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ブラッドドネーションは譲れない

作者: 華嵐三十浪

 社会貢献とは、それぞれの地位や身分により、己に相応しいものを公共の利益として提供する事をいう。

 財がある者は金を、暇のある者は時間を。体力のある者は力を。

各自が持ち得る能力を生活に支障のない範囲で持ち寄るのが理想の社会貢献である。

もちろん、自らが率先してという条件が必須である。


 俺が今おかれている立場は、友人にひきつれられてきた献血ルームで当の友人が献血できない状態であると知らされ、ルームの職員さんに慈悲深くすがるような目で見つめられているところである。

「いや、待ってるだけでいいって、このアホが。。。」

「ゴメンね。僕の血液が比重が足りないばかりに。。」

「あ。いいんですよ!無理はいけませんし!でも!せっかくだから自販機のジュース飲んで行ってください!無料ですから!せっかく、わざわざ献血ルームにきてくれたんですから!お友達もどうぞ!遠慮なく!」

アホの友人はともかく、皆さんの穏やかな目線がいたたまれない。

もちろん、この瞳の奥に込められた真意も痛いほど伝わってくる。

 昨今、10代~30代の献血希望者が減っていて、40代、50代の年代が献血事業を支えてると聞く。そこに迷い込んだ健康そうな21歳。

これがエリザベートバトリーの居城なら生きては帰れまい。


 俺が戸惑いの色を隠しきれてない間にも、俺をここに連れ込んだアホが某ハンバーガーチェーンのハンバーガー無料券をチラつかせる。

いつからこのアホは献血事業の手先になったんだろう。

「。。。献血させてもらいます」

渋々絞り出した声は、職員さんの眼差しからチラ見えするどす黒い影を消し去った。

「ありがとうございます。どうぞ、こちらへ書類に必要事項をお願いいたします」

俺がなんともわりきれない気持ちを込めて、友人のこめかみにグリグリ攻撃をしていると、職員さんにはずむ笑顔でにこやかに書類前へと誘導された。

 仕方ない。俺はいたって健康、朝飯は絶対主義だから200ml程度なら問題なかろう。

 巻き込まれた感は拭えないが、覚悟を決めて書類が置いてあるテーブルの前に座った。ボールペンが滑るように提供される。

 書類に目を通しながら生返事でボールペンを手に取り、黒枠の中に必要事項を書き込めばいいのか?と問うために顔を上げた。

「にゃー」

猫?

え。今俺の目の前に座ってるのって猫だよね。

俺と対峙しているのが猫という動物であると、認識できた俺は反射的にアホの方へ顔を向けた。

「おい」

「あ、今日は所長が担当なんだね」

アホはさも当然のようにニコニコと笑った。

「所長って名前なのか?」

「いや。本当に所長。ここの献血センターの責任者」

「保健衛生施設に猫ってダメだろ?抜け毛とかさぁ」

「大丈夫だよー(多分)。所長はブリティッシュショートヘアーでシングルコートの抜け毛が少ないタイプなんだ」

「いや、そうじゃなくて」

「ご心配なく。所長は書類対応専門ですので、採血部屋には出禁です。採血担当者は所長とは接触禁止にしてます。献血ご協力者で所長とのスキンシップをご希望の方は採血後に限定しております」

献血したらなでまわせるんかい所長。。。。

 俺が、アホに声を荒げていると、職員さんが衛生管理の説明をしてくれる。

俺の横でニコニコしてるアホは、キャバクラのお姉さんにいれ上げてるアホと同じカテゴリーのアホやったんかい!と、心の叫びが湧き上がってきた。

猫撫で回したさに献血。。。。

 一瞬口を開きそうになったが、場所を考えると口を閉じて声を飲み込むのがベストに思えた。

 ここで無駄に揉め事を起こして大学に通報されれば仕送りはストップ、下手したら田舎に連れ帰られ祖父と共に杉の木に昇降を繰り返すことになるやもしれん。

200ml程度の流血で済むのなら。。。。


 俺は、気を取り直し、社会貢献社会貢献社会貢献と3回唱えて書類に記入を始めた。

だいたい必要事項を書き終えたので、希望採血量にマルをつけて終わりだ。

「200ml。。。。と」

ボールペンで200mlにマルをつけようとした瞬間、ペン先に柔らかな圧力を感じペン先が横に滑った。

「にゃー」

自分が予期しない急な動きに驚いたが、所長がペン先にじゃれついてきたらしかった。

猫は嫌いではないが、こういった邪魔は困るな。と思いつつ、もう一度200mlにペン先をあてがう。「にゃっ」

もう一度、同じようにペン先が滑る。

俺は、少しムカつきながら、同じように200mlにペン先を向ける。

「にしゃっ」

またまた、ペン先を横滑りさせた所長は上目遣いに俺をねめつける。

 なんだこいつは、畜生のくせに。

先ほどよりも強い怒りを感じた俺は、猫相手にじっとりと感情を込めてねめつけ返した。

「邪魔すんなよ」

ボソッと猫に悪態をついた時に、ハタと気がついた。

この滑らされたペン先は、献血量400mlを指してないか?

俺はちらりと猫を見る。所長はクニャーと音にならない声であくびをしている。

どう見ても、少し大きめの猫で意図的に動いているようには見えない。

でも。。。。俺はまさかと思いながら、ゆっくりとペン先を200mlにあてがった。

「ぶしゃっつ」

まさかと思っていたが、所長はペン先を的確に狙って来ていた。

 自分自身でも半信半疑だったが、念のためにペンを握る手に力を込めておいた。猫程度の力なら動かないように構えておいたペン先はピクリとも動かない。所長は動かないペン先を肉球で押さえたまま、ちらりと俺を見る。

 喉の奥を小さく低くグルル~と鳴らしている。

なんだか不穏な空気だが、俺も霊長類の端くれ、反射神経が劣るとしても畜生ごときに遅れを取るわけにはいかない。

改めてペン先に力を込めて、マルを記入しようとした時

「じゃごぅ」

低い呟きとともに、所長がペン先に体重をかけてきた。

書類に穴が!

とっさに俺はペン先を宙に浮かせ、手元に引き寄せた。俺がペンを手元に引き寄せると、所長は書類から身を引いた。

 是が非でも400ml献血をさせる気だ、俺は所長の確固たる意志のようなものを感じた。しかし、俺には俺の意地がある。

 最初から400mlの献血をするつもりがあったのなら、それはそれ黙って血を差し出そう。だが、今は違う。俺の傍でヘラヘラ笑っているアホが招いた巻き添い戦争だ。

 400mlは所長の意思であって俺の意志ではない!

ささやかな闘争の意志を固めた俺はまっすぐに猫を見つめた。

 所長はチラリと俺を見て、ペロリと自分の足の甲を舐めた。

俺はゆっくりと、ペン先を200mlへと向ける。

書類とペン先が触れる瞬間に、所長の足がペン先へと向けて伸びてくる。

横滑りするペン先、誤記入を避けるためにボールペンを引き寄せ、再び200mlへと向かわせる。

すかさず払い足をかける所長。


 しばらく、狭いテーブルの上で人と猫の静かな攻防を続けていたが、埒があかない。


テデハラウカ。。。


 所長と言えども猫は猫、反射神経では劣るが体の大きさ体重では俺が勝つ。

俺は霊長類として身もふたもない決断をした。

 俺はわざとペン先を200mlに向かわせる。来い!所長。足を出して来い!

俺の視界に、所長の足が滑り込んでくる。


来た!!


 ペン先を所長の肉球が捉える前に、俺は所長に向かって腕を振り払った。俺の腕を所長にヒットさせるべく、大きく肩をスイングさせる。その瞬間、所長が俺の視界から消え去った。

えっ。

俺の短い疑問の感嘆符は、疑問の投げかけ先を見つけることができなかった。

所長を払いのけるために大きく横に振り抜いた俺の腕は、ラジオ体操かというくらいの空振りを見せた。

所長が消えた!?

俺は空振りの手を元に戻す前に所長の姿を探したが、どこにも所長を見つけることができない。

どこに!

ほんの数秒キョロキョロしている間に、所長はどこからか俺の肩の上に音もなく着地をして、そのまま液体のような動きで、俺に体を擦り付けながら耳元で雄叫びをあげる!


「ぶぎゃごろふっしゃー!!!!」


「ひゃーーーーーーー!!!」

俺はペンを握ったままテーブルに突っ伏し、所長に頭を押さえつけられる無様な構図を晒すことになった。所長はしばらく俺の頭の上で、低く太い声でナーオナーオと繰り返していた。



 今俺の目の前には、ハンバーガーが2個積まれている。

「食べて食べて、僕献血しなかったのにジュースもらって、所長をナデナデできたから満足だよ」

献血をしそこなったアホも無料券をもらったが、巻き添え式400ml献血をした俺に譲ってくれた。

俺が所長に敗北し血を抜かれている間に、このアホはジュースを飲み所長の接待を受けていたらしい。


 献血自体に悔いはない、俺は至って健康だ。貧血も起こさん。

金や知力や時間があるわけではない。献血をする事が、わずかながらでも誰かの希望になるのなら、ある意味自分に相応しい社会貢献といえよう。 

だがしかし!だ。

自らの意思で貢献するのと貢献させられるもでは、結果が同じでも過程が違う。

この屈辱の記憶が薄れるか所長が人間に変更になるまで絶対に!。。。。

「よかったら、来月も一緒に」

不退転の決意を固める俺に、にこやかにアホが声をかける。

「いかねーよ!」

アホの血液の比重を増やすために、食いかけのハンバーガーをアホの口に突っ込んだ。




お楽しみいただければ幸いです。

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