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5回目の告白

「あたしも洸くんとキスしたぁい」

 廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてきた。

 お昼休み、私は図書室に本を返しにいく途中だった。

 今の声は、洸が仲良くしている女子4人組のひとり、サアヤだ。

 反射的に柱の影に隠れる。何もやましいことはないのに。


「シンデレラでさぁ、本番では本当にキスするんでしょ?」

「練習しとかないとじゃん」

「ここじゃムードないから、屋上がいい」

 残りの女子が口々に同調する。


「いいよ」

 洸が軽く承諾する。

「やったぁ。行こ行こー」

 女子の喜ぶ声と足音が近づいてくる。

 やばい、見つかる。


 私は咄嗟に、図書室に返しにいく本を読んでいるフリをした。

 そんな私の横を、女子たちが駆け抜けていく。


 少し遅れて、洸が通る。

 一瞬、私と目が合った気がしたけど、その瞳には何の感情も宿っていなさそうだった。


 行かないで。


 一瞬そう思って、そんな自分に戸惑った。

 洸が誰とキスをしようが、私には関係ない。

 彼女でもないのに。


 ……彼女?

 もしも、私が洸の『好き』に応えたら、洸と付き合うことになるのだろうか。

 ありえない。

 そんなの、ありえない。


 ゆらゆらと洸の後姿が遠ざかっていく。

 

 私が手にしているのは、先週図書室で借りた数学の参考書だ。

 最後まで解き終わらないうちに、返却日が来てしまった。

 こんなことは初めてだった。

 洸と電車で初めて話した日から、調子が狂いっぱなしだ。

 気づけば洸のことを考えてしまう。


 洸に聞けば、教えてくれるだろうか。

 この感情の名前を。

 洸のことを忘れて、勉強に集中できる方法を。

 

 私はいつの間にか、洸と話す時間を待ち侘びている。

 

***


「昨日は、あの後大丈夫だった?」

 いつものように改札を出たところで洸と合流して、私はそう尋ねた。

 洸と別れた後、雨足がさらに強くなったから、少し心配した。

「うん。傘貸してくれて助かった。ありがとう」

 洸はそうお礼を述べて、私が貸した傘を掲げてみせた。


「でも、洸くん既にびちょびちょだったよね。鞄の中身とか濡れちゃったでしょ?」

 ずぶ濡れになっていたのを思い出して言う。

 濡れて困るものはないと言っていたけど、さすがに教科書とかは入っていたはずだ。

「鞄の中身は大丈夫だったよ。ベルトがまだ湿ってるけど」

 腰のベルトを指して苦笑いしている。

「ベルトだけ替えがなくてさ。あ、でも今日からはちゃんと折り畳み傘をーーんっ」

 私がベルトに触ろうとした時、洸が驚いたようにビクッとした。

「ごめん、くすぐったかった?」

 距離を見誤って、指でお腹をつついてしまった。

「大丈夫……」

 洸はそう言って、心臓のあたりを押さえた。


「洸くん、意外と腹筋硬いね」

 つついた時の感触が硬かった。

「理乃ちゃんが急に触るから」

「それと腹筋、関係あるの?」

「びっくりして、思わず力が入ったんだ」

 そういうことか。

「慣れてそうなのに」

 わたしがそう呟くと、

「慣れてないよ、こんなこと」

と、しっかりめに否定された。

 軽いノリで女子とキスできちゃうくせに。


 キスといえば。

 シンデレラの劇でキスをすると言っていた。


「シンデレラの劇の練習はばっちりなの?」

 核心を突けずに、何気なさを装ってそう尋ねる。

「まあね。王子なんか、大してセリフないし」

「そうなの?」

 意外だ。

 王子って、まあまあ重要人物なのではないだろうか。

 知らないけど。

「うん。靴拾って、シンデレラ探して、求婚するだけだよ」

「それもそっか」

 キスするんちゃうんかい。

 そうツッコみそうになったのを堪えて相槌を打つ。


 洸は、何を思ったのか、数歩先へ駆け出して、くるりと振り向いた。

「やはり、あなたが私の探し求めた姫」

 芝居がかった調子で、私に手を差し伸べてくる。

「私と結婚していただけますか?」

 王子役のセリフなのだろう。

 臨場感がすごい。

「さすがに上手だね」

 素直に感心した。

「洸くんは、声がいいし、スラっとしててスタイルもいいから、舞台映えするだろうね」

 私はそんな率直な感想を述べて、洸の横を通り過ぎた。

 ん?通り過ぎた?


「どうかした?」

 立ち止まったままの洸を振り向いて声をかける。

 変なことを言ってしまっただろうか。


「理乃ちゃんは本当に、いつも思いがけないことを言ってくれるよね」

 洸が呟くように言う。

「え、嫌だった?ごめんね」

「違うよ。逆だ。全然逆」

 胸を押さえている。

「僕、理乃ちゃんといる時、ずっとドキドキしてるんだよ。その上にさらに思いがけないことをされたら、心臓が壊れちゃいそうになる」

 どういう意味だ。

 私に演技を褒められて、嬉しかったってこと?

 いちいちオーバーな。


「本当はね、理乃ちゃんのことをもっと知りたくて、訊こうと思ってることがたくさんあるんだよ。それなのに、理乃ちゃんを前にすると、全部吹き飛んじゃう」

 洸は、私のことをまっすぐに見つめる。

「それで僕は、好きだって言うことしかできなくなるんだ」

 その瞳に捉えられて、目を逸らすことができない。


「洸くん」

 私に教えてほしい。

 その『好き』の意味を。

 私のこの気持ちは、いつか恋になるのかを。

 

「もしも私と付き合ったとしたら、何したいの?」

 私は、洸とキスしてみたい。


「付き合ったら……?」

 洸は、考えたこともなかったというように、戸惑いを見せた。

「理乃ちゃんと、僕が?」

 当たり前のことを確認してくる。

 自分がひどく勘違いな発言をしてしまったように思えた。


「冗談ーー」

「セックス……?」


 撤回しようとした私の言葉に被せて、洸はボソリとそう言った。

 一瞬、何を言ったのか理解できなかった。


「あっ、うそうそ、完全に間違えた」

 すぐに洸が取り消してくるけど、一度口にした言葉は消えない。


 お母さんの言うとおりだ。

 王子様なんていないのに、勝手に夢を見て、馬鹿みたいだ。


「やっぱり、私をからかってただけだったんだね」

「違う、そうじゃないーー」

「悪いけど、洸くんのこと、もう1ミリも信じられない。二度と話しかけてこないで」

「理乃ちゃん、傘ーー」

「付いてこないで!」

 私はその場から走って逃げ出した。


 洸に捕まったらどうしようと思って怖かったけど、洸が私を追いかけてくることはなかった。


 水溜りをたくさん踏んで、ドロドロの状態でお母さんの事務所にたどり着く。


「嫌や、ほんまありえへん……」

 独り言とともに、玄関で崩れ落ちた。

 

 私が馬鹿だったのだ。

 洸みたいな、いつも女子に囲まれているチャラい男が、私に興味を持つはずがない。そう、分かっていたのに、いつから勘違いし始めたのだろう。

 恋を教えてもらえる、なんて、馬鹿げた思い違いを。

 

 私は、いい大学に行って、1人で生きていける人間になるのだ。

 そこにしか、私の幸せはない。

 こんなところで立ち止まっている場合じゃなかったのに。

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