5億は、実質無料です
カッ――――!!!!
世界を塗りつぶした絶対的な白が、徐々に薄れていく。
視界を取り戻した皇帝ゼノグラシア三世が、恐る恐る目を開けると――そこには、「無」が広がっていた。
先程まで広場を蹂躙していた30メートルの巨獣、ヘカトンケイルの姿はどこにもない。
あるのは、綺麗に抉り取られた地面のクレーターと、キラキラと舞う光の粒子(分子崩壊の残滓)だけ。
「……消え……た……?」
皇帝が震える声で呟く。
再生能力を持つ神話の怪物が、肉片ひとつ残さず消滅したのだ。
それを成したのは、目の前に鎮座する漆黒の移動要塞。
プシューッ……。
要塞の砲身から、熱気が排出される。
コックピットで、アルトはサブモニターを確認し、口元を歪めた。
【格納庫:『第3世代・永久機関(炉心)』、回収完了】
【状態:極上(損傷なし)】
「落下防止用・重力把持」のおかげで、泥一つつかず綺麗な状態で確保できた。
完璧な「盗み」だ。残りの死体は分子崩壊させたため、証拠も残っていない。
「……手術成功だ。いい腕だぞ、セレス」
アルトが振り返る。
だが、返事がない。
隣の席で、セレスがぐったりと項垂れていた。全身から湯気が上がっている。肌は茹でたように赤く、呼吸が浅い。
耐熱仕様の作業服ですら防ぎきれないほどの高熱が、彼女の身体を内側から焼いている。
「……ッ!排熱限界か!」
アルトは舌打ちし、即座に懐から「闇競売」の入札端末を叩いた。
画面には、以前から狙っていた商品のページが表示されている。
【古代遺産:天女の羽衣】
現在価格:5億ゴールド
残り時間:あと10分
合理的に考えれば、もっと安い冷却装備で代用するべきだ。
5億あれば、国が買える。城が建つ。一生遊んで暮らせる。
商売人なら、迷う余地はない。
「…………」
だが、アルトは瀕死のセレスを見た。
ボロボロの作業着。煤だらけの頬。
聖女として生まれ、廃棄物として捨てられ、それでも自分のために命を削って戦った少女。
そんな彼女に、一生「ゴム製の冷却スーツ」や「氷枕」で我慢させるのか?
「……ふざけるな」
アルトは吐き捨てた。
効率?利益?知ったことか。
俺の「相棒」に相応しいのは、安物じゃない。
ポチッ!!
彼は迷わず、【即決価格:5億ゴールド】の購入ボタンを叩き潰した。
さらに、追加オプションのチェックボックスも連打する。
【EXオプション:超空間・即時転送(+1000万G)】
「送料だけで豪邸が建つぞクソがッ!足元見やがって!」
『残高不足(InsufficientFunds)』
無情なエラー音。
アルトの手元には、数千万ゴールドしかない。
帝国の入金を待っている時間はない。セレスの命が尽きるのが先か、金が入るのが先か。
「チッ……!悠長に請求書を出してる暇はねえな」
アルトは操縦席を飛び出し、セレスを抱きかかえると、タラップを蹴破って外へ飛び出した。
広場には、呆然とする皇帝と、センサーを焼かれて膝をつくベリアルがいる。
「皇帝陛下!!」
アルトの怒号が響く。
彼は瀕死のセレスを見せつけるように抱き寄せ、切羽詰まった表情(これは演技ではない)で叫んだ。
「怪物は消した!だが、周辺大気にはまだ高濃度の『残留魔素』が漂っている!このままじゃ1秒遅れで帝都は死の街だ!」
「な、何だと!?」
「契約金5億ゴールド!これを『今すぐ』払え!小切手や後払いは受け付けん、今ここで『魔道送金』しろ!!」
恐怖と安全を天秤にかけた、究極の恐喝。
だがその裏には、「1秒でも早く彼女を助けたい」という、計算外の焦りがあった。
「わ、分かった!直ちに支払う!民を救ってくれ!!」
皇帝は顔面蒼白になり、懐から王権の証である「決済用・竜の指輪」を外し、アルトの端末にかざした。
国庫の封印を解く、緊急コード。
「我が王権の名において命ず……開錠!」
パリンッ!!
認証と同時に、皇帝の指輪が砕け散った。
一度きりの緊急権限行使。国の貯蓄を切り崩す、文字通りの身を切る決済。
ピロン♪
【入金確認:500,000,000G】
着金。
アルトはその画面を確認するよりも早く、端末の「再決済」ボタンを連打していた。
「落ちろぉぉぉッ!!」
【落札成功(SoldOut)】
【転送開始……】
空間が歪む。
アルトの頭上に魔法陣が展開され、そこから光り輝く「商品」が舞い降りてきた。
純白のレースと蒼玉で織り上げられた、神話のドレス。
触れるだけで大気を凍らせる、絶対零度の呪物。
「来いッ!『天女の羽衣』!!」
アルトはドレスを掴み取ると、躊躇なくセレスの体に押し当てた。
本来なら、触れた瞬間に凍死する。
だが。
ヒュオオオオオ……。
セレスの高熱と、ドレスの冷気が衝突した瞬間、奇跡が起きた。
爆発ではない。
ドレスがほどけ、無数の「光の糸」となってセレスを包み込んだのだ。
「……美しい」
皇帝が息を呑む。
光の糸は、ボロボロの作業着を優しく弾き飛ばし、その下にある火照った肌を冷やしながら、新たな装甲を織り上げていく。
袖が、スカートが、リボンが。
光の中から、物質として再構築されていく。
やがて、風が晴れた。
そこに立っていたのは、紛れもない「女神」だった。
煤とオイルの臭いが染み付いた、無骨な鉄のコックピット。
剥き出しの配線と、黒く鈍る装甲板。
そんな男臭い「鉄と油の世界」の中心に、一塵の汚れもない純白のドレスを纏った少女が立っている。
そのあまりのコントラスト(不調和)が、彼女の神々しさを暴力的なまでに際立たせていた。
「(……チッ。汚ねぇ工場に花が咲いたみたいになりやがって)」
アルトは眩しそうに目を細めた。
ドレスを纏ったセレスは、この薄汚い要塞に飾るには、あまりに美しすぎた。
赤く火照っていた肌は透き通るような白さに戻り、金色の髪が風になびく。
その背中には、余剰魔力(排熱)で形成された「光の翼」が、ふわりと浮かんでいた。
「……あ、あれ?涼しい……?」
セレスがパチクリと目を瞬かせる。
痛みがない。熱くない。
ドレスが、彼女の膨大な魔力を吸い上げ、冷却エネルギーに変換して循環させているのだ。
永久機関のような、完璧な熱サイクル。
「……サイズもぴったりか。いい仕事だ」
アルトは安堵の息を吐いた。
5億ゴールドが消えた。利益はゼロだ。
だが、目の前で嬉しそうにドレスの裾を広げる彼女の姿を見れば、不思議と「損をした」気にはならなかった。
「しゃ、社長!私、生きてます!」
「当たり前だ。ウチは社員を使い潰さない主義なんでな」
セレスが嬉しそうにくるりと回る。その光景を、ただ一人、絶望の目で見つめる男がいた。
ベリアル。
センサーを焼かれ、視界を失った神殿の掃除屋。
彼の信仰も、計画も、プライドも、すべてアルトの「財布」にされたのだ。
「(き、貴様……!よくも……!)」
ベリアルがふらりと立ち上がる。
だが、その背中の機械触手はズタズタに千切れ、もはや戦闘不能だ。
「安心しろ。お前の『処分』も考えてある」
アルトは皇帝に向き直った。
「陛下。中和完了です。……ついでに、この『粗大ゴミ(ベリアル)』の処理ですが、そちらで引き取ってくれませんか?」
「む……?」
「こいつは神殿の暗部を知り尽くしている。帝国の地下牢で尋問すれば、神殿に対する強力な外交カードになりますよ」
それは、悪魔の囁きだった。
アルトにとっては、面倒な後始末を押し付けつつ、帝国に恩を売れる一石二鳥の提案だ。
「……なるほど。貴殿は商売人だが、策士でもあるな。連れて行け」
皇帝の命令で、兵士たちがベリアルを取り押さえる。
その時、アルトが「おっと待った」と手を挙げた。
「その前に、ウチの『取り分(違約金)』を回収させてもらうぞ」
アルトは懐から、魔王城で手に入れた解体用アームの小型版「魔導カッター」を取り出し、ベリアルに近づいた。
「(ンッ!?何をする気だ!?)」
ベリアルが怯えて後ずさる。
アルトは無慈悲に、ベリアルの左目(高性能義眼)と、機械化された左腕の接合部にカッターを当てた。
「この『多重演算・義眼』と『ミスリル製アーム』。……なかなか良いパーツを使ってるじゃないか」
キュイイイイッ!!
精密切断の火花が散る。
力任せではない。構造を完全に理解した技術者だけができる、無駄のない解体。
「牢屋に入るなら不要だろ?没収だ」
ガキンッ。
義眼と義手が外れる。
ベリアルは力を失い、兵士たちに引きずられていった。
「……よし。こいつを解析すれば、さらに面白い技術が手に入りそうだ」
アルトは、まだ温かい義眼をハンカチで拭き、ポケットにしまった。
これの市場価値は計り知れない。
5億の出費は痛いが、この「技術」が手に入ったなら、最終的な収支はプラスだ。
「……貴殿、本当に人間か?」
一部始終を見ていた皇帝が、戦慄したように呟く。
アルトは血を拭い、不敵に笑った。
「商人ですよ。一円たりとも無駄にはしません」
こうして、「鉄鋼帝国の危機」は去った。
神殿の野望は潰え、帝国には平和が戻り――アルト商会の倉庫には、莫大な資産(炉心とパーツ)が積み上げられた。
数日後。
帝都の門から、さらに巨大化した移動要塞が出発しようとしていた。
回収した「炉心」を組み込み、動力出力は以前の10倍。もはや走る発電所だ。
「行きますか、社長。次は海ですね!」
純白のドレスを纏ったセレスが、助手席で微笑む。
その姿は、かつての「廃棄聖女」ではない。世界最強の移動要塞を統べる、「機動要塞の女神」だ。
「社長、このドレス……本当に5億もしたんですか?」
「ああ。……5000万のゴムスーツで済ませてもよかったんだがな」
「えっ?じゃあ、なんでこっちを選んだんですか?4億5000万も損してるじゃないですか」
セレスが不思議そうに首を傾げる。
アルトは一瞬言葉に詰まり、バツが悪そうにハンドルを握り直した。
「……ゴムじゃ、通気性が悪くて生産性が落ちるからな。あと、ゴムの焼ける臭いが俺の鼻につく。あくまで『俺の快適さ(QOL)』のためだ。勘違いするなよ」
「ふふっ。……はい、ありがとうございます。大切にしますね、社長!」
セレスは嬉しそうに、ドレスのリボンを撫でた。
だが、アルトはすぐに真顔に戻り、懐から一枚の紙切れを取り出してセレスに突きつけた。
「あと、これ」
「なんですか?手紙?」
セレスが受け取る。
そこには、無機質な数字が羅列されていた。
【領収書兼請求書】品目:冷却用ドレス代(立替)金額:500,000,000G事務手数料:500G緊急対応割増:2,000G
合計:500,002,500G
※給与天引き(無期限ローン)
※振込手数料は貴殿負担となります。
「……え?」
「経費で落ちないから、自腹切ってもらうぞ。利子はまけてやるが……手数料は引いといた。完済まで約1000年かかる計算だな」
アルトは電卓を叩きながら、冷徹に告げた。
5億の大金の中に、わずか2500ゴールドの小銭をきっちり上乗せするセコさ。
感動の救出劇の直後に、1円単位の借金宣告。
普通のヒロインなら幻滅する場面だ。
だが、セレスの瞳は、みるみるうちに輝きを増していった。
「1000年……!」
「ああ。長生きしろよ、元取れねえから」
「はいっ!……じゃあ、1000年ずっと一緒にいられますね!」
セレスは領収書を胸に抱きしめ、満面の笑みを咲かせた。
それは、借用書ではなく、永遠の愛の誓いを受け取ったかのような笑顔だった。
「……は?」
アルトの手が止まる。
想定外の反応に、彼の頬がわずかに引きつった。
「(……こいつ、ポジティブすぎだろ。まあ、逃げられないようにする鎖としては上出来か)」
彼はため息をつき、アクセルを踏んだ。
「行くぞセレス!世界中を『市場』に変えて、骨の髄までしゃぶり尽くす!」
「はいっ!本日も、商売繁盛です!」
アルト・ワークスが、地響きを立てて荒野を駆ける。
その轍の後には、浄化された大地と、新たな伝説が刻まれていく。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
悪徳神殿からは搾り取り、帝国には「最高のサービス(有料)」を提供して黒字化。
これがアルト商会の流儀です。
そして、ツンデレ社長と妄想暴走聖女。
二人の旅はまだまだ続きます。
次章からは、舞台を海へと移し、新たな文明や「セレスの姉妹(量産型聖女)」たちとの出会いが待っています。
もちろん、更なる「商売」と共に!
もし「面白かった!」「次章も読みたい!」と思っていただけたら、
ブックマーク登録と、下の【☆☆☆☆☆】評価をポチッとしていただけると、作者の執筆速度が5倍(当社比)になります!
何卒、応援よろしくお願いいたします!




