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宝石姫

平穏な日々 ~使用人達と、宝石姫~

作者: みなと

メイドさん

母代わり:カリナ

姉的存在:チェルシー


老執事:バートランド

料理人:ドミニク

「ねぇ、ナーサディア。あと君たちにも聞きたいことがあるんだけど、良いかな」


 天気が良く、暑くもなく、寒くもなく。程よい風が吹いていたとある日の午後の、皇宮の中庭の片隅にある四阿。ナーサディアと彼女に付き添っている使用人たち、ティミス、そして護衛担当の騎士たちが、ゆったりとした時間を過ごしていた。

 カレアムに来た直後、不安もありナーサディアが彼らを傍から離すことを特に嫌がったため、なし崩し的にそのままずっと側付きになったままだ。ナーサディアのことは幼い頃から知っているし、されて嫌なこともあるから、というのが表向きの理由。そこだけは人員配置を変えないままでいた。


 なお、本当の理由は別にある。

 幼い頃に両親から手を上げられていたことが原因で、見知らぬ大人から世話を焼かれるということが相当なストレスになってしまっていたから、というもの。

 他の人に慣れるため、交流を深めるため、という理由で他の人を付けたこともあった。だが、大丈夫そうに見えていたのはほんの数日で、突如過呼吸を起こしてしまったのだ。ナーサディア自身、大丈夫だと頭では理解していたのに心の傷は相当に根深いものであったのが、これで分かった。

 それを無理強いしたら精神がどうなるのか分からない、と最大限の配慮がされた結果が今なのである。

 塔にいた頃からの使用人達と帝国のメイドやその他多く仕えるもの達との仲は悪くなかった。むしろ、相当良好であったし、世話を焼かれるのが駄目なだけで、ナーサディアとも仲は良かった。


 だが、どうしても周りの人から見て気になることがあったらしい。


『何故、ナーサディア様は彼らの名前を呼んであげないのか』ということ。

 日々過ごしていると、別段気にならないのだが改めて問われるとティミスも、皇太子であるウィリアムや皇太子妃であるディアーナ、第二皇子のアトルシャン、そして二人の宝石姫達、と全員それを思い当たってしまった。皇帝夫妻もそこに勿論含まれる。

 誰か聞けよ!と全員が全員思っていたようだが、何か深い事情があってはいけない、と聞けず終いだったのだがある日ぽそりとティミスが『そういえば何でだろうねぇ』と口に出したことで皆が声を揃えて『聞いてこい!』と叫んだのだ。

 そしてようやくこの日、誰もが気にしていたであろうことを、ようやくティミスが問いかけた。


「どうして君達、ナーサディアに関わる時は名前呼びしてないの?」


「え」

「え?」

「はて」

「……?」


 最初の『え』と『え?』が塔にいた頃からのナーサディアのメイド達。次いで執事、最後がナーサディアである。

 料理人の彼については、現在厨房にてこの場のためのおやつを誠意を込めて制作中なので不在である。

 四人が四人とも顔を見合わせるが、一番先に我に返った執事、バートランドが深々とお辞儀をしてティミスへと告げた。


「申し訳ございません。塔に居た時は我らのみしかおりませんでしたので、名前を呼ばずとも色々なことがほぼ、伝わってしまっていたのです」


「……あ」


 なんのことだろう、と考えていたナーサディアもようやく思い当たって、目をぱちくりとさせる。カレアムに来てから、はや四年。

 彼ら以外の大人が怖くてたまらず、頭では大丈夫と理解していても心が拒否してしまった結果、これまでのままで来たのだが他の人からすれば違和感があったようだ。

 言われて初めて気付き、目をぱちぱちとさせてメイドのカリナとチェルシーに慌てて視線をやる。

 二人も気まずそうな顔をしていて、オロオロとしたままティミスへと視線を戻した。


「ご、ごめんな、さい…!わ、私皆様にご迷惑を…!」


「大丈夫大丈夫、謝らないで良いから。そうだよねー…。いや、うん。僕も言われて今、やっと納得がいった」


 なるほどね、と笑いながらティミスは今ようやく気付いた四人を見る。家族同然、というか恐らく家族よりも通じ合っている彼らは、いちいち何をするにも視線で伝わってしまっていたり、近くにいる人間が全て対応することで事足りてしまっていたのだ。

 だから、わざわざ名前を呼ぶ必要性が無かった。


 あの狭い塔の中が、当時のナーサディアにとっては世界の全て。その中にいる人たちが、唯一、日常的に会話をしたり、過度でない程度に触れ合ったりしていた。

 カレアムに来てからも変わらず、ナーサディアの周りにいたのはチェルシーとカリナの二人。彼女らがナーサディアの主たるメイドなのだが、どちらがどちらなのか、呼ばずとも阿吽の呼吸というやつで作業を行っていた。

 その他のメイド達は普通にチェルシーとカリナの名前を呼ぶし、彼女らも他のメイドや召使いの名前を呼んでいた。ただ、ナーサディアの前でしていなかった。

 護衛騎士達も理由を言われてようやく納得がいったらしい。


 決して、ナーサディアは彼らを軽んじていたわけではなく、彼らもそれは同じ。


「申し訳ございません…。まさか、皆様にそのような疑問を抱かせてしまっておりましたこと、気付きませんでした…」


「あまりに自然だったからね。ただ、自然すぎて疑問に思う人もいた、っていうことだよ。理由、皆に伝えても良い?」


「もちろんです。カリナ、チェルシー、良いな?」


「はい!」


 バートランドに問われたカリナとチェルシーは勢いよく頭を下げる。

 これまで、母親や姉のようにナーサディアに寄り添ってくれていたメイドの二人は、今にも泣きそうなナーサディアの傍に改めて寄り添う。


「ナーサディア様、大丈夫です。これからは周りの人が見ても違和感のないようにいたしましょう。ねっ?」


 優しいカリナの言葉に、頷いたナーサディアはしょんぼりと項垂れた。自分にとって当たり前のことだが、人から見てどう見えるのか、までは気にしたことがなかった。


「は、はい…ごめんなさい」


「周りの人達も気になっていたから、僕が代表して聞いたんだ。ナーサディア、そこまで落ち込まないで、ね?」


 周りに迷惑をかけていたとナーサディアは思っているが、実際のところは困惑し続けていたが、彼女の境遇が境遇なだけに、迂闊に聞けなかった日々があまりに長かった、という話だ。

 だいぶ長すぎたけれど、いつまでもこのままというわけにもいかない。後々、他の新しい使用人が入ってきた時、ナーサディアとティミスの環境が新しいものになった時に、問題が起こりうる可能性はゼロではないのだから。

 周囲は怒っている訳ではなく、単に『どうしてだろう?』と思っていただけなので、としっかりナーサディアにも伝える。


「く、くせが抜けないって…怖い、って、この前先生から習ったばかりなのに…」


 すっかり意気消沈してしまっているようだが、その他に関しては教師陣から評判も良いため、そんなに気にしなくても良いのだが、基本的な性格が真面目なナーサディア。しょんぼりと肩を落としながら気にしまくっていた。

 そんな彼女を見て、カリナは苦笑いを浮かべてナーサディアの頭を優しく撫でてやる。


「ナーサディア様、あまり思い詰めてはいけません。ね?」


「うぅ…はい」


 まるで母親のようだ、とティミスは思う。

 カリナは母親のように、チェルシーは姉のようにいつもナーサディアに寄り添っていた。

 この二人がそばに居たから、あの地獄でも精神を病むことはなかったのだろうと、そう思えるほどに温かな雰囲気と包み込んでくれているような空気感がある。

 そして、微笑ましそうにこれを見ている執事のバートランド。

 ここに料理人のドミニクが加われば、本物の家族でしかない。それくらい温かな場所だった。


「本当に、君たちが居てくれて良かった」


「根本を辿ると、レイノルド様の教育あっての我らですが」


「だとしても、だよ。そう考えると、チェルシーはすごいね。その若さでレイノルド様自ら教育してくれたんだろう?」


「はい」


「育成されるようになったきっかけはあるの?」


「ナーサディア様を大切にしたから、ですかね」


「ん…?」


 にこやかな表情のままだが、少しありえないような理由をチェルシーは続けた。


「ナーサディア様のことを『痣があるだけの、ベアトリーチェ様と変わらない、可愛い女の子です』と侯爵ご夫妻に申し上げたんです。そうしたら、…まぁ、その」


 かさ、と葉を踏む音がした。


「ナーサディアを褒めたことがきっかけで屋敷の使用人一同から虐めを受けるようになり、あれよあれよと塔配属となったわけじゃよ」


「おじい様」


 言いにくそうにしていたチェルシーの言葉を続けたのはレイノルドだった。当時を思い出したのか、嫌そうにため息を吐いて更に続ける。


「美的感覚の欠如した使用人などいらない、等とあ奴らが言うたらしくてな。だが、結果としてナーサディアの傍に居てくれるかけがえのない者になり得るだろうと思って、儂が密やかに育てたというわけです」


 彼らが言う『美的感覚』の意味が分からなかったが、見た目が綺麗なベアトリーチェのような人のことを言うのだろう、と予想はできた。

 彼らにとって顔に痣があるナーサディアは綺麗ではなく、痣のない美少女のベアトリーチェが本来の『美人』であったらしい。


「塔に皆配属されたくはなかったから、給金は相当弾んでいたようですがな」


「左様にございます。恐らく、本邸の彼らの倍はいただいておりました」


 ほほ、とバートランドは笑いながら『稼がせていただきましたねぇ』と続ける。おろおろしているナーサディアに対しては緩く首を横に振って、更に言葉を続けた。


「だから、いつか時が来たら我ら四人とお嬢様で、あの屋敷から逃げようと計画をしておりました。レイノルド様を頼る形にはなりますが、そうでもしなければ、ナーサディア様のお心が壊れてしまうと思ったからです」


「……っ」


「かねてから相談を受けていたが、結果としては…」


 バートランドの言葉を続けたレイノルドは、ちらりとティミスに対して目配せをした。あぁなるほど、と笑って未だに不安げにしているナーサディアの頭をティミスが撫でた。


「僕がナーサディアを見つけて、保護したからより安全となった、というわけだね」


「はい」


 バートランドとレイノルド。二人が微笑み、ティミスも笑う。

 実際、あとどれ位で逃げ出そうか、というところまで計画を立てていたのだ。使用人たちは。

 ナーサディアの心が潰れてしまわないように慎重に守っていたが、どうしても身分差というものが限界を持ってやってくる。これ以上年齢を重ねる前に、と思っていたら、予想もしていなかった助けが現れたということだ。

 逃走用の資金として貯め込んでいた金貨や銀貨は、彼らはしっかりとカレアムに持参していた。万が一が起これば、それを使って逃げられるように。


 そんな未来は来るわけはないと、今ならば確信できる。

 彼らの主を守っているのが、このティミスなのだから。


「うん、理由も分かったから早々に周知させよう。ナーサディアは早めに癖を直すように。できるよね?」


「はい。あと、あの…えっと、おじい様も、バートランドも、カリナも、チェルシーも…ここにはいないけど、ドミニクも。皆、…ありがとう」


 椅子に座ったまま深く頭を下げるナーサディアに、彼らは微笑みかける。


 もう、この幸せは壊れることはないと、確信して。

全員、レイノルドが自ら使用人としての心得を叩き込んだおかげで、彼らだけが侯爵家でナーサディアとベアトリーチェを差別も区別もすることなく接していました。

結果的に塔に追いやられるも、今に大満足。だって四人ともナーサディアが大好きで、大切だから。


みんな揃うと家族みたいだね!とナーサディアは大喜びです。

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