75 越後の龍の最期
前回の会話の続きです。
「…落ち着け。落ち着いてからもう一回話せ。」
悠長すぎませんか、信長様。
「…もう1度言いますよ。荒木村重殿と別所長治殿が謀反。吉川元春勢が上月城を包囲。村上水軍が本願寺に接近中とのことです。」
使者殿、あなたも落ち着きすぎですよ。
「…確実に言えるのは村上には勝てる。2年前は負けたが今回は鉄甲船を用意してある。奴らの火矢攻撃など全く効かぬ。嘉隆、其方に指揮は任せた。」
「はっ、お任せあれ。」
「村重と長治か…。まだ村重には勝てる自信があるが長治は厄介だぞ。とすると必然的に秀吉を三木城に向かわせる必要があるな。」
つまり先生もついていくことになるよね。…あ、僕もか。
「秀吉!…は姫路に今いるんだったな。孫四郎。半兵衛や秀長たちと共に姫路に援軍に向かってくれ。」
「…どうやって行けばいいですか?荒木殿が寝返ったということは彼と仲がいい高山右近殿、中川清秀殿も同乗した可能性が極めて高いです。そうなると山陰方面から遠回りする以外三木城にたどり着ける手段は―」
「かつて隆景と会った時お前がとった行動をすればいいじゃないか―」
「人数を考えてくださいよ。…そういえば上月城はどうするのです?」
「…見捨てる。」
見捨てる?…何考えてんだよ。
「お待ちください!上月城は秀吉殿が去年、命懸けで取った城。それを簡単に見捨てるとはいかがなものか?」
「十兵衛、蝮殿の過ちを忘れたか?」
「…それは。」
「上様、尼子殿は絶対に貴方様を見捨てようとはしませんよ。…援軍を出しましょうよ。絶対―」
「孫四郎、それで坂井や三左はどうなったか忘れたか?」
「忘れるわけないですよ。でも坂井様や可成様だったらきっと助けに行くと思います。自分の命よりも仲間を大切にする。それがあの人たちの生き方でしたから。」
「だがな―」
「今やらないならなぜあの時、可成様を助けたんですか?あの時も―」
「あの時は孫四郎が三好・本願寺に和睦を結んでいたから北だけに集中できた。でも今は…。」
…8年前とは確かに状況が違う、か。
「孫四郎?様子がおかしいぞ?」
「…上様はきっと尼子殿を見捨てる代わりに何か言い策があるからこう言っているんだと思います。ですよね、上様?」
「…。」
何か言ってよ、上様。
「確かに桶狭間の時もこんな感じだったな。…五郎左は上様の考えに賛同します。」
桶狭間で一体何があったんだ?…触れないでおこう。
「丹羽殿が賛同するなら私も。」「わしも賛成じゃ!」
「…決まったな。では十兵衛、孫四郎。配分は任せた。」
ざっつ。全部丸投げじゃないか。…まあいいけど。
「ええと皆様集まりましたね。ではサクサク決めていきますよ。まず対荒木には一益様、十兵衛様、蜂屋様、西美濃三人衆と藤孝殿で行きます。対別所には秀長様と私が向かいます。丹羽様には岐阜の信忠様に援軍を要請して頂き、終わり次第安土城建設の仕上げに取り組んでもらいたいです。これでよろしいですか?」
「…つまり、俺は戦には参加しないと。」
「はい。丹羽様には万が一のために安土に駐屯してもらいたいのです。例えば北で上杉が動いた!とか南で高野山が挙兵した!という状態になったときに向かってもらったり―」
「わかった。方々、孫四郎の考えでよろしいか?」
何で丹羽様が聞くんだよ。まあ十兵衛様は固まっているだけだから代役という意味ではいいけど。
「ああ。文句ない。」「立派になったな、孫四郎。」
などなどと皆に言われた。…褒められても調子には乗らないよ。
「では各々方、ご武運を。」
「「「ご武運を。」」」
3月27日
~春日山城~
信長が対荒木・別所・毛利戦の準備をしている中、今にも消えそうな灯火が越後にあった。
「義父上、体調は…。」
「全然回復せぬ。…景虎、わしが死んだらどうする?」
「…嫌なことを言わないでください。義父上にはまだ生きてもらわねば困ります。」
心配だ。と謙信は思った。すぐに答えられないのはわが後継者にはふさわしくない。
「…北条に帰ってもよいのだぞ。氏政が待っているぞ。」
「いえ、私は越後が好きになりました。…喜平次に変わりますか?」
上杉景虎は相手が何を思っているかを察する能力を持っている。
「すまぬな。」
「…。」
「相変わらず無口よな、景勝。…わしが死んだらどうする?」
「家を一つにまとめ織田を打ち払う。北条との交渉には三郎…景虎を使う。」
「流石だ。…この傷を得なければ其方や与六にもっと戦が何のために行われるものかを教えられたのだがな。其方や兼続は未来に希望がある。景虎とは違ってな。…わしが死んだらお前が家督を継げ。景虎が継いでも北条の属国になるだけよ。」
「…我らは関東にまで足を伸ばせん。北条は生かすべき。氏政殿たちに何かあったら景虎に継がせればいいし―」
「我ら3人最後まで考えが違ったな。…織田は滅びると思うか?」
「滅びない。だがただでは降伏せん。領内を乱すものは許せぬ。」
「…そうか。迎えが来たようじゃ。…上杉はお前に任せた。」
「…!義父上!義父上!」
天正五年三月二十七日 上杉謙信 戦傷死
手取川で孫四郎が撃った弾が謙信の死因の1つになりました。
史実よりは数日生き延びましたが苦しんで死んだのに変わりはないです。
史実とは異なり三木城の戦い・有岡城の戦い・上月城の戦い・第二次木津川口の戦い・御館の乱が同時に起きてしまいました。(最近更新が遅いのはこの部分をどうしようか考えてたからです。ここを抜けたら多分元の時間に戻れると思います)
次回は上月城の様子を載せる予定です。




