10回目の告白(2/2)
レストランを出ると、先に会計を済ませていた洸が、ジャケットを羽織ろうとしているところだった。
スーツ姿に戻った洸に、また緊張しはじめる。
「もっとカジュアルな服はなかったの?」
私はそう恨みがましく声をかけた。
さっきのジャージズボンでも全然良かった。
というか、こんな格好の人を公園に連れていっても良いのだろうか。
「理乃ちゃんにチャラく見られたくなかったんだ」
洸が小さな声で答える。
「僕、この期に及んでまだ、理乃ちゃんによく思われようとしてる」
何だか落ち込ませてしまったようだ。
「こないだは、母親が洸くんのことをチャラチャラしてるなんて言ってごめんね」
公園に向かって歩き出しながら、洸に謝った。
お母さんに言われたことを気にしているのかと思ったのだ。
「私は、洸くんがどんな格好してても、チャラいなんて思わないよ」
中身が真面目なことを知っているから。
「大丈夫、気にしてないよ。僕がチャラチャラしてるように見えるのは事実だし」
洸はそう言った。
一瞬、手が触れて、スッと私から距離を取った。
「だけど、お母さんが理乃ちゃんのことをすごく大事に想ってるのが伝わってきて、僕なんかが手を伸ばしちゃいけないとは思った」
駅前の通りを右に折れるとすぐに、公園の入り口を示す看板が見えてきた。
道に沿って立ち並ぶ木々は、色鮮やかに紅葉している。
「でもね、もう無理なんだよ」
はらはらと葉を落とす木々の下で、洸は声を暗く沈ませた。
「どうしたって、理乃ちゃんと一緒にいると、僕は手を伸ばしたくなる。理乃ちゃんも僕のことが好きなんじゃないかって、都合よく考えたくなる。現実を突きつけられて落ち込むのを、永遠に繰り返す。馬鹿みたいに」
そこで洸は足を止めた。
「もう、終わりにするよ」
その声は、震えている。
「今まで、理乃ちゃんの日常を邪魔してごめん。理乃ちゃんは、僕のことなんか忘れて、したいと思ったことをして。理乃ちゃんならきっと何でもできるから。危ないことだけはしないでね」
「何でーー」
何で、そんな風に泣くの。
そこまで思い詰めて、それでも、がんばって笑おうとするの。
ごめんね。
全部、私のせいだ。
私が臆病で、洸の言葉を信じようとしなかったせいだ。
洸の手を掴むと、洸はビクリと過剰に反応した。
手を引くと、洸は少しだけ抗った。
それでも、私の手に従った。
公園に入ると、こないだのベンチが目に入った。
人がたくさんいるのに、そのベンチだけは、私たちを待っていたみたいに誰も座っていなかった。
「謝らなきゃいけないのは私の方だよ」
ベンチに並んで座って、この前よりも距離を空けて座る洸に言った。
「私が怖がりだっただけなの」
今も、洸の目が見れない。
「洸くんを好きにならないなんて、嘘。会えない間、寂しくてたまらなかった。会いたくて会いたくて、しまいには洸くんの家にまで押しかけて。私はとっくにもうーー」
唇が震える。
頬がひきつる。
動け、私の口。
言え、ちゃんと。
ハンドバッグの中に手を突っ込んだ。
すぐにツルツルとした感触が指に触れる。
私はそれを取り出した。
それはネクタイ。
再びこの場所で、私たちは巡り会えた。
それを、運命と言わずに何と呼ぶのだろう。
「私は、洸くんのことが好き」
風が止んで静かになった公園のベンチで、私はやっと洸に想いを伝えることができた。
***
「理乃ちゃん」
洸が声を発したのは、永遠にも感じる時間の後だった。
「僕のことは気にしなくていいよ」
「……え?」
思っていた答えと違って、思わず訊きかえした。
洸は私の方を見ていた。
それは、胸が痛くなるくらい、優しい表情だった。
「理乃ちゃんに会うまで僕はずっと、流されて生きてきたんだ。これからだって、流れに身を任せて生きていける。だから、そんな風に言ってくれなくて大丈夫だよ」
11月の冷たい風が、火照った頬を冷ましていく。
めげそうになった私は、これまでの洸からの告白を思い返した。
私がどんなに適当にあしらっても、いつだってまっすぐに想いを伝えてくれた。
1回好きだと言っただけで信じてもらおうなんて、そんな虫のいい話はない。
「洸くん、このネクタイ覚えてる?」
気持ちを奮い立たせて、私は洸に尋ねた。
「ノノを引き取ってくれた時に、洸くんが落としてったの」
洸の方に差し出したネクタイが、ひらひらと風にたなびく。
「洸くんに会った時のこと、何となくだけど思い出した。ネクタイ、返しに行けなくてごめんね。あの後、母親から遠出するの禁止されて、この公園にも来れなかったんだ」
洸が、ネクタイの端をそっと掴む。
その表情は、無感情だ。
けれど、ネクタイを通して少しだけ、洸と心が通ったような気がした。
「ノノを大事に育ててくれてありがとう。私を見つけて、好きって言ってくれてありがとう。信じなくてごめん」
私はゆっくりと洸に近づいた。
洸との間のネクタイに、少しゆとりが生まれる。
「私も、洸くんが信じてくれるまで、何度でも言うよ。洸くんのことが好き」
どうか洸に届いてほしい。
「このネクタイはたぶん、父親からくすねたやつだ」
洸が感情のない声で言った。
どうやら、まだ話を逸らす気らしい。
「僕、学芸会の衣装の蝶ネクタイが、子供っぽくて気に入らなくて、父親のネクタイを持っていった」
洸の手から、ネクタイの端がするりと落ちる。
「でも結局、変だって言って付けさせてもらえなくて、仕方なく尻ポケットかどっかに入れてたんだ。それを落としたんだと思う」
洸は淡々とそう説明した。
話を逸らされて、好きが宙ぶらりんのまま、困り果てて洸を見ると、顔が赤くなっていた。
あれ。
意外と響いてた?
「今ならこのネクタイ、洸くんに似合いそう」
子供の時には変だと言って付けさせてもらえなかったというネクタイを、洸の首にかけてみた。
水色のジャケットに、その紺のネクタイはよく映えた。
「ネクタイを落としていくなんて、洸くんは王子様じゃなくてシンデレラみたいだね」
そんなことを言いながら、ネクタイを結んでいく。
「な、何で……」
洸はされるままになりながら、疑問詞を口にする。
「何でそんなに結び慣れてるの……?」
「練習したんだよ。洸くんにこうやって結んであげようと思って。その時は制服をイメージしてたんだけど」
私がそう答えると、洸はますます真っ赤になった。
結び目をキュッと上にあげて、完成した。
やっぱり、よく似合う。
「ぼ、僕がシンデレラなんだったら、」
照れているのか、洸が口を尖らせて言う。
「いつか魔法が解けちゃうんじゃないの?」
落ち着かないのか、私が結んだネクタイの端を指先で触っている。
シンデレラは魔法で着飾ったんだっけ。
洸のいう魔法が、何なのかは分からないけど。
「今日の洸くん、なんか格好よすぎて困るから、魔法なんだったらむしろ早く解けてほしい」
私はそう返した。
本心だった。
今日の洸の格好よさは、久しぶりに会ったにしても異常だ。
服のせいなのだろうか。
いや、服だけじゃないような。
「いつもと何が違うんやろ……」
洸が格好よく見える理由を探して、洸の顔を見つめる。
私と目が合って、洸はハッとしたように顔を背けた。
耳が真っ赤だ。
「さ、さっき美容院に行ったから、それでだと思う。あんま見ないで……」
隠すように髪をかき混ぜている。
なるほど、それでか。
いつもは分け目がどこにあるか分からないくらい癖丸出しの髪型なのに、今日はビシッとセットされている。
今かき混ぜたせいで台無しだけど。
ていうか。
「照れてるの可愛い。好き」
洸はすぐに赤くなる。
しかも、肌が白いからそれがよく目立つ。
それが可愛くて、ずっと見ていたくなる。
「ぼ、僕みたいなこと言わないで……」
「仕返しだよ。言われたら困るでしょ?」
「僕のは心の声がダダ漏れしてるだけだから、不可抗力だ」
それなら私だって不可抗力なのに。
この人、まだ私の言葉を信じていないのだろうか。
「私、本当に洸くんのこと好きだよ」
何度も言えば信じてくれるだろうか。
それとも。
「言葉だけじゃ、信じるの難しい?」
私がそう尋ねると、洸は少したじろいだようだった。
「信じーー」
「キスしたら分かる?」
私たちの声が被った。
洸は、信じると言いかけたのだろうか。
それなら別にキスしなくてもいいか。
「する」
洸は短くそう言った。
「え?」
私が訊きかえすと、洸は拗ねたようだった。
「だから、キス、する」
「えっ」
洸の言葉に動揺する。
「理乃ちゃんが言ったんだよ」
「そ、そうだけど」
あまり本気じゃなかったというか。
いや、覚悟決めないとな。
「理乃ちゃんがしたくないならーー」
「しよ。キスして」
洸の方を向いたまま、顔を少し上げて目をつぶる。
恥ずかしい。
ちょっと怖い。
するなら早くしてほしい。
「し、失礼します」
洸が神妙な声で言う。
失礼しますって何やねん。
そうツッコミを入れようとした時、唇に柔らかいものが触れた。
「んっ」
驚いて、思わず声を漏らしてしまった。
洸の手が私の頬を支える。
唇がさらに強く押し当てられて、私の唇を食んでくる。
長いて。
キスって1秒とかちゃうんか。
こんなん、呼吸困難になってまう。
そのまま、1分くらい経っただろうか。
洸は、やっと顔を離した。
私を見て、嬉しそうに笑う。
「ふふ、理乃ちゃん、真っ赤」
「う、うっさいわ。長いねん」
洸の指が、私の頬を優しく撫でてくる。
その手つきが甘くて、私は洸との関係性が変化したことを知る。
「分かったやろ。私が洸くんのこと好きって」
分かったなら、少し休憩させてほしい。
心臓がパンクしそうだ。
「んー、まだ分かんないかな。ちょっともう一回していい?」
洸がそう言って、顔を近づけてくる。
嘘やろ。
「ま、待って。あんたは慣れてるかしれんけど、こっちは心臓持たん」
慌てて洸の胸を押して阻止する。
「慣れてないよ、好きな子とのキスなんて。こんなに幸せなものだなんて、知らなかった」
胸を押す私の手を取って、さらに距離を詰めてくる。
「や、ほんまに無理、心臓壊れる。私が死んだらあんたのせいーー」
のけぞって抵抗していると、洸にギュッと抱きしめられた。
キスを覚悟していた私は、不意打ちすぎて言葉を失った。
「はあ。夢みたい。理乃ちゃんが好きって言ってくれるなんて」
耳元で、息混じりの声でそう囁いてくる。
信じてくれたんや。
そう思って安心した。
のに。
「っていうか、夢?こんなのありえないよな。まあ、夢でもいいか。覚めなきゃいいだけだもんな」
独り言が大きすぎる。
「何でやねん」
私も洸の背中に手を回した。
「こんな生々しい夢があってたまるか」
夢なんかにはさせない。
絶対に。
「それで、私たち付き合うん?」
抱き合ったまま、洸にそう尋ねた。
洸のことだ。それとこれとは別とか言い出しかねないと思った。
でも、それは杞憂だったようだ。
「僕と付き合ってくれるの?」
私の髪を撫でながら、洸が尋ねかえしてくる。
「ひとつ条件がある」
なぜか素直に頷けなくて、私はそんな言葉を口にする。
髪を撫でる洸の手が、ぴたりと止まった。
「……条件?」
不安そうな声だ。
すぐ不安になるんだな、この人。
「連絡先を教えてほしい」
私が条件の内容を明かすと、洸は一瞬呆気に取られて、それから笑った。
「もちろん。僕も理乃ちゃんの連絡先知りたい」
私たちは、スマホにお互いの連絡先を登録した。
「幸せすぎるな」
スマホの画面を見つめて、洸が噛み締めるように呟く。
いちいち恥ずかしい人だな。
「言っとくけど、私も幸せだからね」
恥ずかしいけど、洸がちゃんと分かっているのか不安になって、私はそう言い返した。
「私も洸くんと一緒に過ごしたいと思ってるから、今までみたいに見返りとか要らないからね」
洸は、私と過ごす見返りに、鞄を持ったりしてくれていた。
私はそれを一方的に受け取るだけだったけど、今や私たちは対等だ。
「そんなこと言われたら、ずっと一緒にいたくなっちゃうな」
スマホをポケットにしまって、洸が困ったように呟く。
「あ、でも学校では今まで通りでいようね。僕と付き合ってるのがバレたら、理乃ちゃんがひどい目に遭っちゃうかもしれないから」
「そんなに心配しなくても、大丈夫だよ」
私は笑って応えた。
「私の母親、見たでしょ?あの人弁護士なの。娘がいじめられたりしたら、ただじゃおかないよ」
冗談めかして言ったら、洸も笑い返してきた。
***
空に朱色が混じり始めた頃、私たちは名残惜しい気持ちとともに立ち上がった。
「芸能事務所はどうするの?」
私の家に向かって歩きながらそう尋ねると、洸は何かを思い出したように小さく声をあげた。
「ちょっと一本電話してもいい?」
私にそう断って、スマホを耳に当てる。
「せっかく機会を頂きましたが、見送らせてください」
私の隣で、そんな感じのことを喋っている。
相手は芸能事務所のようだ。
引き止められているのを、洸が断っているらしいのが伝わってくる。
そうして洸は、数分の通話を終えた。
「今のは芸能事務所の人?」
私の問いに、洸が肯定する。
「この1週間はお試し期間だったんだ。辞めるなら今日中に意思表示しなきゃいけなくて」
「ええ、危な」
「あはは。間に合ってよかった」
「でも、良かったの?お母さんたちに相談しなくて」
「うん。自分の人生は自分で決めるよ」
洸はそう言って、にっこりと笑った。
「良かった。洸くんがちゃんと自分のやりたいことを主張できて」
私の言葉に、洸が「ん?」と訊きかえしてくる。
「洸くんのお父さんが心配してたんだ。洸くんが自分というものを主張しないって」
それを聞いて、洸は息だけで笑った。
「父さん、理乃ちゃんにそんなこと喋ったの?」
その顔はくすぐったそうだ。
でも、嫌そうではなかった。
「私にも、ちゃんと言ってね。洸くんがしたいこと、私にできることだったら、叶えてあげたい」
私がそう言ったら、洸はますますくすぐったそうにした。
「一緒にいてくれるだけで、じゅうぶんですよ」
なぜか丁寧語でそう返してくる。
その時、手と手が触れた。
手を繋ごうとした私に、洸は緊張した声で続けた。
「でも、その、い、嫌じゃなかったら……、」
ためらうような間の後で。
「腕を、組んでほしいかもしれないです」
何だ、そんなことか。
もっとすごい要求が来るんか思て身構えたやんか。
「あ、でも、知り合いに会うかもしれないからやっぱ無し。理乃ちゃんが嫌な目にーー」
ぐだぐだと撤回してこようとする。
ほんまにアホやなぁ。
その腕に抱きつくと、洸はビクッとした。
自分で言ったくせに。
「こんな隣町からうちまでわざわざいじめに来んわ」
ここから私の家までは、5キロくらい離れている。
「公園でキスもしといて、何ゆうてんねん」
しかしこれ、ドキドキするな。
こんなこと、本当に前にもしたんか。
「だ、黙ってないで何か言ってや」
洸が何も言わないから、ますます恥ずかしくなる。
腕を組んでほしいと言ったのは洸なのに。
「胸がいっぱいで泣きそうです」
返ってきた答えに、思わず笑った。
「何やそれ」
後ろから照らす夕陽に、街がオレンジ色に輝いている。
前に伸びる影を踏みながら、私たちはゆっくりと歩いた。
「そういえばさっき、見返りがどうとか言ってたけど、」
少し落ち着いたのか、洸が口を開いた。
「僕が理乃ちゃんの鞄を持ってたのは、したくてしてただけだから、これからも持たせてね」
「何で私の鞄なんか持ちたいねん」
そんなん重たいだけやろ。
そう思って尋ねると、洸は微笑みかけてきた。
「見返りとかじゃなくて、理乃ちゃんには尽くしたくなる。だから、尽くさせてほしい。これが僕の要求。僕のしたいことを叶えてくれるんでしょ?」
言葉遊びをするみたいに、そう言った。
「何やそれ」
受け入れられない。
「そんなん、私は洸くんに何にも返せんやん」
私がしてもらうばかりなら、今までの関係と変わらない。
私だって、洸のために何かしたい。
「じゃあ、僕が尽くすたびに、ほっぺたにチューして」
洸が、代案を出すように言う。
「それ、お姫さまごっこやないかい」
私が子供の頃にパパとしていた遊びだ。
「あはは」
洸の笑い声が響く。
まあ、洸が楽しそうならええか。
そう思ってしまう私は、随分とちょろい。
「でも、今日は鞄が重そうじゃないね」
私のハンドバッグを見て、洸が残念そうな声で言った。
どないやねん。
「だって、今日は洸くんに会いにきただけだし」
「ふふ、勉強もしないで待っててくれてたの?」
「そんな待ってないし」
それに。
「洸くんが学校に来んから、勉強に身が入らんかってん」
私は素直にそう打ち明けた。
恥ず。
「そんなに僕のこと考えてくれてたの?」
洸がヘラヘラと尋ねてくる。
粒立てんな、アホ。
「帰ったら猛勉強するわ。あんたのことなんか一切考えへん」
「そうなの?チャットしようと思ったのに」
「それは、する」
「可愛い」
「うっさいわ」
素直に言うんじゃなかった。
「僕も、理乃ちゃんに置いてかれないように、ちゃんと勉強しないとな」
恥ずかしさを持て余す私をよそに、洸はそう呟いた。
「何言ってんねん。ぜんぶ満点だった人が」
「全部じゃないよ。ひとつ間違えた」
「結局、それ以外は全部満点やったん?」
「うん。先生に高校辞めるかもって電話したら、英語以外満点だったのに嘘だろって言ってた」
「そらそうやろ」
「あはは」
笑い事ちゃうわ。
本気で勉強の仕方を教えてほしい。
「それで、高校は続けるんよね?」
念のためにそう確認する。
「うん、続けるよ」
洸が肯定したから、安心した。
「僕、アイドルになってる場合じゃなかった。僕は理乃ちゃんを幸せにするために生まれてきたんだ」
そんなセリフを、恥ずかしげもなく言ってくる。
そういうところはアイドルっぽいけどな。
「そんなこと言って、女の子に囲まれたらヘラヘラして、抱きしめちゃったりするくせに」
私がそう呟くと、洸は急に立ち止まった。
腕を組んでいる私は、つられて立ち止まる。
「理乃ちゃんが嫌だったら、やめるよ?」
洸が真剣な顔で言ってくる。
何やそれ。
「やめれるん?ほんなら今までのは何やってん」
「今までのは、僕が何をしようが理乃ちゃんは何ともないと思ってたから」
「何ともないわけないやろ」
この男はまったく。
ちゃんと言わんと伝わらんのやな。
「洸くんが他の女の子に可愛いって言ったり、抱きしめたり、キスしたりするの、全部嫌。そういうの、私だけにして」
心が狭いと思われるだろうか。
洸の価値観は、私の言葉を受け入れてくれるだろうか。
不安になるけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。
洸にとってそれが、理解不能だとしても。
「可愛い」
俯きがちになる私の頬に、洸が触れる。
私の顔を引き上げて、求めるような目で見つめてくる。
その瞳に、引き込まれそうで。
「べ、別に、今言えって言ってるわけちゃう」
私はムードをぶち壊そうとする。
だって、またキスされそうだし。
そうなったらもう、歩けなくなりそうだし。
「僕が今言いたいから言ってる」
洸は、私の抵抗をものともせずに、甘い空気を作る。
「理乃ちゃん、好き。可愛い。好き。好き。めっちゃ好き。何も考えられなくなるくらい好きーー」
「言い過ぎや」
「全然言い足りない」
洸の顔が近づいてくる。
「こんなこと、絶対にもう、理乃ちゃんにしかしない。だからーー」
唇が触れ合った。
何度も角度を変えて口付けてくる。
触れるたびに、洸の好きが全身に流れ込んでくるみたいで。
こんなん、ほんまに身が持たん。
どれだけの時間が経ったのか、洸はやっと私を解放した。
「大好きだよ、理乃ちゃん」
そう囁く洸の胸に、紺色のネクタイが揺れている。
「帰ろっか」
脱力した私の手を取って、再びゆっくりと歩き出した。
完




