悪魔の力、目覚める時
夕暮れの風が、赤く染まった町を吹き抜けた。
パン屋の煙突から立ちのぼる湯気が、いつものようにルシフェルの鼻をくすぐる。
「ふわぁ……パンのにおいって、なんでこんな幸せになるんやろな」
ちび悪魔は小さく伸びをして、満足そうに笑った。
その時、地面が低くうなりを上げた。
「ルシくん!?」とピコが叫ぶ。
空に、黒い裂け目が走る。
──魔界のゲート。
中から、見慣れた紅い鎧の影が現れた。
「……ルシフェル様をお返しいただきましょう」
現れたのは魔界の上級執行官、“紅眼将バルド”。
彼の背から噴き出す闇は、町を覆うほどの圧を持っていた。
ピコが震える声で言う。
「だ、だめだよルシくん! あんなの、今の姿じゃ勝てないよ!」
「せやけど……町の子ら、逃げ遅れとる」
ルシフェルの金色の瞳が、静かに燃え始めた。
バルドの槍が地面を砕く。
吹き飛ばされそうになるピコを、ルシフェルは小さな体で庇った。
「……痛っ。でもな、わし、こう見えても“最強悪魔”やで」
そう笑ったその瞬間、ルシフェルの背に封じられていた黒い紋章が淡く光を放つ。
風が止まる。
時間が静まる。
ピコの目の前で、幼いルシフェルの影が少しずつ伸びていった。
「おいおい……まさか、ほんまに目ぇ覚めるとはな」
声が、少し低くなっていた。
その瞳には、かつて勇者をも恐れさせた“デビル級の輝き”が宿っている。
小さな体のまま、ルシフェルは指を鳴らした。
音もなく、黒い羽が空を舞う。
バルドが目を見開く。
「その力……まさか、封印は──!」
「ちゃうねん。封印はな、ちょっと昼寝してただけや」
ルシフェルの笑みが、どこまでもチルで、どこまでも穏やかだった。
一瞬の閃光。
次に見えたのは、静かに地に膝をつくバルドの姿。
町も、仲間も、誰一人傷ついていない。
風が戻り、子どもたちの笑い声が遠くで響く。
ルシフェルはほっと息をつき、ピコの肩にもたれた。
「……あかん。力使いすぎたわ。お昼寝の続き……してええ?」
ピコは泣き笑いしながらうなずいた。
「もう、しょうがないなあ……世界一チルな悪魔さま」
小さな悪魔は、優しい笑顔のまま眠りに落ちた。
その背中には、薄く消えていく光の紋章──。
そして夜空に、ひとつの流星が走った。
それは、悪魔がまだ“優しかった頃”の記憶を照らすように。




