救済は、高額なビジネスです
軍事大国・鉄鋼帝国ゼノグラシア。
機械技術の粋を集めたこの国は今、沈黙の死を迎えていた。
国境を越えて押し寄せる「魔素の積乱雲」は、帝国の防衛網を無力化し、生物はおろか機械兵器の制御回路すらも狂わせていく。
首都の皇宮前広場には、最後の防衛線を守る近衛兵たちが並んでいたが、彼らの顔には絶望の色が濃い。
そして広場の中央、急造された天蓋の下では、歴史的な「屈辱」が行われようとしていた。
「……さあ、サインを。皇帝陛下」
玉座に座る老皇帝の前に、羊皮紙を突きつけている男がいた。
神殿の掃除屋、ベリアル。
左半身から覗く機械部品と、背中でうねる触手。その姿は聖職者というより、悪趣味な拷問器具のようだ。
「月額3000万ゴールドの『保護費』。および、帝国軍の全指揮権の譲渡。……これにサインすれば、私が『聖浄化杭』を設置し、あの嵐を鎮めて差し上げますよ」
3000万ゴールド。日本円にして約30億円。
それを「毎月」支払えというのだ。年額360億円。帝国の国家予算の半分を恒久的に吸い上げ続ける、国家ぐるみの寄生行為。
さらに、その契約書には残酷な「特約事項」が記されていた。
「ただし、ご注意を。この杭は神殿からの遠隔魔力供給が途切れた瞬間、極性を反転し……『汚染を引き寄せるビーコン』になります」
「なっ……!?」
皇帝ゼノグラシア三世が息を呑む。
それは救済ではない。一度契約したが最後、解約すれば国が即座に滅びるという、永遠の「隷属契約」だ。
「くっ……足元を見おって……!」
皇帝は震える手で羽ペンを握りしめていた。
サインしなければ今すぐ死ぬ。サインすれば、国は未来永劫、神殿の財布となる。
どちらを選んでも、帝国の未来は閉ざされている。
「お急ぎください。……ああ、ほら。また一つ、防壁が落ちましたよ?」
ベリアルが指差した先で、遠くの監視塔が轟音と共に崩れ落ちた。
魔素の嵐が、もうそこまで迫っている。
「……分かった。余の首一つで民が助かるなら……」
皇帝が諦め、ペン先を羊皮紙に落とそうとした。
ベリアルの口元が、捕食者の形に歪む。
その時。
パァァァァァァァンッ!!!
戦場にはおよそ似つかわしくない、軽快かつ暴力的なクラクションの音が、重苦しい空気を引き裂いた。
「なっ!?」
ベリアルが振り返る。
城門の方角から、砂煙を上げて突っ込んでくる「黒い影」があった。
全長50メートルを超える、漆黒の多面体装甲バス。
それは、神殿の聖騎士たちが並べる優雅な装甲車列などお構いなしに、ドリフトで突っ込んできた。
ギャリギャリギャリギャリッ!!
6輪の巨大タイヤが石畳を削り、火花を散らす。
巨大な質量が横滑りしながら、ベリアルと皇帝の間に強引に割り込む。この速度、普通なら止まれない。皇帝ごとひき殺す軌道だ。
「あ、危ない!?」
近衛兵が叫ぶ。だが、その瞬間。
ガシュンッ!!
車体側面から、巨大な「制動アンカー」が射出され、石畳に深々と突き刺さった。
同時に、車体各所のスラスターから、猛烈な逆噴射が吹き荒れる。
「……衝撃(G)が来るぞ」
車内でアルトは短く警告すると、無造作にコンソールのトグルスイッチを弾いた。
ブンッ、と重低音が響き、車内を強力な「慣性制御場」が包み込む。
外ではタイヤが悲鳴を上げ、地面が削れているが、中の乗員には「そよ風」ほどのGしかかからない。
ズザザザザザッ……ピタリ。
鉄塊は、皇帝の鼻先わずか50センチの位置で、完全停止した。
慣性制御誤差、ゼロ。
それは暴走ではない。計算され尽くした、神業のような「停車」だった。
プシューッ!と派手な音を立てて、灼熱の排気ガスがベリアルの顔面に吹き付けられる。
「ゲホッ、ゴホッ……!?き、貴様……!」
煤だらけになったベリアルが、殺気を漲らせて睨みつける。
運転席の窓が開き、そこからアルトが顔を出した。
彼はベリアルを一瞥もせず、開口一番、皇帝に向かって言い放った。
「おいおい、待てよ。『相見積もり(コンペ)』も取らずに即決とは、随分と杜撰な経営だな、皇帝サン」
「な……?アルト商会、か……!?」
皇帝が目を丸くする。
アルトはタラップを降りると、怯えるセレスを背後に従え、堂々と広場の中央へ進み出た。
「お待たせしました、陛下。ご注文の『代案(プランB)』をお持ちしました」
「……ネズミが。私の商談を邪魔する気ですか?」
ベリアルが義眼を細め、低い声で唸る。
アルトは鼻で笑い、名刺代わりに電卓を取り出した。
「通りすがりの『競合他社』だ。……おいあんた。その契約書、随分とボッタクリだな?」
「なんと?」
「月額3000万の永久縛り。しかも、解約すれば即座にシステムダウンして汚染を招く『時限爆弾』付きだ。10年払えば36億ゴールド。……インフラを人質にした、典型的な悪徳商法だな」
アルトは皇帝に向き直り、指を鳴らした。
空中に巨大なホログラムウィンドウが展開され、詳細な「見積明細」が皇帝の目の前に突きつけられる。
【案件名:帝国防衛および環境改善プロジェクト】
戦略級汚染獣駆除費:200,000,000G
環境浄化システム導入費:150,000,000G
コンサルティング料:100,000,000G
緊急対応オプション:50,000,000G
--------------------------------------------------
【ご請求合計(税込):500,000,000G】
「陛下。ウチなら明朗会計、『一括5億』だ」
数字の羅列が放つ、圧倒的な「業務感」。
それは口約束の救済などより、遥かに信頼できる「ビジネスの提案」だった。
「ご、5億……?」
「そうだ。確かに初期投資は高い。だが、ランニングコストはゼロだ」
アルトは背後の移動要塞を親指で指した。
「ウチの技術は、魔素を『浄化』するだけじゃない。『資源化』する。あの嵐の原因である魔獣を解体し、素材として市場に流せば、帝国に新たな産業が生まれる」
彼はニヤリと笑った。
「さらに、敵が設置した汚染装置を解析し、その対抗技術を帝国にライセンス販売する。……神殿プランは『マイナスの固定化』だが、ウチのプランは『プラスへの転換』だ。どうだ陛下、どちらが『お買い得』かは、電卓を叩くまでもないだろう?」
「……口先だけなら何とでも言える!」
攻撃の手を止めたベリアルが、冷徹に割り込んだ。
「得体の知れない行商人が、国家規模の災害を解決できると?根拠はあるのですか?」
「そうだ!貴様らごときに何ができる!」
近衛兵たちも、疑念の目を向ける。
皇帝もまた、迷っていた。
確かに、アルトの提案は魅力的だ。だが、信じるに足る証拠がない。
「……アルト商会よ。余は、確実な救いが欲しいのだ。夢物語ではなく」
「夢物語?……現実を見せてやるよ」
アルトは涼しい顔で、懐から小型のプロジェクターを取り出した。
「見ろ。これが帝国の『本当の姿』だ」
空中に展開されたのは、帝国の詳細なホログラム地図。
だが、そこには帝国軍のレーダーにすら映っていない、無数の「赤い光点」が地下水脈に沿って表示されていた。
「な、なんだこれは……!?我々のレーダーには何も映っていないぞ!」
「当然だ。お前らは『地上の魔素』しか見ていない。だが、奴らは『地下水脈』を使って、内側から国を腐らせている」
アルトは地図を拡大した。地下水脈に沿って、何者かが意図的に設置した「魔素増幅器」の位置が、正確にプロットされている。
「ここに来る途中、神殿の物流ネットワークをハッキングさせてもらった。……『聖遺物』の名目で運び込まれたコンテナの配送記録を洗えば、設置場所なんざ丸裸だ」
アルトは嘲笑うようにベリアルを見た。
「なあ、神殿さん?おたくの『聖浄化杭』の設置予定ポイントと、この増幅器の位置……ピタリと一致するのは偶然か?」
ざわっ、と広場が揺れた。
それは決定的な証拠だった。神殿がマッチポンプを行っているという、動かぬ事実。
「……ネズミ風情が、よくも……!」
ベリアルの殺気が膨れ上がる。
だが、アルトは動じず、皇帝の目を真っ直ぐに見据えた。
「正義」など語らない。ただ「損得」と「生存」のみを問う。
「選べ、クライアント。『神に搾取されて緩やかに死ぬ』か、『俺と手を組んで未来を掴む』か」
皇帝ゼノグラシア三世は、震える手でアルトの見積書を掴んだ。
その目に、死に体の老人のものではない、かつての覇気が戻る。
この商人は、帝国軍以上の情報と技術を持っている。そして何より、神殿を敵に回してでも利益を追求する「強欲さ」がある。
その欲望こそが、今は何より信頼できる。
「……余は、賭けるぞ」
ビリィッ!!
皇帝は、ベリアルの契約書を真っ二つに破り捨てた。
「契約破棄だ!帝国は、アルト商会に依頼する!」
その瞬間。
ベリアルの表情から人間味が消え、無機質な殺意の塊へと変貌した。
「……残念です。契約不履行には、『違約金(死)』で支払っていただきましょう」
シュンッ!
音もなく、ベリアルの背中から槍のような触手が射出された。
狙いはアルトではない。契約者である皇帝の喉元だ。
交渉決裂と見るや、即座に「顧客」を始末する。それが掃除屋の流儀。
『――敵性反応、検知。自動迎撃、承認』
アルトの網膜に、赤い警告ログが流れた。
思考するよりも早く、彼の意思とは無関係に、左腕のサーボモーターが唸りを上げて強制駆動する。
ガギィンッ!!
皇帝の喉元へ迫った触手を、アルトの左腕――「携行型シールド・ガントレット」が、神速の精度で叩き落としていた。
ギャリリリリッ!!
上着の下に装着した「強化外骨格」が悲鳴のような駆動音を上げる。
数トンの衝撃荷重がアルトを襲うが、彼はガントレットの排熱口を開放した。
プシュウウウッ!!
「衝撃変換、側方排熱!」
衝撃波が左右へと逃がされ、アルトの両脇の石畳が爆ぜて粉砕する。
皇帝への余波はゼロ。完璧な指向性防御だ。
生身なら皇帝もろともミンチになっていた威力。
だが、アルト自身は涼しい顔で、一歩も退かない。
「……手癖が悪いな、掃除屋さん」
火花が散る至近距離で、アルトは獰猛に笑った。
「契約書にサインはまだだが、口頭での合意は成立した。……つまり、この人はもう俺の『顧客』だ」
「……チッ」
ベリアルが初めて舌打ちをし、距離を取る。
アルトは皇帝を守るように立ち、高らかに宣言した。
「アフターケアは万全だ。……ここからは『業務妨害』として、全力で排除させてもらう!」
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
「神殿vsアルト商会」。
言葉と暴力が入り乱れる中、アルト社長は一歩も引かずに営業トークを完遂しました。
次回、本格的な戦闘開始です!
少しでも「スカッとした!」「社長ブレないなw」と思っていただけたら、
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