治療マシンメーカー俺、「溶液で満たされたカプセルの中でコポコポするやつ」にどうしても勝てない
人類が地球から大気圏外に進出するようになった宇宙時代。
“国境”という枠組みこそなくなったものの、人類は星々に分かれ、覇権をかけて争いを繰り返していた。
そんな状況は当然、大きなビジネスチャンスとなる。
ある者はより威力のあるミサイルを売り、ある者はより速く移動できる宇宙船を売り、ある者は様々な攻撃を防げるバリアを売り……。
そして、今日もまた、ビジネスのために火星に向かう者が一人……。
俺はとある治療マシンメーカーの社員。
今日は火星にやってきている。
火星軍はこの宇宙時代において、強力な勢力の一角であり、ここに我が社の治療マシンを売り込めれば、大きく儲けることができる。当然、出世にも繋がる。
俺はさっそく、火星軍の司令室に向かった。
司令官は髭を生やし、軍服を着た壮年の男だった。
「新型の治療マシンを売り込みに来た、とのことだが……?」
「はい」
俺はにっこりと営業スマイルを浮かべる。
「こちらではまだ古いタイプの治療マシンを使っていると伺っています。弊社のマシンはそれを遥かに凌駕する性能であることは間違いありません」
「大した自信だな。では、実際に我が軍で採用されているマシンと比較しつつ、どう優れているのか説明してもらおうか」
「かしこまりました」
性能には自信がある。俺は勝利を確信し、心の中でニヤリとした。
***
火星軍で使っている治療マシンの元に案内してもらった。
非常に大型で、使い方は、まずカプセルの中に入り、呼吸器をつける。するとカプセルの中に治療用の溶液が満たされる。あとはだいたい30分から1時間ぐらいかけて、治療を行う、という具合だ。その際、コポコポという泡の音がやたら響く。
はっきりいって手間も時間もかかりすぎだ。音もうるさい。
ますます勝利を確信し、さっそく俺は我が社の製品の説明に入る。
「弊社の治療マシンは、なんと呼吸器がいらないんです」
「ほう……」
苦心して開発した溶液は、人間がそのまま液の中に潜っても溺れない代物である。
このため呼吸器をつける手間が省け、全身をくまなく治療することができる。
完治までにかかる時間は30分ほどで、マシン全体のサイズもだいぶ小さくなっている。
むろん、コポコポ音は一切しない。
どこを取っても旧式マシンの完全上位互換であることは間違いない。
「いかがでしょう? 採用してもらえませんか?」
すると司令官は言った。
「実際に今のマシンとそちらのマシンを置いてみて、我が軍の兵士がどちらをより多く使うかで、採用するかを決めるとしよう」
「ありがとうございます!」
ここまで来たら、もう採用は確実だと思った。
華麗にチェックメイトを決めた気分だった。
そう、ここまでは……。
***
火星軍の兵士たちに入念に我が社のマシンを説明し、安全性や性能も確認してもらい、いざ採用がかかった試用期間開始。
今も火星軍は他の勢力と激しい戦闘を繰り広げており、負傷者は絶えない。
彼らからすれば我が社のマシンは喉から手が出るほどの代物に違いない。
しかし――
「やられた……こっちのマシンを使おう」
「俺もこっちだ」
「古い方に入るよ」
兵士たちはなぜか、旧式の方ばかりを選ぶ。
呼吸器をつけて、コポコポと音を立てながら、無駄に時間をかけて傷を治す。
マシンは一週間ほど置かせてもらえたが、我が社のマシンは全く使われることはなかった。
司令官は俺に冷たく言う。
「結果は出た。これでは採用することはできないな」
「ま、待って下さい! 我が社の治療マシンの方が優れているのは明らかで……」
「お引き取り願おう」
こうして俺は火星軍基地から追い出された。
火星から飛び立った宇宙船の中で、俺は舌打ちする。
くそっ、何がいけなかったっていうんだ。明らかに性能はこっちの方が上だったのに。
だけど俺はまだ諦めていない。
マシンの性能をもっと上げれば、火星軍はきっと採用してくれるはず。
もっといいマシンをひっさげて、また火星に来てやる。宇宙船を操縦しながら、俺はそう誓った。
***
しばらくして、俺は再び火星にやってきていた。
むろん、我が社の治療マシンを採用してもらうためだ。
前よりさらに性能を上げた治療マシンで、今度こそ採用されてやる。
俺は司令官にプレゼンを申し込んだ。
「弊社のマシンはもう溶液を必要としません」
「ほう」
「カプセルに入り、特殊な光を当てるだけで傷がみるみる回復していきます。治療にかかる時間もなんと15分程度! 大幅に時間を短縮できるんです!」
前回の不採用の後、俺は会社で「もっと性能を上げなければ旧式マシンに勝てない」と訴えた。
結果、マシンの性能は大幅に改良され、ついには治療用の溶液すら不要になった。
「お願いします! どうか弊社のマシンを採用して下さい!」
「では前回と同じように試用期間を設けるとしよう」
「ありがとうございます!」
俺は今度こそ採用を確信していた。
光を当てるだけで済む我が社のマシンと、わざわざ呼吸器つけて液体の中でコポコポやって体を回復させる旧式マシン。
どちらがいいか、我が社のマシンの方がいいに決まってる。
なのに――
「旧式を使うか」
「こっちにしよう」
「俺も、古いやつにするよ」
みんな旧式のマシンを使い、我が社のには入らない。
またも我が社のマシンは完敗だった。
司令官はあしらうように言う。
「では、お引き取りを」
「……失礼します」
ここでごねてもどうにもならないのは経験済み。無駄なことはしない。
俺は唇を噛み締めつつ、火星を後にするしかなかった。
***
俺はまたも火星に来ていた。
理由はもちろん、治療マシンの売り込み。
あれから我が社では、治療マシンをさらに進化させた。
今度のマシンはなんとカプセル状ですらない。円型の台の上に立つだけで、みるみる傷を治していく。
しかも治療時間は長くてもたったの10分。
このマシンなら絶対にあんなコポコポマシンに負けないはずだ。
三度目の正直になること間違いなしだ。
俺が司令官に説明すると、司令官はいつものように、
「では試用期間を設ける。兵士たちが君の持ってきたマシンの方を使うようなら採用としよう」
「よろしくお願いします!」
今回も一週間ほど、マシンを置かせてもらった。
結果は――
「残念ながら、君のマシンを使いたがる兵士は一人もいなかった。お引き取り願おう」
三度目の正直ならず。
無情な結果に、俺はすごすごと引き下がるしかなかった。
***
俺は四度目となる火星訪問にこぎつけた。
司令官ともすっかり顔なじみになっている。
「また来たのかね」
「ええ、これ以上ない治療マシンが完成しましたのでね」
「では説明してもらおう」
「こちらです」
俺はリモコンのような装置を取り出した。
「それは?」
「これこそが我が社が開発した最新の治療マシンです!」
「ほう……」
司令官の顔にも感心の色が浮かんでいる。
「なんとこのマシンを怪我した人に向けて、ボタンを押すだけで怪我を治せてしまうのです! しかも、かかる時間はたったの5分!」
ついに我が社の治療マシンはここまできた。
携帯できる時代になったのだ。
これさえあれば、いつでもどこでも負傷者を治療できてしまう。戦争でも有利になること間違いなしだ。
司令官は淡々とつぶやく。
「ではいつものように兵士たちに性能を説明し、彼らが実際に使うかどうか試させてもらおう」
「はいっ!」
もはや負ける要素はゼロ。
絶対の自信を持って、俺はマシンを兵士たちに説明したのだが――
「怪我した……旧式マシンに入ろう」
「こっちで傷を癒そう」
「俺も……」
なぜか我が社のマシンは全く手に取られない。
司令官が冷たい眼差しを俺に向けてくる。もうわざわざ言う必要もないだろう、と言わんばかりに。
もうどうしていいか分からず、たまらず俺は叫んだ。
「なんで!? なんでだ!? なぜ進化させまくったウチの治療マシンが、あんな旧式液体コポコポマシンに勝てないんだぁ!?」
実はこの現象、火星だけで起こっているのではない。
他の星の軍に売り込みに行った同僚たちも、みんなあのコポコポマシンに勝てず、意気消沈する日々を送っているのだ。
悔しがる俺に、司令官はゆっくり近づいてきた。
「旧式の治療マシン、君のいう液体コポコポマシンにあって、君たちのマシンに足りないものを今こそ教えよう」
俺は顔を上げた。
「足りないもの!? なんですか!? 技術力ですか!? それとも営業力ですか!?」
俺が司令官にしがみつくと、彼はゆっくりと答えてくれた。
「ロマンだよ」
おわり
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