聖女は、再利用可能な電池です
「――おいおい、マジかよ。とんでもねえ『不法投棄』だ」
灰色の霧が立ち込める廃棄場の頂上で、ガスマスクをつけた男――アルトは、手元の魔力探知機の数値を二度見して、深い深いため息をついた。
針はレッドゾーンを振り切り、計測不能のエラーを吐き出している。
目の前に転がっている「それ」は、ただのゴミじゃない。
国家予算クラスの価値がある、超一級の「エネルギー資源」だ。
「……あ……」
泥の中で、ボロ雑巾のような布を纏った少女が、虫の息をついていた。
銀色の髪は泥と油にまみれ、肌は土気色に変色している。だが、その体からは、不自然なほど澄んだ青白い光――高純度の魔力が漏れ出していた。
「(間違いない。……数日前に『魔力暴走事故』を起こして廃棄処分になったっていう、噂の『災害聖女』だ)」
彼女の名前はセレス。
かつて都市の結界を維持する人柱として崇められ、限界を超えて酷使された挙句、暴走して「不良品」の烙印を押された少女。
都市の経営陣(上層部)は、彼女の魔力が枯渇したと判断し、あるいはその「穢れ」を嫌って、トドメも刺さずにダストシュートへ放り込んだのだろう。
その事実を確認した瞬間、アルトの脳内で、前世の記憶がフラッシュバックした。
かつて現代日本で「企業再生屋」として、無能な経営者が潰した会社を立て直すために奔走し、最後は過労死した記憶が。
「……ッ、許せねえ」
アルトはギリリと奥歯を噛み締めた。
人道的な怒りではない。
プロの「管理者」としての、底冷えするような憤りだ。
「こんな高出力炉心を、メンテナンスもせずに使い潰して、挙句に野ざらしだと……!?資産管理がなってねえにも程があるだろ無能共がァァッ!!」
ガシャーン!!
アルトは怒りのあまり、近くにあった鉄パイプを蹴り飛ばした。
その音に、少女――セレスがビクリと震え、うっすらと目を開ける。
その瞳は焦点が合わず、絶望と諦めだけが映っていた。
「……殺しに、来たのですか……?」
掠れた声。彼女はまだ、自分が処刑されると思っている。
アルトはガスマスクの排気口から「シューッ」と荒い息を吐き出し、探知機を彼女の額に乱暴にかざした。
「殺す?バカ言え。そんな『コストの無駄』するわけねぇだろ」
ピピッ。測定完了。
出力係数S。純度Aマイナス。魔力回路の焼き付きなし。
……完璧だ。これなら、俺の設計した「あのデカブツ」も動かせる。
ガスマスクの奥にあるアルトの瞳が、獲物を見つけた猛禽類のように鋭く光った。
「いいスペックだ。……合格だ、お前」
「……え?」
「採用だよ。お前をヘッドハンティングしに来たんだ」
アルトは懐から、一束の書類を取り出した。
それは、彼がいつ如何なる時も優秀な人材を確保できるよう常備している、『魔導技師組合推奨・標準雇用契約書(改訂版)』だった。
「ここにサインしろ。そうすれば、お前をここから連れ出してやる」
セレスの思考が停止する。
採用?サイン?
死にかけの自分に対して、この不審者は何を言っているのか。
「聞こえなかったか?俺は『アルト商会』の代表、アルトだ。……今、ウチの工場じゃ深刻な電力不足でな。お前のその『無駄にデカい魔力』が必要なんだよ」
アルトは契約書を指で弾いた。
「要するに、お前は極上の『生体電池』だ」
「バッ……テリー……?」
「そうだ。人間としての扱いは期待するな。お前は俺の要塞を動かすための、ただの『部品』だ」
冷徹な言葉。
だが、アルトは続けて、契約書の条文を指差しながら、早口で捲し立てた。
「ただし、契約した以上、俺は『重要資産』のメンテナンス義務を負う!いいか、よく聞け!」
アルトは、まるで家電のスペックを読み上げるように叫んだ。
「完全週休二日制!残業代全額支給!危険手当あり!社員寮(個室・風呂付き)完備!さらに一日三食、栄養バランスを考慮した温かい食事を保証する!」
彼はセレスの顔を覗き込んだ。
「どうだ!?前の職場(国)とは雲泥の差だろ!ブラック労働で消耗するのは勝手だが、俺の目の届く範囲で『資産価値』を下げるような真似は許さんからな!」
衣食住。安全。そして、あまりにも必死な「待遇」の提示。
それは、「奇跡」でも「祈り」でもなく、今のセレスが最も欲していて、誰からも与えられなかったものだった。
セレスの瞳が、潤み始める。
「(……この人は、怒っている。私をこんな目に遭わせた世界に対して、本気で怒ってくれている……!)」
彼女の脳内で、アルトの「資産管理がなってない!」という怒号と、早口の福利厚生アピールがリフレインする。
それは彼女にとって、「君の命を粗末にするなんて許せない、僕が一生守ってみせる」という、不器用で熱烈なプロポーズに聞こえていた。
「(「部品」だなんて……なんて不器用な照れ隠し。私のために、わざわざ契約書まで持ち歩いて……!)」
「……働きます。……私を、使ってください……!」
セレスは震える指を伸ばした。泥にまみれたその指で、契約書に血の滲んだ拇印を押す。
その顔は、なぜかほんのりと赤らんでいた。
「……ん?(なんで顔が赤いんだ?熱暴走の前兆か?……まあいい、後で冷却材を貼ろう)」
アルトは契約書を回収し、ガスマスクの奥でニヤリと笑った。
「契約成立だ。……仕事の時間だぞ、新入り」
グオオオオオオオオッ!!
その時、地響きと共に、腐臭を放つ風が吹き荒れた。
灰色の霧を割り、巨大な影が突進してくる。
汚染魔獣。全長5メートルはあろうかという巨体が、もう目の前まで迫っていた。
「ひっ……!」
「チッ、いいタイミングで来やがる。……おいセレス!立てるか!」
アルトは返事を待たず、セレスを米俵のように担ぎ上げると、背後の瓦礫山にかけてあった巨大なシートを乱暴に引き剥がした。
バサァッ!と砂埃が舞う。
そこに鎮座していたのは、異形の鉄塊だった。
「紹介しよう。これが我が社の本社ビル兼、お前の新しい『デスク』だ」
ベースは、どこにでもある大型のリヤカーだ。
だが、その車輪周りには見たこともない複雑なシリンダーが埋め込まれ、荷台には重厚な装甲板と、青白く明滅する結晶回路が張り巡らされている。
それは、ゴミ捨て場のガラクタを繋ぎ合わせて作られた、歪だが美しい「怪物」だった。
「乗れ!そして、そのケーブルを腰のポートに挿せ!」
「えっ……?」
「早くしろ!契約しただろ!『安全』が欲しいなら働け!」
アルトはセレスを荷台――剥き出しのコックピットへと放り込み、太いケーブルを握らせた。
迫りくる魔獣の蹄が、大地を砕く。
もう、祈っている時間はない。
「(あの方の役に立ちたい……!私の全てを捧げます!)」
カシャンッ!!
セレスは自らの意思で、最後の力を振り絞り、ケーブルを腰の接続端子へと叩き込んだ。
「――接続確認!魔力供給開通!」
アルトが操縦席で叫び、無数のスイッチを弾く。
ヒュオオオオオ……ン!
リヤカーの車輪が、高周波の音を立てて回転を始めた。
セレスの背中から、膨大な魔力が吸い上げられていく感覚。だが、不思議と不快ではなかった。むしろ、自分の中の暴走しそうだった力が、正しく導かれ、意味のある形に変換されていく快感があった。
「出力安定!展開しろ、多重環境維持結界!」
ブォンッ!
リヤカーを中心にして、半透明の光のドームが爆発的に広がった。
迫っていた毒の霧が、光の膜に弾き飛ばされる。
セレスの周囲から、腐臭が消えた。
代わりに満ちたのは、どこまでも澄み切った、冷たくて美味しい――「清浄な空気」だった。
「……あ……」
セレスは大きく息を吸い込んだ。
肺が焼けない。苦しくない。
契約は、守られたのだ。
「深呼吸は済んだか?ここからは『残業』だ。しっかり掴まってろよ!」
ただのボロリヤカーだった鉄塊が、青白い燐光を放ち、魔獣に向かって唸りを上げる。
それは、世界で最も小さな「機動要塞」が産声を上げた瞬間だった。
「来るぞッ!……主砲、接続!」
ズドオオオオオオオオッ!!
リヤカーの側面ハッチが開放される。
アルトはトリガーに指をかけ、ガスマスクの下で獰猛に笑った。
「さあ、開店だ!……あの豚を『出荷』してやる!」
※20251130追記:全体の整合性を踏まえて内容調整しました。
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