり、喉から手が出るほど助けを求めている、絶妙なタイミング。
「セレス、通信機を開け。……『営業』の時間だ」
「はい、社長。……本当に性格が悪いですね(褒め言葉)」
セレスが苦笑しながら回線を開く。
アルトはマイクに向かって、とびきり爽やかな「救助隊」の声色を作った。
「指向性音響波、照射。……相手の受信許可なんざ知ったことか。船殻を直接振動させて、無理やり声を届けてやる」
ブォォォン……。
要塞から放たれた不可視の音波が、ネフィリム号の装甲に命中し、船体全体をスピーカーとして振動させた。
『――こちら、民間軍事会社「アルト商会」。そちらの船、随分と困っているようですね?』
船内中に響き渡る大音響。
パニック状態のネフィリム号の乗員たちは、天井を見上げた。
『な、何者だ!?我々は聖光教の巡礼船だぞ!』
『おやおや、神聖な船が怪物に襲われて沈没寸前とは。神のご加護が足りないのでは?』
アルトは嘲笑を含んだ声で畳み掛ける。
『ですがご安心を。我々はプロです。……「有料」でよければ、その厄介なタコ(イカですが)を追い払い、安全な港まで曳航して差し上げますが?』
それは救済の提案ではない。
足元を見まくった、悪魔の商談だった。
「さあ、選べよ枢機卿。……『プライドを抱いて沈む』か、『金を払って助かる』か」
アルト・ワークスが、擬態を解いて姿を現す。
混乱する戦場に、漆黒の要塞が悠然とエントリーした。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
まさかのクラーケン釣りから、マッチポンプ回収。
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