54 長篠前夜
5月18日、ようやく長篠に着いた。着いて早々信長様は「馬防柵を作れ。」と命じてきた。
「はあ。相変わらずあの人は人使いが荒いなあ。」
「孫四郎様、文句を言わない!早く作って休憩しましょうよ。」
「そうですよ。長旅…じゃないここまでの移動に疲れている人もいます。早く終わらせれば少しは休めますよね?」
久しぶりに話した松右衛門さんや六兵衛さんにそう言われた。待って、六兵衛さん今のを旅って言った?ちょっと怖いんですけど。まあ気にしないであげるか。
「ですね。縄と材木はもう用意してあるので指示された範囲をささっと終わらせますか。」
「あ、孫四郎殿。隣は森家が担当だからもし手こずったら教えてもらってもいいか?」
長可殿…。俺の方が年下ですよ。可成様に学ばなかったんですか?俺も父上には教わらなかったけど姉川の時に成政様に教えてもらったよ。…まあいいか。
「わかりました。いつでも聞いてください。孫四郎はこういうのは得意ですから。」
「助かる。」
そういえば今回賦秀さんは信雄様と一緒の部隊になったそうだ。大丈夫かな?あの人とちょっと馬鹿な信雄様の相性は合わないと思うんだけど。まあいいか。俺はとりあえず目の前のことに集中しよう。なんて思いながらやっているうちに気づいたら150人が銃を構えられるぐらいの柵が出来ていた。皆さん手早いですね。助かります。さて、この間皆に作ってもらった鉄砲を各武将様方の人数に合わせて分配していきますか。
~勝頼視点~
恐れていたことが起こってしまった。信長がもう到着してしまった。
「勝頼様、撤退しましょう。今ならまだ間に合います。」
「だったらなぜこの遠征を計画した!昌景、俺はあの日言っただろ。武田が滅びるような―」
「そこまで。勝頼様、気持ちはわかりますが悪いのは昌景殿ではございません。全ては…。」
そうだった。全ての原因は信茂だったな。
「すまぬな昌景。つい其方を責めてしまったこと許してくれ。頼む、この通りだ。」
「いえ、いつものことだと思ったので某は気にしておりませんよ。」
昌景…。本当にごめんな。
「さてどうする?ここで撤退すれば確かにまだ間に合うが―」
「皆様、それは逆に武田の名を貶すだけです。ここは織田・徳川隊に突撃しませぬか?」
「信茂、其方は俺を殺したくてそんなことを言っているのか?」
「いえ、ですがこれを見てください。織田家家老の佐久間信盛殿からの密書なのですが。」
何々。信長に私は冷遇されもう出世の道は途絶えてしまった。そこでこの戦でいよいよ信長を見限り武田に付く予定だ。か。
「佐久間信盛と言えば退き佐久間として有名な御方。彼がいれば万が一があっても壊滅状態に陥ることはないでしょう。」
「…。」
「勝頼様、我らは覚悟を決めました。貴方様ならこの戦どうやっても勝てないとわかっているのでしょう?でもここで退いたら武田の名を落とすだけ。とするともう我らにできることは限られてくるのでは?」
「駄目だ信房!其方は死んではならん!皆武田にとって大事な家臣なのだ。誰1人かけてはならん…!」
まさかここで涙が出てくるとは思わなかった。
「…泣くな、勝頼様。伯父として言わせてもらうが武田がこうなることはわかっていた。誰のせいとは言わないがな。」
信実伯父上…。伯父上の言葉にハッとしたのか信茂が急に顔を赤くした。
「…負けが確定しているのであれば私は多くの織田兵を巻き込んで死にたいです。勝頼様、私も覚悟を決めました。どうぞ、この命を好きにお使いください。」
昌次…。
「…わかった。俺も覚悟を決めよう。まず長篠城を落とす部隊として3000を残す。大将は信実伯父上。昌貞や昌澄たちもつけよう。任せてもいいですか?」
「ああ。任せろ。」
「我ら武田本隊は設楽原に向かう!信長と家康の首を上げ父上の墓前に飾ろうぞ!良いか!」
「応!」
「まずいと思ったらすぐに退け!どんな負けでも生きてさえいれば何とでもなる。」
「了解!」
20日夜
~孫四郎視点~
いよいよ軍議が始まった。
「武田軍は長篠に3000残しここ設楽原に12000を連れてくるようだ。さて何かいい意見はあるか?」
信長様が皆に聞いた。
「でしたら某が。」
そう言ったのは徳川家臣の酒井忠次殿だ。
「言ってみよ、忠次。」
「はっ。某が率いる部隊が長篠を包囲している武田軍に夜襲をします。そして―」
「たわけ!そんなことをするのは愚か者ぐらいよ!もういい、余が明日以降決める。各々決戦の準備をせよ。」
怖っ。でもいい策だと思ったんだけどね。忠次殿、ドンマイです。
「あ、家康と忠次は残るように。」
きっと説教だろう。家康様も可哀想だ。忠次殿は何も悪くないのに。
~忠次視点~
なぜ私の意見が通らなかったのだ?いつもの信長様だったら賛成してくれたのに。
「我ら以外誰もいないな。…すまぬな忠次。あの場に間者がいたからあの時は怒鳴ってしまった。許せ。」
え、そういうことだったのですか?
「ついては其方に兵2000を任せ長近と共に長篠周辺の兵を一掃してほしい。いいか?」
「はっ!お任せください!」
良かった。私の策は決して悪くなかった。家康様、絶対に任務をこなします。
我らが向かった先は鷺ヶ巣山砦だ。半蔵の偵察によるとあそこには勝頼の伯父の河窪信実が守備をしているらしい。試しに鉄砲を撃ってみたら相手は驚いて槍さえ構えずに撤退しようとした。でもそんなことはさせない。金森殿にも協力してもらい呆然としている兵士、逃げ出している兵士をまとめて撃ち殺していった。ここで逃げられたら設楽原の軍に合流されたら困る。
「待て!我の名は河窪信実!どうかわしの命の代わりにこの者らは見逃してやってくれぬか?」
大将か。そんなことを言われても許さない。
「許すわけなかろう。其方らがあの時攻めて来なかったら我ら徳川は今頃、三河・遠江の民は笑顔で暮らせていたはずなのだ。それが3年前に攻めて来られた時から全てが変わってしまった。大切な仲間も何人も殺された!そんなお前らを私が許すと思うたか?」
「…こうなったら仕方ない。死ね!」
残念だがこちらの方が鉄砲を構えるのが早かったようだ。信実はあっという間に血を噴き出して倒れた。我ら徳川が武田を許すわけがない。信長様、家康様。お役目は果たしましたよ。
~勝頼視点~
昌景、昌豊、信房、昌次、信綱、昌輝、昌胤…。ここにいる皆が明日死んでしまう…。
「何をしょぼんとしているのです。勝頼様、我らは貴方様を決して憎んではいませんよ。」
「昌景…。本当に最後まで迷惑をかけたな。今まですまない。それからありがとう。」
「何を言っているのです?私はまだ生き続けますとも。私が死んだら勝頼様を支えるうるさい年寄りがいなくなってしまいますよ。」
「いや、年寄りと言っても其方はまだ47だろう?まだ若いじゃないか。」
「いえ、勝頼様ほどは若くありませぬ。」
そういえばこの時代では50過ぎたらジジイなんだよな。全くひどいものだ。
「ささ勝頼様。ほうとうが出来ましたよ。」
「誠か!ありがとう。」
昌景はかつて父上と一緒にこの料理を発明して以来ほうとう作りの名人になっていた。
「美味しい。やっぱり昌景の味が一番だな。とても喜兵衛では作れるとは思えぬ。」
「な、私でも作れますよ!帰ったらご馳走しましょう。」
絶対に嘘だろ。昌幸が料理できる感じには見えない。
「昌景、死ぬなよ。死んだら俺だけじゃなく皆が悲しむ。」
「ありがとうございます。ですが…いえ、赤備えの戦ぶり、織田・徳川の兵たちに見せつけましょう!」
大丈夫か?いや、もう無理なのかもしれない。とりあえず昌豊に話しかけるか。
「昌豊も今までありがとうな。其方の武略は武田は信繁伯父上以外勝てる者はおらぬ。これからも俺の側にずっと仕えていてほしい。」
「殿…!わかりました。必ず戻って…いえ、未練を残さないように頑張ります。」
何で死のうと考えるんだ?一体どうすればいいのだ?いや、まずは感謝を伝える方が大事だ。
「信房、其方には何度助けられたことか。礼を言う。ありがとう。」
「もったいない言葉でございます。ですが某ももう61。そろそろ戦場で死に―」
「この戦では死ぬな。明日の戦は俺の側にいてほしいんだ。いいか?」
ちょっと卑怯な言い方だよな。でも信房も大事な家臣。死なせたくない。
「…!お館様、殿は立派な当主です。まだあと10年はあの世にはいきませぬぞ!勝頼様、あなたの望みに答えましょう!」
こんなので騙されるなんてたやすいものだ。でも助かった。信房だけでも助けられた。
「昌次。幼い頃から其方はずっと俺の側にいてくれたな。これからも俺のことを支えてほしい。」
「はい。喜兵衛と一緒に勝頼様に一生お仕えする所存でございます。」
本当か?多分嘘だな。言動が不自然だ。すまない、昌次。
「昌胤。明日は―」
「わかっております。皆で生き残りましょう!」
「…!良かった。其方はやはり頭が使えるな。この戦が終わったらまた一緒に織田を倒す方法を考えよう。」
とは言ったもののこれも嘘だな。昌胤の目は生き残ろうという目ではない。俺を守ろうという目をしている。
「信綱、昌輝。お前たちは死んではいけないぞ。死んだら幸隆に先に行きやがってとどやされるぞ。」
「ははっ。確かに父上ならいいそうですな。」「我ら兄弟、ずっと勝頼様をお支えしますので心配ご無用ですぞ!」
ごめんよ、本当にごめんよ。でも今更は戻れないからな。明日は何とか皆を生かさないと。そういえば信実伯父上は無事だろうか…。
~昌景視点~
勝頼様、我らは十分貴方様に恩恵を受けてきました。今度は我らが貴方様をお守りしますよ。絶対に。さらばです。
勝頼は史実では家臣を一部避けていたそうですがこの世界の勝頼は平等に接しています。(信茂除く)そのため昌景や信房たちからも多少呆れられてはいますが嫌っているような描写は今作では一切取り入れていません。
明日がいよいよ設楽原決戦です。果たしてどんな風に私は書くでしょうか。




