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8/13

8回目の告白(1/2)

「昨日、洸くんと腕組んで歩いてたって本当?」

 吉永さんにそう訊かれた時、心臓が止まるかと思った。

 朝、登校するなり吉永さんに声をかけられて、ひと気のない階段の踊り場まで連れてこられたのだ。


「人違いだよね?だって、こんなこと言ったらあれだけど、似合わないし」

 そう言う吉永さんの言葉には、棘が含まれている。

 そりゃそうか、この人は入学した時から洸のファンだもんな。


 どう答えるべきか、寝起きの頭をフル回転させる。

 腕を組んでいたことを認めたら、サアヤあたりから攻撃されるかもしれない。

 でも、腕を組んでいたことを否定したら、嘘がバレた時に、もっと面倒なことになるかもしれない。

 昨日洸に電話してきたのは、この件だったのだろうか。

 

 洸は、私に迷惑をかけたくないと言った。

 だから、もしも私がサアヤたちから攻撃されたら、きっと簡単に私から離れることを選ぶ。

 テストで負けた時の条件を決めた時も、ひどくあっさりだった。


 私はそれを、寂しいと思ってしまった。


 何も、自分からリスクを取ることはない。

 嘘がバレなきゃ、洸と一緒にいられる。

 そう思った。


「誰がそんなこと言ってるの?そんなわけないじゃん」

「だよね」

 私がしらばっくれると、吉永さんは食い気味に同調した。


 こっそりと胸を撫で下ろす。

 私はちゃんと正解のリアクションを取れたらしい。


「渡邉先輩の勘違いだわ。なんか、リノちゃんがコウくんって人とイチャイチャしてるところを、先輩の弟が見たんだって」

 吉永さんは、情報源についてそう教えてくれた。


 そういうことか、と思った。

 渡邉くんが、昨日のことを兄である渡邉先輩に喋ったのだ。

 そして渡邉先輩が、演劇部の後輩である吉永さんに喋ったのだろう。

 ただ、少し意外だ。渡邉くんは兄のことを馬鹿にしているはずなのに、そんな話をしたのだろうか。


「まあでも、気をつけなよ?」

 気を抜く私に、吉永さんは言った。

「こんなことがサアヤの耳に入ったら、リノちゃん、殺されるよ」

 そう警告して、先に階段を降りていった。

 

 サアヤーー市村彩綾は、洸が仲良くしている女子4人組の1人で、ボスみたいな立ち位置だ。

 残りの3人は、サアヤの機嫌を損ねないように気を遣っているように見える。

 4人とも演劇部だ。


 渡邉先輩は、吉永さんにだけ喋ったのだろうか。

 そんな疑問が首をもたげたけど、考えないことにした。

 面倒ごとに巻き込まれなければ、何だっていい。


***


 午後の授業の準備をしていた時、机の上に紙の切れ端が落ちてきた。

 顔を上げると、洸が私の横を通り過ぎたところだった。

 その四つ折りの紙を開く。


『しばらく一緒に帰れないと思う。僕のことは無視して』

 その切れ端には、ボールペンでそう書かれていた。


 どういう意味だ。

 一緒に帰れないのに、無視してって。


 少し考えたけど分からなくて、それよりも、洸の字が新鮮で、私はしばらくメモに書かれた文字を眺めていた。


***


 ああ、こういうことか。

 帰りの電車に乗り込んだ時、洸からのメモの意味が分かった。


 そこには、洸と吉永さんが並んで座っていた。

 吉永さんは、まるで周りに見せつけるように、洸にしなだれかかっている。

 違う車両にしようかとも思ったけど、それもわざとらしい気がして、私は彼らの向かいの空席に腰を下ろした。


 2人は、そこで私の存在に気付いたようだった。

 洸は、学校にいる時と同じように、温度のない目で私を見た。

 吉永さんは、一瞬驚いた顔をした後、意地悪そうに笑った。


 それにしても、と思った。

 吉永さんは他の女子から怒られないのだろうか。

 この時間帯は、部活帰りの青風高校の生徒をちらほら見かける。

 そんなに洸にべったりくっついていたら、やっかみを買いそうなものだ。


 そもそも、吉永さんはこの電車じゃないはずだった。

 高校に入ってすぐの頃、私は少しの間、吉永さんと行動していた。

 だから知っている。

 吉永さんは、引っ越したのでなければ、別の路線を使わないと家に帰れないはずだ。

 私たちは当時、駅の改札の手前でよく立ち話をしたものだった。


 私たちが一時期行動をともにしていたのは、仲良しグループからあぶれたもの同士だったからだった。

 青風高校は、近場の中学から来る生徒が多く、入学式の日には既にグループができあがっていた。

 知り合いがいない私たちは、その輪の中に入れずに、2人でつるむようになったのだ。


 でも、吉永さんは演劇部に入って、そこにいたサアヤたちと仲良くなった。

 吉永さんは最初、私のことも仲間に入れようとしてくれたけど、サアヤがそれを許さなかった。

 私はサアヤから露骨に爪弾きにされた。


 吉永さんは、私に対して明らかに罪悪感を抱いていた。

 だから、私は吉永さんに言った。


『私はひとりの方が気楽だから、気にしないで』


 半分、本心だった。

 青風高校に来るような子とつるみたくなかったし、勉強する時間を奪われるのはなおさら嫌だった。


 それでもしばらくの間は、吉永さんからの申し訳なさそうな視線を感じることがあった。

 私はそれで、吉永さんのことを優しい子だと思っていた。

 でも、私に見る目がなかっただけだったのだろう。

 クラスで孤立しないように、利用されていただけだったのかもしれなかった。


 今となってはどうでも良い。

 私を厄介ごとに巻き込まないかぎりは、人目をはばからず洸とイチャイチャしてようが、何でもーー。


「わ、すっごーい。腹筋固いね。筋トレしてるの?」

 束の間の追憶に意識を向けていた私は、吉永さんの声に我に返った。

 見ると、洸のお腹にベタベタと触っている。


「走ってるだけだよ」

 洸が眉ひとつ動かさずにそう答える。

 私にはボディタッチが多いとか言っておいて、他の子に触られても何も言わないのか。

 なんか、ムカつく。


「走るのが好きなの?それとも体づくり?」

 吉永さんに訊かれて、洸が何やらボソボソ返す。

「ノノちゃんが?」

 洸の言葉を拾ったのだろう。吉永さんが訊きかえしている。

「ノノの散歩で鍛えられてる」

 洸はそんな感じのことを、聞き取りにくい声で答えた。

 ノノは死んだはずではと思ったけど、洸が演劇部をサボるために嘘をついているのを思い出した。

 

「ノノちゃんの写真見たい」

 吉永さんにねだられて、洸がスマホを取り出す。

 さらに密着して、2人で画面をのぞきこんでいる。


 なんか、胸がザワザワする。

 愛犬を亡くした悲しみが蘇るのではないかと心配する以上に、彼らの距離が近すぎることに。


 電車が動き始めて、彼らの会話が聞き取りづらくなった。

 私は、2人を視界に入れないように、さっき借りてきた英語の本を取り出した。

 洸に、一緒に帰れないと言われたから、帰りに図書室に寄ったのだ。


 こんなことなら、まっすぐ家に帰ればよかった。

 そしたら、この2人と鉢合わせすることもなかった。

 本を開いたはいいけど、アルファベットがびっしりで、何も頭に入ってこない。


 “How long have you been there?”

 (いつからそこにいたんですか?)


 授業で習った現在完了進行形の疑問形。

 洸は、語順を丸覚えすると言っていた。

 文の短さとクエスチョンマークも相まって、この文だけが浮き上がって見える。

 

 How long have you been...

 How long have you been...


 そのまま永遠にも感じるくらいの時間を過ごした私は、やっと自分の降りる駅がアナウンスされるのを聞いた。


 本を鞄の中にしまって、立ち上がる。

 その時。


「リノちゃん」

 吉永さんに話しかけられた。


「今朝はごめんねー。洸くんと付き合ってるなんて疑っちゃって。考えてみたら、ありえないよね」

 相変わらず意地悪そうな笑みを顔に貼り付けて、そんなことを言ってきた。


 相手するだけ無駄だと思って、軽くあしらおうとした。

 でも。


「洸くんにも、そんなわけないじゃんって笑われちゃった。私、リノちゃんと違って、馬鹿だからさー」

 吉永さんの続く言葉に、足を止めた。

 ひとつの可能性が、頭に浮かんだからだ。


 洸は、私のせいで吉永さんの言いなりになっているのではないかーー。

 そんな、可能性が。

 自意識過剰かもしれないけど。


 たとえば。

 今朝私が吉永さんから受けたのと同じ質問を、洸も受けたとしたら。

 私と腕を組んで歩いた事実を、洸は揉み消そうとするだろう。

 私に迷惑をかけないように。

 

『他の人に喋らないから、私と付き合って』

 吉永さんから、そんな交換条件を持ち出されたとしたら。

 洸は、飲んでしまうかもしれない。


 仮にそうだったとしても私には関係ない。

 そう思った。

 洸に守ってくれと頼んだわけじゃないし、ましてや私たちは付き合ってるわけでもない。

 だから私は、何も気づかなかったことにして黙って立ち去ろうとした。

 のに。


「え、何?」

 吉永さんが怪訝そうな声を出す。

 私は、2人にスマホのカメラを向けていた。


「このこと、市村さんは知ってるの?」

 吉永さんに尋ねる。

「この写真を見たら、市村さん怒るんじゃない?」

 サアヤがこんなことを許すはずがない。


 私は攻撃されてもいい。

 洸を拘束しないでほしい。

 洸と一緒に帰る時間を、私から奪わないでほしい。


「それが何?」

 吉永さんは動揺しなかった。

「いいよ。撮れば?サアヤはブチギレるだろうね」

 余裕そうな口ぶりでそう言って、私をせせら笑った。

 電車が駅に着いて、ドアが開く。

「ほら、早くしないとドア閉まっちゃうよ」

 吉永さんが煽ってくる。


 その反応に、私の方が動揺する。

 なぜ、そんなに落ち着いているのだろう。

 サアヤのことが怖くないのだろうか。


 私は、シャッターボタンを押さないまま、スマホを下ろした。

 もとから本気ではなかった。

 こんなことをしたら、私が軽蔑している女子と同じレベルに落ちてしまう。


「撮れよ。ビビってんのかよ」

 電車のドアに向かう私を、吉永さんが煽ってくる。

「やめよう」

 洸がそれを止めた。

「そんな言葉遣い、涼香ちゃんらしくないよ」

 止めたのは、私のためじゃなくて吉永さんのためだ。

 そう思って、胸が潰れそうになった。


「また来週ね、リノちゃん」

 電車を降りようとする私に、洸はそう声をかけた。

 私の名前を、吉永さんと同じように、『リノちゃん』と呼んで。


 どんな反応をすればいいか分からなくて、ほとんど無視するみたいにホームに降りた。

 改札に向かう階段を降りながら、視界が滲み始めていた。


***


「加瀬さん」

 改札を抜けた時、どこからか男の声がした。

 あたりを見回すと、駅に併設されている小さな飲食スペースで、渡邉くんが大きく手を振っていた。


「こっちこっち」

 私を手招きしてくる。

 仕方なく、渡邉くんのそばに行った。

 昨日ほどは緊張しない。というか、緊張するような気分ではない。


 渡邉くんはここで勉強していたようで、テーブルの上には勉強道具が広げられている。

 一方で飲食物の類はひとつも置かれていない。


「そこ座って」

 向かいの席を指してくる。

「私、何も注文しないから……」

 壁にデカデカと、注文しない人の利用を禁じる旨の注意書きが貼られている。

 業平高校の制服を着ている渡邉くんは、業平ブランドの効力で黙認してもらえるのかもしれないけど。


「いいって。こんなガラガラなんだからさぁ」

 近くに店員さんがいるのに、渡邉くんはそんなことを大きな声で言った。

 まあ、中学時代からこの人にモラルを感じたことはない。私が尊敬していたのは、勉強ができる部分だけだ。


「偶然だね、二日続けて」

 私は立ったままそう話しかけた。

「本気で言ってんの?天然じゃん」

 笑われた。

 何のことだ。

「加瀬さんを待ってたんだよ。昨日、青風高校の奴に付きまとわれてただろ」

 渡邉くんは、小馬鹿にしたように待っていた理由をそう説明した。

 そういえば、洸に挑発されて私を家まで送り迎えするとか言っていた。


「洸くんが言ったことは真に受けなくていいよ」

「ああ。今日は一緒じゃないんだな」

「うん。だから、せっかく待っててくれてたのに悪いけど、私は大丈夫だから」

 意図せず口調が冷たくなる。

 だって、渡邉くんが悪いのだ。

 私が洸と腕を組んでいたとか、渡邉先輩に喋ったりするから。

 本当だったら、今日も洸と一緒に帰るはずだったのに。


「何だよ、照れてんの?」

「は?」

 何をどう解釈したら照れていることになるのか分からなくて、さらに冷たく訊きかえしてしまった。

 渡邉くんは、怯んだ様子もなく続けて言った。

「加瀬さんって、俺のこと好きだっただろ?昨日も真っ赤になってたじゃん」


 なんと。

 渡邉くんも、洸と同じ勘違いをしているのか。

 ということは、勘違いさせるような態度をとった私が悪いのだろうか。


「渡邉くん、ごめん私ーー」

「いいよ、付き合おうよ」

 いや、話聞けや。


 好きじゃないと言ったら、プライドの高い渡邉くんは怒るだろう。

 でも、このままじゃ付き合うことになってしまう。

 

「ごめん私、渡邉くんとは付き合えないっていうか……」

「はあ?」

 思ったとおり、渡邉くんは声を荒げた。

「やっぱ昨日の奴と付き合ってんのかよ?やめとけよ、あんな馬鹿高の奴なんか」

 馬鹿高、ね。

 少しカチンときたけど、その言葉を利用することにした。


「私もその馬鹿高に通ってるんだけど」

「あ、高校馬鹿にされて腹立った?ごめんって」

 渡邉くんが、今頃失言に気づいたのか、口先だけで謝ってくる。

 それはどうでもいいのだ。

「そうじゃなくて、渡邉くんはそんな馬鹿と付き合いたくないでしょ?」

 私はそう説得を試みた。

 渡邉くんのプライドを傷つけることなく、付き合わない方向に持って行こうとしたのだ。

 

「確かに青風高校の男とは絡みたくねえけどさ、」

 渡邉くんは、興味なさそうにノートの上に目を落として言った。

「女は別だよ。女はちょっと馬鹿なくらいがちょうどいいわ」

 そんなことを口走って、ノートの上でシャーペンを走らせ始めた。


「えっと……」

 あまりの言い草に、思考がフリーズする。

「ちょっと待っててよ。キリのいいところまでやっちゃうから」

 渡邉くんは、当たり前のように勉強を再開した。

 あまりのことに、悔しくて涙が出てきた。


「馬鹿にしないでよ」

 涙がとめどもなく溢れて、止まらない。

 渡邉くんが、何事かというように、私を見上げてくる。


「洸くんは、絶対にそんなこと言わない」

 声が涙でつぶれてる。

 それでも、私は言わずにいられない。

「渡邉くんほど勉強はできないかもしれないけど、誰かを馬鹿にしたりしない。渡邉くんなんかよりずっと、人間ができてるんだから」

 洸は人を否定しない。

 肯定することだけを教えてくれた。


 渡邉くんが笑い声をあげた。

「何泣いてんの?意味分かんねえんだけど」

 本当に分からないのだろう。

 私がおかしいみたいに言う。

 こんな人と喋ってる時間こそ、もったいない。


「だったらずっとそこで笑ってたら。さよなら」

 私は別れを告げて、足早に飲食スペースを後にした。


 外に出て、涙で滲む夕焼け空を見上げて、途方もなく洸に会いたくなった。


***


 週末を挟んで翌週、洸の取り巻きの中に、吉永さんの姿はなかった。

 自分の席にポツンと座っている。

「涼香ちゃんはどうかしたの?」

 洸に尋ねられて、サアヤが「なんかぁ、お腹痛いんだってぇ」と笑って答えた。


 それはいじめっ子特有の笑い方で、私は気分が悪くなった。


***


 昼休み、図書室に本を返しにいくために教室を出たところを、渡邉先輩に捕まった。

 本を持ったまま、廊下の突き当たりまで連行される。


「ごめん!こんなことになるとは思わなかったんだ」

 渡邉先輩は、開口一番、両手を合わせて謝ってきた。

「は、はあ……?」

 何のことか分からなくて、気の抜けたリアクションを返す。


 渡邉先輩とはほとんど喋ったことがない。

 渡邉くんの一学年上で、中学でも二年間被っていたはずだけど、接点がまったくなかった。

 渡邉くんが口にしていた悪口から、演劇部に所属していることを知っているだけだ。


「加瀬さんは、大原と付き合ってるんだよね?」

 話が見えていない私に、渡邉先輩は確認するようにそう尋ねてきた。

 私が、洸と?

「いや、付き合ってないです」

「だって、直樹が腕組んで歩いてるの見たって」

「それは誤解というか……」


 そもそも、私は何で洸の腕を引っ張ってたんだっけ?

 ……ダメだ。思い出せない。


 私が困っていると、渡邉先輩は何かを思いついたように手をひとつ叩いた。

「もしかして、弟に見せつけるためだった?青風高校の奴と付き合うなんてとか、嫌味を言われたんじゃない?」

 言われた。

 昨日のことを思い出して、悔しさが込み上げてくる。


「ごめんね」

 渡邉先輩は、私の様子を見て何かを察したようだった。

「あいつ学歴至上主義だから、加瀬さんにも嫌な思いさせたよね」

 私を気遣うように、そう言った。


 渡邉くんは中学時代、兄のことを散々馬鹿にしていた。

 だから私は、渡邉先輩のことを勝手にダメな人なのかと思っていた。

 でも、先輩の方がよっぽど人間ができている。

 そう思えるようになったのは、もしかしたら、洸に出会ったからなのかもしれない。

 

「こんなことになるとは思わなかったって、どういう意味ですか?」

 冒頭の先輩の言葉について、私はそう尋ねた。

 話くらい聞いてもいいかという気になったのだ。


「ああ、それはね、」

 渡邉先輩が気まずそうに頭を掻く。

「俺のせいで、吉永さんに大原を取られちゃったのかたと思って」

「は、はあ?」

 我ながら、図星みたいな反応をしてしまった。


「俺、吉永さんのことを狙ってるんだよね」

 髪をいじりながら、渡邉先輩はそんなことを打ち明けてきた。

「でも、吉永さんは大原のことしか見えてないからさ、大原が加瀬さんと腕を組んで歩いてたって言ったら、大原のことを諦めて、振り向いてくれるかと思ったんだよ。完全に逆効果だったけど」


「先輩、吉永さんのこと好きなんですか?」

 思わず直球で訊いてしまった。

 やめておいた方がいいと思ったのだ。

 いい子そうに見えて、性格が悪いから。


「吉永さんは、口は悪いけど優しい子だよ」

 渡邉先輩は、私の言わんとすることを理解したみたいに、そう言った。

「今回のことは大原が悪いんだ。あいつが半端なことばかりするから。どういうつもりなのか問い詰める必要があるな」

 後半は独り言のようだった。


「洸くんを問い詰めても、あんまり意味ないと思いますけど……」

 思わずそう言い返した。

 洸を恨むのはお門違いだと思ったのだ。

 渡邉先輩は、吉永さんの悪女ぶりを知らない。


 そんな私に、渡邉先輩は小さく首を横に振った。

「大原が女子の頼みを断われないだけなのは知ってるよ。けど、さすがに流されすぎだ。あいつはもっと自分を持った方がいい」


 先輩に、洸の何が分かるの。

 そう思ってしまった私は、随分とおこがましい。

 学校帰りにほんの少し喋っただけで、洸のすべてを知った気になっている。

 

「じゃ、お昼の時間を邪魔してごめんね」

 渡邉先輩は、手を小さくあげて廊下を歩いて行った。

 洸が嫌な目に遭いませんように。

 そんなことを、その背中に祈っていた。

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