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婚約破棄をされたとかのたまう迷える子羊が懺悔室に来たんだが

 懺悔室。それは人々の悩みを告白し、神の赦しを得る場所だ。


「ナタリー君。今日は一日懺悔室の当番だ」

「えー」


 懺悔室に行くように神父様に指差され、あたしは嫌そうな顔を神父様に向ける。

 んだよ急に。懺悔室なんて滅多に人が入るものじゃねぇだろうが。退屈過ぎんよ。


「『えー』じゃないっ! ナタリー君、君は昨日何をした?」

「そんなっ、照れるじゃないですか。私のような純潔の乙女にあのようなことを言わせるなんて……」

「いまさら恥ずかしがるな! 君はただ単に村中の思春期男子の部屋に入って机の上にエロ本を放置した! おかげで村中がパニックになったのだぞ、わかっているのか!?」

「私は不徳の心を持つ子供たちに懺悔を促しただけです。見てください、私の笑顔を。この笑顔は善行により作られるものに他なりませんよ。神父様にはおわかりでしょう」

「おお、なんと邪悪な笑みよ……!」


 私が両手を組んで笑うと、神父様が頭を掻きながら説教を始める。

 うるせぇなこのハゲ。大体エロ本もガキ共が持ってたから悪いんであって私は何も悪くないんだよ。常識を考えろ、常識を。どっちが悪いかなんて明白だ。


「とにかく! 日が沈むまで君は懺悔室に籠っていなさい! これは命令です!」

「そんな横暴な……! 神父様、あたしはこんなところでくすぶっていられる人間ではないのです! もっと、そう、神に仕える身としてもっと崇高なことをしたく思います!」

「だったら懺悔室で迷える子羊たちを救ってくるのです!」


 神父様に首根っこを掴まれ、懺悔室に放り込まれる。


 しまったな、こんなところに閉じ込められたら暇すぎてアンデッドになってしまうぜ……。あたしの神はたった今死んだよ。


 とりあえず懺悔室の扉を閉めて、椅子に座る。そして、足を組んだ。


 まぁ、どうせロクな奴が来ないだろうけどさ。懺悔しに来る連中なんてテキトーに話聞いてやれば満足して帰るでしょ。知らんけど。


 そう思ってしばらく待っていると、コンコンっとノックされる音が聞こえてきた。

 はぁ? もう来るわけ? どんだけ溜まってんだよこの村の思春期どもめ。


 仕方ないのでシスターモードで対応する。


「はいはい~。お悩みのある方はこちらへどうぞぉ~」


 声をかけてから数秒後、ゆっくりとドアが開かれた。

 ついたての向こうで誰かが入ってくる気配を感じる。


「失礼します……」

「おお、迷える子羊よ。この度はどのようなご用件で?」


 入ってきた人影は女の声だった。

 おいおい、マジかい。こいつガチモンの相談者じゃん。なんでこんな日に限って懺悔しに来るのかね。


 あーめんどくさいことになったなぁ。これ絶対長引くわー。

 目を覆うようにしてため息をつくと、相手もそれに気付いたようで申し訳なさげに謝ってきた。


「すみません、いきなり来てしまって……」

「いえいえ、構いませんよ。こっちも仕事なんで。……んで、どした? 話聞こか?」

「あのシスター様、態度が軽すぎではありませんか!?もう少し聖職者らしく振る舞ったほうがよろしいのでは……」

「あ? 別にいいんだよ。懺悔室ってこういうもんなんだからさ」

「そ、そうなんですか? 私、懺悔室に入るのは初めてなもので……」

「んーんー、そういうもんよ。シスターのあたしが言うんだから間違いない」


 私がそう言うと、彼女は納得してくれたようで通常運転に戻ったようだ。


「それで、どうしてこんなド田舎のおんぼろ教会に来たわけ?」

「実はその……匿名でお願いしたいんですけど……」

「お、おう。別に構わんが」

「私、恥ずかしながら先日婚約者から婚約破棄されてしまいまして……」

「マジすかお嬢。大事じゃないっすか」


 うぉおおお!懺悔界のSSR『恋愛系』キター!

 チュートリアルガチャを引いて婚約破棄はねぇだろ、おい!

 テンション上がり過ぎて俄然(がぜん)やる気が出てくるじゃねぇか! どうしてくれんだ神様よぉ!


「お嬢……というのは私のことですよね? 何故シスター様が私のことをお嬢と呼ぶのかわかりませんが……」

「気にすんな、あたしがテキトーにつけたあだ名みたいなもんだよ。んで、お嬢は婚約破棄されたってことは捨てられたわけね」

「そんなストレートに言わなくてもいいじゃないですか!」

「ストレートに本音をぶつけ合うのが懺悔室ってもんだろ。いいか、このせまっ苦しい箱は戦場だ。あたしとお嬢は敵であり味方。ぶつかり合いながら解決方法を見つけるのがここのルールだ」

「な、なるほど……!」


 私の言葉に納得したお嬢が手をポンとうつ。

 ……いやわからん。他のシスターや神父様がどう告解してるのか知らねぇから、勢いで言っただけだ。このやり方で本当にいいかは保障はできない。

 だがまぁ、方便や嘘を言ってもバレやしないだろう。お嬢はもう二度とこんなド田舎に来ることもないだろうしな。


「話を戻すぞ。お嬢が婚約者から捨てられて傷心なのはわかった。んで、何を悩んでんの?」

「はい、シスター様。私は婚約破棄をされ、家からも追い出されました。ですので実家に帰ることができないのです」

「ほーん」

「シスター様、私はどうすればよかったのでしょうか! 知恵をお貸しください!」


 そう言い終えると、お嬢が涙目になりながら必死に頭を下げてきた。

 うわぁ、激重じゃん。あたしみたいなウェーイww系シスターにどうこうできる問題じゃなくない? 流石のあたしでもこの手の問題にはノータッチしたいんだけど。


「知恵を貸すっつってもなぁ……。お嬢、あんた何か悪い事した?」

「えっと、特に何もしていません。ただ……少しわがままを言い過ぎたというか……」

「我が儘? いったい何したの。婚約破棄なんて大事になるんだ、相当なことだろうよ」

「それは……」


 そこまで聞くと、お嬢は黙り込んでしまった。

 は? ここまできて秘密とかふざけてんの? こちとら善意で聞いやっててるんだぞ。もう少し誠意を見せろや。


「おいおい、ここまで話してきたんだ。最後まで話せよ」

「…………わかりました。実は私、趣味で園芸をしておりして、よく庭の手入れをしていたのです」

「ふむふむ。そりゃあ大層なお趣味でございまして」

「はい。しかし、それに熱中し過ぎたと言いますか。私は草花の手入れをするあまり、婚約者をないがしろにしてしまったのです。不幸にも彼は園芸には微塵も興味が無かったので、それがさらに彼の癪に障ったと思われる次第で……」

「あーなるほどな。つまり、お嬢は彼氏をほったらかしにして庭いじってたと。それで怒られて婚約破棄された、そういうわけだな?」


 私が要約すると、彼女は小さく首を縦に振った。

 あちゃー、そりゃあ結構面倒なポイントですな。貴族は親から結婚相手を決められると聞くし、そこに愛があるとは限らない。


 お嬢の場合は、婚約者との方向性が会わなかったわけだ。あたしも昔元カレとバンドを組んでたんだが、方向性の違いで破局したからよく分かる。この辺は価値観の相違だから仕方ないっちゃないんだが。


「なるほどねぇ。ま、あたしから言えることは一つだな」

「はい、なんでしょう?」

「なるべくしてなった。お嬢と彼氏さんは別れる運命だったんだよ。お嬢は気負うこともないし、そのまま自分の好きな草むしりを延々と続けていればいい。人生楽しんだもの勝ちだぜ?」

「いや、草むしりじゃなくて園芸なんですけれど……」

「細かいことはどうでもいいんだよ。つまり、お嬢が悩むべきは何が悪かったのかじゃなくて、お嬢はこれからどうするかが重要なわけだ。はい、懺悔はおしまい。これからは前を向いて歩いて行け」

「は、はぁ……」


 私の問いに、お嬢は静かに首肯する。


 よしよし、これで話は終わりだ。長引くかと思ったが案外あっさり終わったな。

 親指をドアに向け、お嬢に懺悔室から出るよう促す。


「ささ、帰った帰った。告解は済んだし、後は自分で人生を切り開きな。神の思し召しがあらんことを」

「あ、あのシスター様。もう少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」

「あ? あたしの告解になんか文句あるの?」


 思わずドスの効いた声が出てしまったが、私は悪くないと思う。

 人が説教臭いこと言ってやったのにまだ話し足りないってか? これ以上あたしを巻き込むんじゃねぇよ。


 そんな気持ちを込めてついたてを睨みつけるも、お嬢は怯まずに続けた。


「いえ、背中を押してくださったシスター様には本当に感謝しているのですけれど、私はまだ迷っているのです。この先どうすればいいのかと……」

「……どういう意味だよ」

「私、婚約者から婚約破棄された身。このままでは実家に帰ることもできません。なので、どうやってこの先を生き抜いていくべきか、シスター様のお知恵を拝借したいと思いまして……」

「んだよ、これまた面倒な相談をしやがるなぁ」


 迷える子羊のくせに生意気言ってんなぁ。

 そういうところが彼氏さんに嫌われたんじゃねぇの?


 深いため息をついて椅子に座りなおす。


「そうだなぁ。とりあえずお嬢は金はあるの?」

「い、いえ、ありません。実家に置いてきてしまいましたし、お金は持っていません……」

「ふぅ~ん。じゃあお嬢は今後どうするつもりなんだ? まさかずっと野宿して過ごすつもりか?」

「そ、それは……」


 そこまで言うと、お嬢は黙り込んでしまった。

 ま、そりゃそうだろうよ。利用価値のなくなった娘なんてこんなものだ。

 貴族社会はそんなに甘いものじゃないと聞くし、お嬢みたいな大ポカをやらかした奴に慈悲をかけるなんて粋なことはしないだろう。


「金がないんじゃ話にならないぜ。あたしがこうしてお嬢の話を聞いてやっているのはたまたまあたしが修道女で、たまたまこの教会にいるからだ。教会から一歩出れば金がものをいう世界だぞ」

「は、はい……。申し訳ございませんでした」

「謝るのは別にいいけどよ。……んで、お嬢は何をしたい。何が欲しいんだ?」

「えっ?」

「あんたが今何を求めているのか、それを教えてくれなきゃ私は何もできねぇよ。お嬢はどうなりたいの?」

「わ、私は……」


 そこで言葉を止めると、お嬢は下を向いたまま何も言わなくなってしまった。

 おいおい、ここで諦めんなよ。もっと欲にまみれろ。


「前の生活に……戻りたいです」

「んーなるほど。生活水準を下げたくないと。贅沢三昧の生活に戻りたい、そういうわけだな?」

「……はい。せめて大きな庭が欲しいです」


 お嬢は小さく首を縦に振った。

 はーあ、結局そうなるか。この手の貴族の娘は皆同じだ。

 自分さえ良ければそれで良い。そのために周りを犠牲にしても構わないと考えている。誰がどうなろうが知ったこっちゃないと。


 ……大いに共感できるぜ、その神経。あたしがお嬢ならそう思うわ。


「りょーかい。あたしが思うに、その願いを叶えるには一つ方法がある」

「本当ですか!?」

「ああ、簡単だ。玉の輿に乗ればいい」

「た、たまのこし?」

「おう。相手は王族が望ましい。王子やら国王やらの婚約者になれば、お嬢は一生遊んで暮らせるだけの財力を手にすることができるはずだ。なんたって国のトップの妻だからな。お嬢くらい余裕で養ってくれるだろ」

「お、おお、なるほど……。でも、そんなに簡単にいきますかねぇ? いくらなんでも無理がある気が……」

「バーカ、男はちょっと気があるふりをしているだけで勘違いする生き物なんだよ。そうだな、外国に行って少し馬車の前で足をくじいたふりをして見ろ。アホな王子様は喜んで助けてくれるから」

「な、な、な……」


 私の話を聞き終えると、お嬢は顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 ん? なんか悪い事でも言ったか?


「あ、あのですね! 私は真面目に相談しているんです! そんな結婚詐欺みたいな話は淑女としてできませんっ!」

「なぁに、バレなきゃそれが事実になる。お嬢は不当な扱いを受けて家を追い出された哀れな少女、そして王子様はそんなお嬢を助けてくれた救世主。二人は愛し合う仲になり、やがて結ばれて幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。……いい話じゃねぇか、あたしみたいな汚れた大人でも涙が出てくるよ」

「そんな都合よくいきますかね……」

「いくさ。だってこの作戦、あたしの友達の詐欺師が実践したやつだもん。成功率はいまんところ100%だぞ」

「えぇ……」


 お嬢がジト目でこちらを見てくる。

 なんだ、敬遠なる修道女のあたしが嘘を言っているとでも思うのか。……残念ながら事実だよ。


 そいつは王子をそそのかした後、三人の子供に囲まれて悠々自適に暮らしてる。

 そういや、彼女が自身の波乱万丈な経験を自叙伝(フィクション80%)を書いたところ、夢見る女性たちにバカ売れしたという。あたしも本のサンプルを貰ったんだが、甘ったるい妄想の数々に胃もたれがしたよ。よくもまぁ売れるもんだ。


 んま、そんなことはおいといて、要は男なんてチョロいってことだ。ちょいと甘い言葉を囁いてやればすぐ騙される。

 ま、もっとも、下手な演技だとすぐに見破られるんだけどな。そこらへんはお嬢のお手並み拝見というもの。


「ま、安心しなって。もし失敗したらまた懺悔を聞いてやるよ。告解料はいつでも無料。お得だろ?」

「シスター様は私が失敗してもいいと思っているでしょう……」

「そりゃそうだ。神様を相手にしてるつもりならすぐにその考えを悔い改めろ。……んだが、しばらくはシスターらしく神様に祈っててやんよ。お嬢が玉の輿に乗って、無事新しい人生を歩むことができるようにな」

「……ありがとうございます。私、頑張りますね」


 お嬢はそう言って小さく微笑む。

 んー、子供って騙しやすくていいね。可能性の塊だわ。


「おう、せいぜい励みな。玉の輿に乗った暁にはたくさんお布施をくれよ」

「ふふっ、わかりました。では、そろそろ失礼します」


 お嬢は椅子から立ち上がると、軽く頭を下げて懺悔室を出て行った。


 あたしは両手を組んで、真摯な心で神に祈る。


 ああ、神様よ。どうかこの哀れな子羊にご加護を。

 お嬢に幸あれ。そしてあたしにたくさんの金が入り込んできますように。



 ────ちなみに後日談なんだが、どこかで追放された令嬢がは隣国の王子と結婚することになったという噂が流れてきた。

 そしてそのうさん臭い噂が流れてくると同時期に、なぜか教会に隣国名義のお布施がどっさり送られてくるようになった。


「まったく、どこの信徒が辺境の教会にお布施を送ってくるのかね。……ナタリー君、この金貨の山を金庫にしまっておきなさい。お布施は本部の大聖堂に送ります」

「えー。少しぐらいちょろまかしていいじゃないっスか。どーせバレませんよ」

「ダメッ! さっさとしまうのです!」

「へいへい」


 今日も今日とて、神父様にこき使われる日々。最近の悩みはもっぱら腰の痛みについてだ。

 金貨なんてもう見飽きた。これじゃあただの重りにしかなりゃしねぇよ、まったくもう。


 念願だった金貨の山に不本意な形で埋もれ、迷える子羊(あたし)は独り言を呟く。


「あたし、なんかやっちまったか?」


 なぁ神様、どういう因果でこうなったか教えてくれよ。真面目に祈ってやるからさ。

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