廃棄聖女は、S級の生体CPUです
死の海を、気泡を纏った要塞が疾走する。
アルト・ワークスは、汚染源である神殿船『ネフィリム』へと肉薄していた。
「……動きがあるぞ」
操縦桿を握るアルトが目を細める。
重力波レーダーが、前方の巨大船から何かが放出されたことを捉えたのだ。
攻撃ではない。ネフィリム号の底部ハッチが開き、無数の「小さなカプセル」が次々と海中へ投棄されている。
「ゴミ捨てか?余裕なこったな」
「待ってください社長!あれ……中に『人』がいます!」
モニターを凝視していたセレスが悲鳴を上げた。
重力波レーダーは、カプセル内部に微弱な、しかし確かな生体反応を検知していた。それも一人や二人ではない。数百という数だ。
「人だと?……死体処理か?」
「いいえ、生きてます!でも、すごく弱ってる……!」
アルトは舌打ちし、進路を変更した。
沈んでいくカプセルの一つに、要塞を急接近させる。
サブアームを伸ばし、泥に埋もれかけていたカプセルを回収。エアロックを経て、艦内の解体ドックへと引き込んだ。
プシューッ……。
ドックの照明の下、泥にまみれたカプセルが鎮座する。
それは粗末な鉄製の棺桶だった。表面には『試作体・廃棄』という無機質な焼き印が押されている。
アルトがバールで蓋をこじ開けた。
「……ッ!?」
中を見た瞬間、セレスが息を呑み、その場に崩れ落ちそうになった。
そこにいたのは、セレスと同じ銀色の髪を持つ少女だった。
年齢は10代前半。だが、その肌は陶器のようにひび割れ、隙間から青白い光(魔力)が漏れ出している。
彼女は虚ろな目で天井を見つめ、浅い呼吸を繰り返していた。
「……あ……う……」
「ひどい……。体が、ボロボロです……」
セレスが駆け寄り、治癒魔法をかけようとする。
だが、アルトがその手を掴んで止めた。
「無駄だ。見ろ」
アルトは少女の腕を指差した。
そこには『No.403-Error』という焼き印があった。セレスの番号が『402』だったことを思い出させる。
「こいつらは『量産型聖女』だ。……お前と同じ因子を使って培養された、紛い物のコピー品だ」
神殿は、セレスという成功例をもとに、さらなる魔力供給源(電池)を作ろうとしたのだろう。
だが、技術が未熟だったのか、あるいはコストカットの結果か。
彼女たちの肉体は、自身の魔力出力に耐えきれず、細胞レベルで自壊を始めていた。
「魔力回路の暴走による多臓器不全。全身の細胞が壊死しかかっている。……もう手遅れだ。どんな名医でも治せねえ」
技術屋としての冷徹な診断。
それは、彼女にとっての死刑宣告だった。
「そんな……!助けてください社長!彼女は、私の妹みたいなものなんです!」
セレスが涙ながらに懇願する。
だが、アルトは首を横に振った。
「『修理』は不可能だ。ハードウェア(肉体)が寿命を迎えてる。無理に延命しても、苦しみを長引かせるだけだ」
アルトは棺桶の中の少女を見た。
彼女には自我がほとんどないように見えた。神殿によって思考を奪われ、ただ祈るだけの道具として消費され、壊れたら捨てられた。
資源の無駄遣い。命の冒涜。
何より、その杜撰な管理体制に、アルトの職人魂が激怒した。
「……チッ。胸糞悪い連中だ」
アルトは懐から、一つの「宝石」を取り出した。
それはベリアルから奪った、赤く輝く高性能義眼。
移動中に解析を済ませていたそれは、魔王城のシステムと同じ古代規格で作られた、超高密度の演算結晶体だった。
「肉体は救えねえ。……だが、中身だけなら救えるかもしれん」
「えっ?」
「『魂魄転写』だ」
アルトは要塞のメインコンソールに義眼を接続し、キーボードを叩いた。
「この義眼の中身をフォーマットして、空っぽの『器』にした。……彼女たちの意識データを肉体から切り離し、このクリスタルの中に移住させる」
それは、肉体を捨てるという究極の選択。
だが、このまま海に沈んで藻屑になるよりは、遥かにマシな希望だった。
「やるぞ。……おい、聞こえるか?」
アルトは少女の耳元で呼びかけた。
「お前の体はもう動かん。だが、魂だけでいいなら、俺が雇ってやる。……どうする?暗い海で死ぬか、俺のところで働くか」
少女の虚ろな瞳が、わずかに揺れた。
彼女は震える手で、セレスの服の裾を掴んだ。
――生きたい。
言葉にはならなくても、その意思は伝わった。
「契約成立だ。……セレス、リンクを手伝え!彼女たちの魂を引っこ抜いて、この義眼へ叩き込む!」
「は、はいっ!」
セレスが魔力を注ぎ、アルトが術式を構築する。
要塞のサブアームがうなりを上げ、棺桶の側面にある「外部接続ポート」へと物理プラグを突き刺した。
ガシュッ!
「パス開通!転送開始!」
少女が光に包まれる。
同時に、アルトは船外のサブアームを総動員し、海中を漂う他の数百の棺桶からも、次々とプラグを接続して「光の魂」を回収していった。
ヒュン、ヒュン、ヒュン……。
無数の光の粒子が、ケーブルを通じて赤い義眼の中へと吸い込まれていく。
やがて、すべての光が収まると、少女たちの肉体は糸が切れたように崩れ落ち、さらさらと砂のように風化して消えた。
「……っ!?」
「驚くな。こいつらの体は、無理やり魔力で結合を維持していただけだ。コア(魂)を抜けば、細胞の結びつきが解けて土に還る。……自然なことだ」
アルトの網膜には、高速で流れる転送ログが表示されていた。
[System:Soul_DataMigrationInitiated...]
[Target:403_Clone_Series(Quantity:328)]
[TransferRate:50TB/sec]
[████████████░░░░]72%...
「よし、パケットロスなし。……ハッシュ値、一致」
それは昇天でも浄化でもない。
物質世界から電脳世界への、完全なる「データ移行(引越し)」だった。
アルトが額の汗を拭う。
ドックには静寂が戻っていた。数百人の命が消え、そして形を変えてここに在る。
「社長……あの子たちは?」
「中を見てみろ。……俺が突貫で作った『社員寮』だ」
アルトはモニターに、義眼内部の仮想空間(VR)の映像を映し出した。
そこは、青い空と白い雲、お菓子の家が並ぶ楽園だった。
健康な体を取り戻した少女たちが、そこで走り回っている。
「よかった……みんな、無事なんですね……」
「ああ。だが、タダ飯ぐらいを養う余裕はウチにはねえぞ」
アルトはニヤリと笑い、コンソールに新たなコマンドを入力した。
「おい、新人ども!聞こえるか!助けてやった礼に、早速働いてもらうぞ!」
『えー!?』『もう仕事ー?』
スピーカーから不満げな、しかし元気な声が返ってくる。
「お前らに新しい『制服』と『体』を支給する。……そこのポンコツどもを使え」
アルトが指差したのは、部屋の隅で待機していた3体の「SDシスターズ」だった。
可愛らしいメイド服を着た、しかし中身は戦車並みの出力を持つ怪物たち。
「こいつらはパワーだけなら最強だが、AIが馬鹿すぎて掃除しかできねえ。……宝の持ち腐れだったんだよ」
アルトは義眼と、SDシスターズの制御回路を無線リンクさせた。
「お前らの『並列演算能力』と『魂』があれば、このハイスペックな機体を完璧に使いこなせるはずだ。……ログインしろ!」
『わぁ!可愛い服!』
『動ける……!私、外に出られるの!?』
ヒュンッ!
義眼からデータが飛び、SDシスターズの目が輝いた。
これまでのような無機質な光ではない。知性と感情を宿した、人間の瞳。
「――テスト動作、開始シマス」
中央のシスターズ(シスター・ワン)が、ゆっくりと片足を上げた。
そして、バレリーナのように優雅にクルリと回転し、音もなく着地した。
その動きには、以前のカクカクした機械的な硬さは微塵もない。
人間以上に滑らかで、それでいて爆発的なエネルギーを秘めた挙動。
「すごい……!まるで生きているみたい……!」
「当然だ。中身は『人間』なんだからな」
アルトは満足げに頷いた。
戦車並みのハードウェアに、聖女クラスのソフトウェア(魂)。
ここに、最強のハイブリッド・メイドが誕生した。
「これなら戦闘はもちろん、精密作業から『ダンス』まで何でもこなせるな。……多機能な人材だ」
『マスター!この体、凄いです!力が溢れてきます!』
『お姉ちゃん!私、強くなったよ!』
シスターズがセレスに抱きつく。
その小さな体からは、温かい駆動熱が伝わってきた。
「ありがとうございます……!社長、本当に……!」
セレスが涙ぐむ。
アルトは照れくさそうに顔を背け、モニターの地図を睨んだ。
「礼なら仕事で返せ。……さあ、人員は揃った」
アルトは獰猛に笑った。
「あいつらは『人材』をゴミのように捨てた。その報いは、きっちり払ってもらうぞ」
数百人の「電子の精霊」と、最強の「義体」を手に入れた移動要塞。
その矛先は、非道な神殿船へと向けられた。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
第17話、新ヒロイン(?)加入回です!
次回、いよいよ敵艦へカチコミ!
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