俺の名前は水瀬レント。異能持ち、らしい。
図書室の静寂の中、手に感じた熱が次第に広がっていく。
「……ねえ、君。名前は?」
水たまりが勝手に蒸発した瞬間、すぐに振り向くと、そこに立っていたのは黒髪の少女。
先ほどからずっと、何かを知っているような顔をしている少女だった。
その声が、まるで俺の体の中の何かを突き動かすかのように響いた。
「……水瀬、レント」
ちょっとだけ間を置いて、そう名乗る。
「ふぅん、水瀬レント。音の響き、なんかかっこいいね。……ハーフ?」
「いや、日本人。母さんが音で決めたんだ。意味は知らんけど、気に入ってる」
「そっか。私は高槻アリサ。私も“読んだ側”」
アリサは冷静に言ったが、そこにはどこか諦めのような、いや、覚悟のようなものが混ざっていた。
まるで、この先に何が待っているのかを既に知っているかのように。
「さっき、手で水たまりを……やったよね?」
「やったっていうか……勝手に……。
右手が熱を持ってた気がして、水に手をかざしたら、蒸発した。
でも、それ以外のものに触れても、何も感じなかった」
アリサは少しだけ頷く。
「うん、それが“兆候”ってやつ。君の力は、水にだけ作用する熱なんだろうね。
教科書に触れて、それが目覚めた」
アリサの言葉は、まるで予想していたことのように感じられた。
「文科省外教科用図書」――あれを読んだことで、普通の世界には戻れないと、そう告げられている気がした。
「ねえレント。覚悟、ある?」
アリサの目はまっすぐに俺を見ていた。
その目に、少しでも迷いを見せたら、きっと俺は置いて行かれる。そんな気がした。
「力が目覚めたってことは、そういう場所に踏み込んだってことだよ。
逃げられない。でも、力を使いこなしたいなら――私と手合わせしてみる?」
アリサの提案は予想外だった。
しかし、逃げるわけにはいかない。
俺の右手に感じる熱が、ただの偶然ではなく、“力”だというなら――それをどう使うか、確かめるしかない。
「手合わせ……って、どういうこと?」
「簡単なことだよ。力を使って、私に勝てるか試してみて。
まだどういう力なのかもわからないだろうし、実際に使ってみることで、少しは理解できるかも」
アリサはどこか楽しげに笑いながら言った。
その笑顔には、戦うことへの覚悟や期待が込められているように見えた。
「わかった。少しだけ、試してみる」
アリサは静かに頷くと、少し後ろに下がりながら言った。
「場所を変えよう。ここじゃ動きにくいから、運動場に行こうか」
そう言って、アリサは歩き出す。その後ろを追うように俺も歩き出す。
さっきまでの図書室とは打って変わって、広い運動場に足を踏み入れる。
やっと、俺たちは戦う準備が整ったというわけだ。
運動場に着いた瞬間、アリサはすぐに立ち止まり、俺の方を見た。
「これで、思いっきりやれるね。準備、できた?」
俺は無言で頷く。
右手に感じる熱が少し強くなった気がする。
それを使う時が、ついに来たのだと感じる。
「じゃあ、始めようか、レント」
アリサの言葉が合図となり、俺たちは対峙する。
異能が目覚めた今、俺はその力を理解し、使いこなせるのか。
それがすべて、これから始まる手合わせにかかっている。