9 殿下の様子がおかしいわ
「王太子殿下がいらっしゃっています」
不意に侍女が報告してくる。
「カリストが? 呼んではいないけれど」
王妃様が不思議そうな顔で仰った。
「オリヴィエ様がいらっしゃっていることを知って、ご様子を見にいらっしゃった、とのことでございます。お通しいたしますか?」
殿下が私の様子を?
「通しなさい」
「母上、オリヴィエ」
私は困惑しつつ、頭を下げた。
「ちょうど、話が終わったところです。オリヴィエを返すわね。下がりなさい」
「王妃様、それでは失礼いたします」
「今日はとても有意義な時間でした」
私と殿下は一緒に頭を下げ、離宮を離れる。
「今、母上が、有意義と言ったように聞こえた……」
「……ええ、私も、です」
「母上がそのようなことを言うのは、初めてだ」
殿下は信じられないという顔で言った。
確かにそんなことが現実に起こるなんてと私も軽く混乱している。
聞き間違いかと思ったけれど、殿下も反応しているということは幻聴ではないのだろう。
あの私を目の仇のように嫌っていた王妃様が褒めるだなんて。
私は雲ひとつない晴れ渡った空を思わず見てしまう。
嵐でもくるんじゃないかしら。
「……顔色が良さそうだ。いつも、母上とのお茶会の後は顔面蒼白で、震えていたのに……」
「今日はそういうことにはならなかったので良かったです」
殿下は何か言いたげな表情を私を見る。何かしら。
「少し話せるか?」
「構いません」
庭の中にある四阿へ一緒に向かう。
「ソウル。茶の準備を」
「大丈夫です。先程まで王妃様とお茶をしていましたから。これ以上はお腹がお茶でたぷたぷになってしまいます」
「そうだったな」
「どのような話でしょうか。ヘルミナのことですか?」
「ヘルミナ? どうして?」
違ったみたい。
怪訝な顔をされてしまったわ。
確かにまだ彼女との仲を私に教えるのは早いわよね。
「近頃、殿下とヘルミナ嬢が一緒にいるところをお見かけしますので」
「学校のことを聞かれているだけだ」
「そうなのですね。……ではどうして?」
「……母上に呼ばれたと聞いて、気にかかったんだ。オリヴィエは、母上が苦手だろう。いつもお茶会の翌日は学校を休むから。それで」
「ご心配をかけてしまったのですね。ですが、ご安心ください。私は平気ですから」
「そのようだな。顔色もいい。母上とはどんな話をしていたんだ?」
「東大陸のことを。貿易を始めようとされるということで」
「確かに、な」
「東大陸よりもたらされた貴重な茶器なども見せて頂きました」
「そうか」
本当に一体何の話かしら。
これではまるで本当にただの世間話をしたがっているだけのよう。
そんなまさか。
殿下は、私と過ごす時間はいつだって、うんざりされていらっしゃったはずでしょう。
婚約者なのだから疎かにするなとでも、陛下にでも言われたのかしら。
「殿下。無理して私とお話にならずとも構いませんよ」
「どうしてそんなことを」
「私はこれまであまりに殿下に対して無神経に接しすぎたという自覚があります。殿下のお気持ちを一切考えず、どれほど私のわがままに殿下を巻き込んでしまったことか……。ですから、ご無理はして欲しくは……」
「無理などしていない」
「そ、そうなのですか……?」
その割になんだか気まずそうに目を逸らすのね。
一体何なのかしら。
殿下が私のために無駄な時間を使うとも思えないが、そうかと言って、用事があるようにも見えない。
「勝手に私の気持ちを決めつけるな。私は今、君と話したいと思っているから話している」
一体何なのかしら。
ただの気まぐれ?
でも殿下は私のようにむらのある性格ではない。
「殿下。そろそろ次のご予定ですが」
ソウルが告げる。
正直、ホッとした。
殿下が一体どうしてそこまでして私と話したいのかは分からないけれど、無理はしたくないし、させたくもない。
「オリヴィエも来い」
「は、い?」
「君も一緒に来るんだ。別に公務に付き合う必要はない。とにかく君と話したいんだ」
「一体何を話すのですか?」
「何でも、だ。とにかく一緒に来るんだ。私が公務中は馬車で待っていてくれればそれでいい。これは王太子としての命令だ」
私と話したい?
これまでそんなこと言われたことがなかった。
私は救いを求めるためにソウル様を見たけれど、彼は微笑をたたえたまま小さく肩をすくめるだけだった。
これは付き合わなければいけないようだ。
とはいえ、波風を立てるのはよくないものね。
馬車で待っていていいと仰るのだから、待てばいいわ。
私は殿下のお供で一緒の馬車に乗り込んだ。
「これからどちらへ?」
「……孤児院だ。繰り返すが、君が嫌っているのは分かっているから、馬車で待っていてくれればいい」
今はもうそうではないけれど、あえてそう言うこともないだろう。
「かしこまりました」
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