天女の羽衣は、個人用防衛要塞です
魔王城から奪った「最高級サスペンション」のおかげで、移動要塞アルト・ワークスの居住区は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
外は瓦礫だらけの荒野だが、車内の振動係数はゼロ。
あまりに完璧な防音と制振は、ここが戦場を走る車両であることを忘れさせる。
「――各部温度、正常。圧力釜、臨界点まであと3秒」
キッチンから聞こえるのは、鼻歌ではない。オペレーターのような無機質なカウントダウンだ。
エプロンをつけたセレスが、コンソールの計器を睨みつけている。
彼女の目の前にあるのは、家庭用コンロではない。魔王城の溶鉱炉の熱源を転用した「超高火力・分子調理機」だ。
「2、1……開放!」
シュゴオオオオッ!!
猛烈な蒸気と共に、分厚いミスリル製の蓋が開き、焼き上がったパンケーキが現れる。
だが、それはただのパンケーキではない。
1000度の熱と200気圧で、わずか0.5秒で焼き上げられたそれは、水分蒸発率0.01%という奇跡の「超・モチモチ食感」を実現している。
「焼きムラなし。表面硬度、規定値クリア。……バルガンで買い占めた最高級小麦粉も、これで使い切りですね」
「ああ。次の街で補給が必要だな。物流網の維持も商売のうちだ」
リビングのソファで、アルトが新聞(タブレット端末)から目を離さずに頷く。
足元では、SDシスターズ(メイドロボ)たちが、ルンバのような動きで床を磨いている。いや、磨いているのではない。内蔵された「マイクロ波滅菌装置」で、床に落ちたダニや細菌を、分子レベルで焼却処分しているのだ。
徹底的に管理され、技術で殴りつけるような「快適さ(QOL)」。
それがアルト商会の日常だ。
「……あ」
料理を終えたセレスが、ふとテーブルに手を置いた瞬間だった。
ジジジ……。
木製のテーブルの縁が、彼女の指が触れた箇所から黒く焦げ付いた。
「いけない……。また、熱が……」
「……排熱が追いついてないな」
アルトが眉をひそめる。
常時燃えているわけではない。だが、料理のような「魔力行使」を行った直後、彼女の体内に蓄積された余剰エネルギーが熱となって漏れ出しているのだ。
魔力回路が強化されすぎた弊害。彼女の出力は、生身の人間の許容量を超えつつある。
「その服が『魔王城の防火カーテン』製じゃなかったら、今頃全裸だぞ」
アルトが指摘する通り、セレスの着ている作業服は特注品だ。
普通の布なら、とっくに自然発火しているレベルの高熱。
このまま放置すれば、いずれ常時炉心溶融を起こし、触れるもの全てを焼き尽くす「歩く原子炉」になりかねない。
『――ピピピッ!接近警報』
その時、室内に鋭い電子音が響いた。
モニターに「飛翔体」の反応が表示される。
「敵襲か!?」
「いえ、識別信号あり!……帝国の伝令機です!でも、挙動がおかしい……墜落します!」
窓の外。黒煙を上げてふらふらと落下してくる、一機の「軍用ドローン」が見えた。
翼は折れ、装甲は焼け焦げている。撃墜される寸前で、執念だけでここまで辿り着いたらしい。
このままでは地面に激突して大破する。
「チッ、手のかかる客だ!……回収アーム展開!キャッチしろ!」
アルトがコンソールを叩く。
要塞の側面から、細長い「マニピュレーター」が瞬時に伸びた。
アームの先端が、落下するドローンの軌道に合わせて精密に動き、その機体を優しく、かつ確実に空中で掴み取る。
「確保!」
アームが収容ハッチへとドローンを引き入れる。
ドローンは最後の力を振り絞り、口にくわえていた金属ケースを吐き出すと、そのまま機能を停止した。
ケースには、鉄鋼帝国ゼノグラシアの紋章。そして、こびりついた赤黒い血痕。
「……ひどい損傷だな」
アルトはケースをこじ開け、中身を確認した。
入っていたのは、皇帝直筆の羊皮紙と、一本のデータメモリ。
羊皮紙に走る文字は乱れ、インクが滲んでいる。
『――貴殿の技術を査定する機会を与えてやる。国境まで参上せよ』
文面は傲慢だ。帝国の威信を保とうとするプライドが見える。
だが、追伸の文字だけが、震えていた。
『……頼む。報酬は弾む。国庫を開放してでも払う。……もう、時間がない』
滲んだインクの跡。それは、皇帝が執務机で血を吐きながら書いたかのような、壮絶なSOSだった。
「……なるほどな。正規軍もお手上げか」
アルトは冷静に呟き、ケースの底にあったもう一枚のメモ――バルガンの元副官(現店長)からの走り書きを拾い上げた。
『オーナーへ。帝国はもう限界です。……言い値で吹っかけてやってください』
「いい部下を持ったな。最高のタイミングで『太客』を回してきやがった」
「しゃ、社長!笑ってる場合ですか!?血がついてますよ!?」
「だから笑うんだよ。買い手が絶望していればいるほど、商品の値段は吊り上がる」
アルトは電卓を叩いた。
「国境の魔素災害の解決。……提示額は、足元を見て『5億ゴールド』だ」
「ご、5億……!?」
セレスが素っ頓狂な声を上げる。
5億ゴールド。日本円にして約500億円。小国の国家予算が丸ごと吹き飛ぶほどの天文学的な金額だ。
「そ、そんな大金、何に使うんですか!?もう十分お金持ちですよ!?」
「何言ってるんだ。全然足りん。……あの『不良在庫』を買うにはな」
アルトは真顔で即答し、ソファの脇にある金庫から、黒いタブレット端末を引っ張り出した。
ガメル伯爵の館から押収した「闇ルート専用端末」だ。
彼は迷うことなく、以前からウォッチリストに入れていたページを開き、テーブルに叩きつけた。
「これだ。俺がずっと狙っていた『最終冷却システム』は」
開かれたページには、一着の「ドレス」が掲載されていた。
純白のレースと蒼玉で彩られた、神々しいまでに美しいドレス。
【古代遺産:天女の羽衣】
開始価格:5億ゴールド
状態:呪物(着用者は即死)
備考:素材の「絶対零度繊維」は現代技術で再現不可能。触れただけで大気を凍結させる。
「えっ……の、呪いって書いてありますけど!?」
「ああ。こいつは強力すぎる『冷却機能』を持っていてな。常人が着ると体温を一瞬で奪われ、氷像になって死ぬ。だから1000年も買い手がつかず、倉庫で眠っている『粗大ゴミ』だ」
アルトは血走った目で、焦げたテーブルとセレスの手を交互に見た。
「だが、今の『高熱源体』となったお前ならどうだ?異常な発熱と、全てを凍らせる呪いのドレス。……二つの『致死性の欠陥』が、組み合わさることで『完璧な生命維持装置』になる」
アルトの結論は、狂気的なまでに合理的だった。
5億は高い。だが、セレスという「唯一無二のエンジン」が熱暴走して失われる損失に比べれば、タダ同然だ。
彼はこのドレスを見つけた日から、いつか必ずこれを手に入れ、セレスに着せると決めていたのだ。
「つまりこれは、服の形をした『高性能ラジエーター兼・個人用要塞』だ。……これさえあれば、お前を定格出力の200%でこき使える」
「(……ま、絶対似合うだろうしな)」
そんな、ごくわずかな人間的な感情は、分厚い合理性の装甲の下に完全隠蔽し、アルトは立ち上がった。
「行くぞセレス。商談成立だ」
「えっ、もう行くんですか!?パンケーキが……」
「食ってる場合か!オークションの商品は『現品限り』だぞ。誰かに買われる前に、帝国から5億ふんだくって、あのドレスをひん剥いで(落札して)やる!」
アルトはコックピットに向かおうとして、足を止めた。
彼は冷凍庫から、霜を纏った重厚な「氷河期級・冷却魔石パッド」を取り出し、乱暴に包装を破ると、セレスの首筋に直接貼り付けた。
ジュウウウウッ!!
「ひゃうっ!?」
激しい蒸発音と共に、白煙が上がる。マイナス百度の冷却パッドが、肌に触れた瞬間に沸騰しかけているのだ。
「……チッ、気休めか」
アルトは眉をひそめた。これほどの冷却材が、一瞬で溶け始めている。事態は思ったより深刻だ。
「応急処置だ。帝国に着くまでは、出力60%以上出すなよ。……エンジンブローされたら困るからな」
「は、はい……ありがとうございます(冷たくて気持ちいい……)」
セレスが頬を緩めるのを確認し、アルトはコックピットに飛び乗った。
エンジンキーを回す。
ヴォォォォォォンッ!!
移動要塞の巨体が、獣のように咆哮を上げる。
優雅な朝食の時間は終わりだ。これより先は、修羅の道。
「目的地、鉄鋼帝国!全速前進だ!」
「ひゃああっ!お皿がぁぁっ!」
SDシスターズが超スピードで皿を回収する中、アルト・ワークスは急発進した。
数時間後。
地平線の彼方に、帝国の防壁が見えてきた。
だが、その上空は、通常の雨雲とは違う、ドス黒く渦巻く「闇」に覆われていた。
人工的な悪意の気配。神殿の臭いがする。
「……あれが、今回の『現場』か」
アルトの目が、職人のそれに戻る。
ニヤリと、獰猛な笑みが浮かんだ。
「面白くなってきたな。……最高の『商売(戦争)』になりそうだ」
アクセルをベタ踏みする。
移動要塞が、黒雲に向かって、砲弾のように突っ込んでいく。
※20251130全体の整合性を踏まえて修正しました。
束の間の日常(異常)回でした。
パンケーキは分子レベルで調理し、ドレスは「呪いの冷却装置」として買う。
すべては生存と効率のため。これがアルト社長の流儀です。
次回、いよいよ帝国編、そして最強の「商売敵」ベリアルとの対決が始まります!
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