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2回目の告白

 翌日の学校帰り、改札を抜けたところに洸が立っているのが見えて、ゲッと思った。

 私と同じ電車に乗っていたのだろう。洸は鞄の中に定期入れをしまおうとしているところだった。


 正直、洸に遭遇しないように、帰る時間をずらすことも考えた。

 でも、電車は30分に 1本しか来ないし、お母さんの事務所では勉強がかなり捗ったから、学校で無駄に時間を潰すのがもったいなくて、結局昨日と同じ電車に乗ったのだった。

 せめてもの抵抗に、車両は変えたけど。


 昨日のことは、冗談だったのだろう。

 洸は、学校で一切話しかけてこなかった。

 一日中身構えていた私は、無駄に疲れさせられた。

 だから昨日のことは、事故にでも遭ったと思って、忘れようとしていたのに。


「今日は眼鏡なんだね」

 改札を抜けた私に、洸が当たり前のように話しかけてきた。

「今日もカバン重たい?持とうか?」

 その申し出を断る。

 洸にそんなことをしてもらう義理はない。


「ああ、やっぱり」

 洸は、いきなり私の顔を覗き込んできたかと思うと、何かに気づいたように嬉しそうな声をあげた。

「その眼鏡、度が入ってないよね。オシャレ眼鏡なんだ」


 皮肉か、と思った。

 私がかけているのは、金属フレームのダサ眼鏡だ。


「別に、オシャレとかじゃない」

「そうなんだ。あ、目を保護するためとか?」


 なんか、今日はめっちゃ話しかけてくるやん。

 昨日は黙りこくってたくせに。


「眼鏡かけてないと落ち着かないの」

「へえ。赤ちゃんにとってのおしゃぶりみたいなもんか」


 ……何でやねん。


「違う。私、眼鏡してないと馬鹿っぽく見えるから、それが嫌で」

 

 私は、自分でも分かるくらい、目もとがパパに似ている。

 お母さんは、パパみたいになっちゃダメ、パパの真似なんかしちゃダメだと、口を酸っぱくして私に言い聞かせてきた。

 だから、少しでもパパとかけ離れた人間になりたくて、中学生の頃から、伊達メガネをかけるようになった。

 私は、お母さんの理想に近づきたかったのだ。


「馬鹿っぽくなんか見えなかったけどな」

 洸が呟く。

「ていうか、すごい可愛かったよ。もちろん、眼鏡かけてても可愛いけど」

 そんなことを、さらりと言う。

「それに、眼鏡かけてると、視界が狭くなりそうでちょっと心配。ただでさえ理乃ちゃん、危なっかしいのに」

 そう言って、洸は私の手に触れようとした。


「大原くん」

 手を引っ込めて、彼の名字を呼ぶ。

「もし勘違いさせちゃったんだったらごめん。私、昨日はちょっとぼんやりしてて」

 私はそう謝った。

 洸のチャラい態度は気に入らないけど、もしかしたらそれは、自分が無意識に洸に対して思わせぶりな態度を取ったせいかもしれない。そう反省したのだ。

 電車で寄りかかって寝たりしたし。


「あれ、何で名字呼び?」

 洸がヘラヘラとツッコんでくる。

 仕方なく、正直に白状した。

「ごめん、昨日は大原くんの名字が思い出せなくて」

「ああ。あはは」

 私の答えに、洸は屈託なく笑った。


「大丈夫、勘違いはしてないよ。一緒に帰ろう」

 笑みの残る顔で、洸が言う。

「でも、大原くん、家は……?」

「理乃ちゃんの家、僕の帰り道なんだ。それとも、一緒に帰るのが嫌なくらい僕のこと嫌い?」

「別に、そこまでじゃ……」

 私の返しに、洸はにっこりした。

「僕のことは洸って呼んで。名字で呼ばれるの、気になる」

 そう言って、歩き出す。

 仕方なくその後を追った。


***


「昨日は何でぼんやりしてたの?」

 歩きながら、洸がそう尋ねてくる。

 今日は私と話す気まんまんみたいだ。

「昨日は、弟が生まれて」

 未明にかかってきたパパからの電話に起こされたのだ。

 そのあとは、目が冴えて眠れなかった。


 私の答えに、洸は大げさなくらいに驚いた。

「そうなの?え、すごいじゃん。おめでとう」

 別に、私はおめでたくないんやけど。

 心の中でツッコむ。

 私が産んだわけじゃないし。


「理乃ちゃん、兄弟多い?」

「え?」

「大した出来事じゃないような口ぶりだから」

 少しだけ道幅が広くなって、前を歩いていた洸が、私の横に来る。

「他に兄弟はいないけど、」

 洸に並んで歩かれると、昨日と同じように足取りがギクシャクしてしまう。

「正直、おめでたいことだとは思わない。父親が家に戻ってきて、厄介ごとが増えるだけ」

 取り繕う余裕もなくて、つい個人的な話が口からこぼれ落ちていた。


「お父さんが、戻ってきたの?」

 洸は私の言葉を反復する。

 そりゃそうだ。洸にとっては意味不明だ。

「母親に家を追い出されてたの。私の教育上良くないからって、私が中学に上がる時に。でも、弟が生まれて、戻ってきたんだ」

 私はそう説明した。

 家を追い出されたパパは、こないだまでお母さんの事務所で暮らしていたのだった。


「父親が家にいると、母親の機嫌が悪くなるんだよね。父親のことを嫌ってるから、父親が何かするたびに過剰に反応するし、私が父親と会話するのも嫌がる」

 洸に言っても仕方がないのに、私はそんな愚痴を吐いた。


 本当に、パパが家にいると、何も良いことがない。

 お母さんがなぜパパと結婚したのか、私にはまったく分からない。

 2人の馴れ初めは、当時ホストをしていたパパがお客さんとトラブルか何かを起こして、お母さんが弁護士としてその対応にあたったのがきっかけだったと聞いたことがある。

 でも、パパのどこに惹かれたのか、お母さんは頑なに明かさない。若気の至りだったのだと、後悔の言葉を口にするだけだ。


「そっか」

 私の独り言じみた話に、洸は相槌を与えた。

「理乃ちゃんはお父さんのこと好きなのにね」

「え?」

 何でそうなる。

「だって昨日、僕のこと、パパに似てるんだって、すごい嬉しそうに」

 そういえば。

 確かに誤解されても仕方がない。

「違うよ」

 慌てて訂正する。

「あれは、誰に似てるんだろう、あ、パパに似てるんだ!ってスッキリしただけ。父親のことは私も嫌いだよ」


 小さい頃からずっと、私はお母さんからパパの悪口を聞かされてきた。

 パパは学がないから。

 女の子を楽しませることしか考えてない、薄っぺらい人間だからーー。

 

 パパがいると、お母さんの機嫌が悪くなる。

 そう学習した私はいつしか、パパが家にいなければいいのにと思うようになった。


「そうなんだ……」

 そう呟く洸の声が沈んでいるように聞こえて、気を悪くしたかと思った。

 確かに、よく考えたらひどい。

 洸のことをパパに似ていると言っておいて、パパを嫌いだと断言しているのだから。


「あの、ごめんね?洸くんのことを父親に似てるって言ったのは、見た目の話で……」

「ああ、うん」

 私の弁明を、洸は軽く受け流した。

 どうやら、そこは気にしてなかったようだ。

 洸の様子を窺うと、何かを言いたそうにしていた。

 私は、前を向いて、洸の言葉を待つことにした。

 

「理乃ちゃんのお母さんはさ、」

 何歩か無言で歩いた後、洸は口を開いた。

「本当にお父さんのことが嫌いなの?」

「え?何で?」

 思いがけないことを訊かれて、面食らった。

 お母さんがパパを嫌っているのは、私にとって、揺るぎない事実だ。

「だって、本当に嫌いだったら……、赤ちゃんは生まれないんじゃないかと思うけど……」

 語尾は消え入りそうな声だった。

 再び洸の方を見ると、緊張したような面持ちをしていて、耳が赤かった。


「どうして?」

 洸の理屈がよく分からなくて、そう問い返した。

「どうしてって……」

 洸はなぜか、顔が真っ赤になっていた。

 何か変なことを訊いてしまっただろうか。

「本当に、危なっかしくて困るな」

 頬をかきながら独り言のように呟く。


「理乃ちゃん、付き合ってる人いる?」

「え、いないけど」

 脈絡がまったく不明だ。

「そっか」

 いや、だから何やねん。


 何でそんなことを訊くのかと尋ねようとした時、後ろから自転車が来るのが見えた。

 咄嗟に洸の腕を引くと、洸は簡単にバランスを崩した。私の方に倒れ込みそうになって、私の背後の石塀に手をつく。

 その顔は、まだ赤かった。


「やっぱり僕、理乃ちゃんのことが好きだ」

 壁ドンみたいな体勢のまま、洸が言う。

「これからも毎日、家まで送らせて」

 その真剣な表情は、教室で見るのとは大違いで、私はわけもなく落ち着かない気持ちになる。

 けど。


 流されてはいけない。

 そう自分に言い聞かせる。

 こんな人が、私に興味を持つはずがないのだから。


「ノノっていう子の代わりなの?」

 私はそう尋ねた。

 昨日洸が言っていたことを思い出したのだ。

 洸は、『ノノと一緒にいる時以外に、こんな気持ちになるの、初めてだ』と言った。

「どんな子か知らないけど、私、その女の子の代わりにはなれないよ」

 昨日、悲しみを堪える顔をしていたのは、その子と別れたからだったのかもしれない。


 私の言葉に、洸は虚をつかれたように目を見開いた後、ふふ、と息だけで笑った。

「ノノはオスだよ」

 洸は壁ドンを解除して言った。

 ん?オス?

「ノノは、犬なんだ」

 私にそう告げると、洸はくるりと私に背を向けた。

 口に腕を当てて、どうやら笑っている。


「なっ!洸くんが紛らわしい言い方するから」

「ごめんね」

「笑わないでよ」

「む、無理……」

 ひどい。

 そこで一生笑ってればいい。

 そう思って、大股で歩き出した。


「あ、待って」

 声が追いかけてくる。

「ごめんって。家まで送らせて」

 すぐに追いついてきて、並んで歩き出した。


***


「じゃあ、また来週ね」

 マンションの前で、洸はあっさりと私に別れを告げた。

 そして、昨日と同じように、来たのと反対の方へと歩いていった。


 好きだというくせに、連絡先も聞いてこない。

 やっぱり、私はからかわれてるだけだ。

 あの男の言葉を真に受けたら負けだ。


 洸の後ろ姿を見送りながら、私は自分にそう言い聞かせ続けていた。

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